報連相
────人が〝好きな曜日〟を問われたなら。おそらくは大概の場合でランキングのトップスリーに入るであろう、休日への入口こと金曜の夜。
場所は城、色は白。
即ち各陣営街区に存在する四城の内、仮想世界黎明より『なんで埋まってんの???』と数多の者どもの頭へ謎を生み続けている東陣営の戦時拠点。
【異層の地底城 -ルヴァレスト-】が抱く円卓の席にて。
「………………思ってた反応と、違う」
居並ぶは六、その内一つ。存在感的な意味では満場一致で最も輝かしい青銀が、いつも通りの無表情で……しかし、微かに低い声音で以って不満を訴えていた。
然らば、微笑ましそうに見守る共犯者は一人。
そして、特に驚く理由もないサプライズに「へぇ」とか「ほぅ」とか面白みのないリアクションを返してしまった野郎が俺を含めて計四人。
「……お前さん、日に日に茶目っ気を増してんな? オッサンは感無量だぜ」
とは、東陣営序列第二位【総大将】ことゴッサン。
「それなぁ。前まで報連相はもっとこう、淡々と事務的やったもんね」
とは、北陣営序列第二位【群狼】ことジンさん。
「はは、眩しいじゃねえの。若者とは斯く在るべきだよなぁ」
とは、西陣営職人主席【赫腕】ことエンラ氏。
────んでもって、
「……いや、そんな行き場のないジト目を向けられてもだな。俺は多少なりと驚いてみせたわけで、自称オッサン方と一緒くたに責められる謂れは────」
「ハル君」
「はい」
「私も恥ずかしながら、もう少しくらい驚いていただけると期待していました」
「すいませんでした」
各陣営のトップ……まあ実質的な首脳が集められた場に、なぜか引っ張り出され挙句アーシェに睨まれ師に揶揄われている哀れな序列四位が一人。
一体全体なにをしてんのかといえば、簡単な話。
「しかしまあ、約二十日か。予想通りの二位以下ぶっちぎり具合に笑えばいいんだか、お前さんらをして二十日も要した馬鹿難易度に笑えばいいんだか……」
【剣ノ女王】&【剣聖】のタッグ。
序列持ちだろうがなんだろうが、その他を混ぜれば例外なく足手纏いになりかねない最強&至高のペアが最速で駆け上がった果て。
────他でもない、遂に成し遂げた『鍵樹百層攻略達成』の報告会である。
ってなわけで、珍しく悪戯を目論んだ姫君が用件も告げず各陣営リーダーとオマケ+1を集めて第一声。心做しか誇らしげな無表情のドヤ顔で「百層まで攻略した」と普通に考えて尋常ではない成果を語ったのが二分前ということだ。
斯くして形成された状況が〝今〟なわけだが、まあ致し方なし。
まずもって『尋常』の対極にあるペアが動いていたことを俺たちは把握しており、なればこそ常識の枠に留まる成果など端から予想するはずもなく。
実際に聞かされて「おぉ……」と驚きの声を上げた俺だが、正直なところ二十日どころか十日や一週間で同じ戦果を告げられても反応は変わらなかっただろう。
だって【剣ノ女王】と【剣聖】が二人して全力全開で攻略に当たったんだぞ。そりゃどんだけ高い木だろうが爆速征服されて然るべきってなもんよ。
半笑い気味でゴッサンが語った胸の内こそ、俺たち聞かされた側の総意である。
「……もういい。話を続ける」
そしてアーシェは、なぜ視線で俺を名指しするようにして拗ねているのかと。どうすりゃ良かったの? 雄叫びを上げつつ《天歩》起動が正解だった???
……とまあ、ここらで和やかな茶番は締めとして。
「結論から。────ひとまず、期待していたものは見つかった」
お決まりの演説テンプレート。開幕で引き込む話術の基本にして王道の語り口をアーシェが紡ぐにあたり、和気藹々と緩い顔をしていた御三方が表情を変える。
場の空気が真面目に染まったのを確認して、姫も女王へと雰囲気を遷した。
「百層の攻略に際して、私たちの前に現れたのは〝道〟が二つと〝扉〟が一つ。……〝道〟に関しては、九十層までと同じものだった」
「かぁー……やっぱりな」
「ま、どう見たって百層ぽっちのスケールじゃねぇもんなぁ……」
そして第一の情報が齎されるに至り、呆れたように天井を仰いだゴッサンとエンラ氏が遠い目をして乾いた笑いを交わし合う。揃って『予想通り』ってな反応だ。
「────百一層へ続く……かぁ。さて、どこまで上があるんやろねぇ」
と、楽しげにジンさんが笑む通り。アーシェが口にした〝道〟とはつまり、鍵樹迷宮の基本システムこと『進む』か『戻る』かの転移門のことだろう。
「で、先は見てきたのか?」
落ち着いている御三方に代わって、俺が素直に興味を問うてみれば、
「まだ──……理由は、各々で百層に辿り着いてからのお楽しみ」
「さてはサプライズ成功しなかったの、思ったより根に持ってんな?」
返ってきたのは、甚く可愛げのある意地悪が一つだった。
しかしまあ、基本は生真面目な彼女が無意味におふざけをするとは思えない。それが意味するところは、良くも悪くも俺たちには時間が在るのだろうということ。
それ即ち、俺たちが〝予測〟を以って〝期待〟していたモノ。
「〝道〟は置いておくとして────〝扉〟は、まだ開けられない」
〝討滅〟でも〝葬送〟でもなく〝盟約〟という謎の調を残し、伸ばし触れた指先から失せた『緑繋』レイドの第二幕へ繋がるやもしれぬ手掛かり。
それが、今すぐ用を成すモノではなかったということだ。
「第百層の最奥……ボスの大部屋は、それまでの階層と根本的に造りが違った」
