Re:剣二振り
第一層からして実力的な意味合いで初心者お断り仕様。十層ともなれば、下手をすると上位層のプレイヤーですら返り討ちに遭う可能性のある強敵がズラリ配置されている……そんな鍵樹迷宮の、推定されている最低最上階。
つまるところ、それは『一階層攻略ごとにレベルアップする』仕様からして存在が確実とされている第百層。その更に〝上〟が在るか否かは推測不明の謎であるからして、もっぱら世で語られている最難予想は其処についてのことばかりだ。
一体全体、どんな馬鹿げたボスエネミーが待ち受けているのか。最早それは六名構成のパーティなどでは太刀打ちできぬ、レイド級のバケモノなのではないか。
憶測、想定、予想、妄想、夢想。
数限りない思考が溶け合う、甚だ無意味かつ極めて有意義な暇潰しのディスカッション。その答えが世界に齎されるまで、今しばらくの時間を要することだろう。
なぜか、答えは単純。
「────ッ、うい‼︎」
「お任せ、を……っ‼︎」
鍵樹迷宮第百層ボスエネミー【隔世ノ擬神像】。
異形を以って暴威を振り撒く馬鹿げた存在への謁見を誰より先に果たした『最強』と『至高』の二人が、早過ぎるネタばらしを世に披露する気がないからだ。
天高くから振るわれるは、四分の一千手観音こと左右五対十本の背腕。
硬質で光沢があり尚且つ不可思議な生物味を感じさせ本能的な不安感を煽る不可思議な物質、あるいは半物質の魔法的存在。形容し難い質感の銀色で構成された『得物』が音もなく伸縮し、相対する者へ豪速で迫る────
然らば、迎え打つのは『刀』一振り。躊躇いなき信に応えるは、
「《七────」
比類なき、技巧。
「────星》ッ!」
瞬間七閃。開戦より一時間強、相も変わらず無感情に襲い来る致死の神腕を斬り飛ばし追加の一歩、勢いそのまま【剣聖】が駆ける。
攻守反転、待ち受けるのは、
『 』
容の壊れた、女神像。
半月前に直面した未知とは、また雰囲気を違える異質感。意思や感情が読み取れないどころか、目で感覚で捉えられる『存在』さえ希薄。
体高十メートルを超える馬鹿げたスケール。疑わずして〝神像〟と呼べる神々しさの中に『無貌』『多腕』『隻翼』そして足に代わり床に根差す樹木の『一本脚』など、わざとらしいまでの怪物性を宿す衝撃的なデザインをしてなおもソレ。
理性が疑問を、本能が畏怖を覚える言い表し難い超常存在……──けれども、未知に戸惑い畏怖に足を竦める時間は一時間前に斬り捨てた。
「終の太刀……ッ────」
瞬間再生。断じた背腕の残骸が忽然と消え、それが当然とばかり一瞬前の光景を繰り返すまま放たれる。さすれば、やはり、
「────《唯風》」
迎え断つは、仮想世界が二剣の一つ。
極致一閃、からの余波轟乱。直に刀身へ触れた神の手が消し飛ぶと同時、迸る剣の風が向かい来る〝敵〟の一切を斬り滅し吹き荒ぶ。
刹那の連続殲滅遂行、なれば背腕再生までの猶予は六秒強。
斯くして……──たったそれだけで『隙』が成立するのであれば、アルカディアにおける異論ナシ二大巨塔のタッグが一時間強も舞いはしない。
『 』
「ッ────……っ」
刀を捧げての、緊急防御。
無貌をして笑ってみせた擬神像から意思でも感情でもない純粋無比な『脅威』を【剣聖】が読んだ刹那、掲げたられた太刀を不可視の剛力が打ち据える。
ここは第百階層、即ち積み上げられたステータスは紛うことなき完全版。なれば小さき至高の身も万全なりて、振るう力に不足はない。
────つまり彼女が呆気なく刀を折られ弾き飛ばされたのも、その実力を余すことなく振るった上で生じている紛れもない現実だ。
「〝粧せ一振り〟……ッ!」
ここに至り、手折られた刃は幾枚か。戦場に散るは誉と信じて、立派に役目を果たした『刀』へ礼を念じつつ次を喚ぶ。
継戦の意気に曇りなし。加えて彼女は、
「《鮮烈の────」
一人ではない。
「────赤》」
【剣聖】が拓いた道を青が駆け抜け、敵の目前にて赤と成る。ならば『剣』が宿すは一極の力、矮小にて巨躯へ挑むに不足ない小さな刃が迸り、
『 』
首元一閃。姿も気配も壊れていようとヒトの容を取る以上、ある程度の致命部位である可能性が望める位置へ深々と傷を刻まれた擬神像が笑み、
「《無境ッ……──」
翻る『剣』が、笑み返す。
「────天剣》ッ‼︎」
奔る剣閃、迸る金光、戦場に響くは斬断の音。
そしてHPバーは残り一本。宙を舞った無貌の首に表情無き笑みを残すまま、なんの支障もないとばかり挙動する像体が技後硬直に浮く【剣ノ女王】へ手を伸ばした。
ゆっくりと、一秒にも満たない刹那の内に。
果たして、アイリスは微笑んで────
「《天現》」
すぐ脇を駆け抜けた視えざる塔刀に一秒先の未来を委ねるまま、無事のまま軽やかに足を床へと辿り着かせ顔を上げれば……視線の先、在るのは〝根〟を千切られ自分に代わり宙へ浮いた【隔世ノ擬神像】の姿。
なれば口ずさむは、
「『剣ノ王の名を以って、いま此処に、神威を示す』」
奇跡を超える、唯一の祝詞。
「世界を紡ぐ……────【故月を懐く理想郷】ッ‼︎」
顕現した銀月の閃は、果たして全てを光に溶かし、
◇【隔世ノ擬神像】を討伐しました◇
◇第百層の攻略を確認しました◇
◇基底樹路の完全踏破を確認しました◇
また一つ、仮想世界アルカディアに眩いばかりの軌跡を記す。
なお擬神像の総HPは大ゲージ三本、つまりはベーシック三十本分。
詳細攻略風景はいつか主人公サイドで描くかもね。