言いつつ、アーシェがインベントリから一枚の『紙』を取り出した。真っ白ではなく、やや古ぼけた……というか、雰囲気のある羊皮紙めいた代物。
さて、その正体は。
「見て」
所有者が意思を以って指先で触れた瞬間、意識を描き出す魔法の逸品だ。
「…………なにこれ、魔法陣?」
「いいえ、床の模様です」
アーシェが転写した文字通りの〝イメージ図〟を見て、俺が零した呟きに答えを返したのはお師匠様。成程、確かに造りが違うようで……といっても、俺が記憶している光景は現在攻略済みである三十九層までに限られるのだが。
「九十九層までの床部分に、ここまで大袈裟な装飾は存在しなかった」
これもアーシェの言葉通り、確かに大袈裟かつ複雑精緻な装飾だ。
真円の中に描かれた『文字』とも『絵』とも取れる模様は、確実に何かしらの意味があるのだろうと想像を掻き立てられる。
更に、ある種の異物感を以って特に目を引くのは……──
「……中心部分に六つ並んでる印の形、見覚えがあんなぁ?」
まさしく、ソレ。
ゴッサンが指差した模様の中心地。等間隔で整然と円に並ぶ印は、ぼっちを極めているソロ充でもない限りアルカディアプレイヤーが常日頃から目にするモノ。
ほら、今だって顔を上げれば計五つ。
「「「「「「………………」」」」」」
互いが互いを映した瞳の中には見えずとも、それぞれの視界には確実に映っているであろうユーザーインターフェースが一つ。
────それ即ち、プレイヤーを示す身分証明。
「…………あー、と。六つの内、二つの色が変わってるように見えるんだが」
と、エンラ氏が続く疑問点を挙げれば、
「それはボス討伐後に生じた異変部分。色が変わってるんじゃなくて、光ってる。ういと私、どちらかが広間を出ると光が一つ消えた」
淡々と、アーシェが答える。
「ほな、おんなじような色分けがされてる外周部分の模様は……」
ジンさんが類似点の問いを連ねれば、
「同じく、ですね。討伐後に光を放ち始めた部分です。こちらに関しましては、私たちが如何なる行動を起こそうと変化は起こりませんでした」
穏やかに、ういさんが答える。
「ふむ………………………………────ん、で?」
然らば、トリの俺が迫真の無理解を告白して締め。
いや、だって仕方ないだろう。聞かされている途上ゆえ端から端まで情報のパーツが不足しており、現時点じゃ予測も推理も組み立てられたもんじゃない。
二人を乗せて二つが点灯している、六つの印。おおよそ全体の二割が光を放っていると思しき、最外周部を縁取る植物の蔓が如き紋様。
それらをひとまず置いておき、真円のド真ん中を真っ二つに割るように走る一本のラインを見て辛うじて察せられるのは……。
これが、アーシェの言う〝扉〟なのだろうってなことだけ。
「……第百層を攻略したプレイヤーは、おそらく鍵樹迷宮内の各階層から百層への直通転移が可能になる。今日、ういと二人で簡単に検証しておいた」
「九十九層、九十八層と下ってみたのですが、ボス討伐後に『赤』の転移門が追加で現れるようになっていました。飛び込んでみれば、行き先は百層の最奥です」
「ボスは、再出現しなかった。これもおそらくだけれど、第百層のボスは各プレイヤーが一度しか討伐出来ない特別仕様なのかもしれない」
それの意味や意図はわからないけれど────と、アーシェは言葉を挟み、
「多分……百層攻略によって与えられるのは、資格。そして扉を潜ることのできる資格保有者は六人。それから外周部の〝ゲージ〟は……完全に私の勝手な予想だけど、鍵樹を攻略する全てのプレイヤーに関わる何らかの値を示すものだと思う」
各個人の攻略階層累積総値、あるいは階層主の総討伐数、あるいは全プレイヤー総合の消費パール累計値などなどエトセトラ。
昨夜と比して今夜、外周模様の光に染まっている範囲が僅かに広がっていた。
そんな一日を経てジワリと蓄積したゲージの進行度合いからアレやコレやと計算してみた結果、そんな推測に辿り着いたのだとアーシェは言う。
一体なにをどう計算したのやら見当もつかないし隅々まで意味もわからないが、なんかもうアーシェが言ってんだからそうなんだろうなと思考停止で納得してしまう俺は果たしてアホなのだろうか。
まあしかし、ゲームに限らず娯楽的な視点かつメタ的に考えれば十分『ありそう』と言える推理でもある。膨大数の人間がオンラインで楽しむコンテンツに、全員参加で必死こいて遅々と進行させるゲージどうこうってなイベントは付き物だ。
プラス『特別』を見出す六つの枠ってのも、アルカディアらしいと言える。
仮にアーシェの推理がバチッと嵌まっていたとすれば……────多の奮闘を以って鍵を開き、選ばれし勇士たちを送り出すってな感じか?
成程。そうであるとするならば、
「つまり、あれか。これが『緑繋』レイド第二幕へ続く扉だったとして……」
言いたいことは、ただ一つ。
「────え? たった六人で挑めってこと? 大規模戦闘に?」
「「「「「………………」」」」」
重ねて、今できることは妄想じみた予想のみ。ならば確たることはなにも言えないが、これまでのゲームプレイで天高く積まれた信頼が叫んでいる。
扉の先で待ち受けるモノがなんであれ、絶ッッッッッッッ対に、たった六人のプレイヤーで挑むべき難易度のコンテンツであるはずがないと。
よし、ざっと一割程度は情報開示が済んだな(絶望)