こちらも途絶えぬ縁の糸
────とはいえ、ようやくの合流を果たせた以上は足並みを揃えるべし。ソロで鍵樹へ突撃する訳にもいかず、その気にもならず、ならば向かうは暇潰し……。
「あー……ま、恋愛方面じゃないんじゃない? いろんな意味で掴みどころのない人だけど、既に三人から言い寄られてる男に手を出すようなヤバじゃないでしょ」
「だよな。そうだよな。そこは流石に信じていいよな……」
なんて扱いをしたら、間違いなく首を縊られるだろう『先輩』の元だった。
鍵樹内部ではなく外部上方。近付けば丸みを感じることさえ出来ない壁のような幹を辿った雲の上、馬鹿げたサイズ感の『枝』に並んで腰を下ろして二人。
言わずもがな、俺は注文通りの転身体だ。
「ウチも長期遠征を一回だけ一緒しただけの仲だけどね、いい人だったわよサヤカさん。まあ確かに男を勘違い────そうね、うん、勘違いというか、気を持たせるような振る舞いをしがちな人ではあるけども……多分あれ天然だし」
「それ計算よりヤバに聞こえるのは気のせいでしょうか」
「いや、あれは天然とも違うのかしら。なんかこう、人付き合いの機微とか面倒な世俗の事情は蹴っ飛ばして我が道を行く聖女様なのかもね」
「どんどんアカン方に認識が寄ってくんだが……?」
最早すっかり打ち解けた言葉を交わしながら、それぞれ繰るのは白と黒。然らば会話と並行して俺の糸繰りを監視する白猫なっちゃん先輩殿より、
「ふん。なまっちゃいないようね」
「ありがたい『才能』を賜ったもんで」
齎されるは、お褒めの言葉が一つだけ。素っ気ない言い方かつ面白くなさそうに鼻を鳴らしながらではあるものの、肯定の時点で当社比デレである。
そしたら、ずーっと足をぷらぷらさせている彼女へ俺からも一言。
「そっちは大した進歩ですな。流石は天才」
「うっさい。乙女の足を凝視すんな」
「いや言い方よ。凝視はしてねぇわ」
糸を括り、脚を動かずしてフラリフラリ。
『緑繋』攻略時にも戦線へ急行する際に使っていたようだが、あんな風に『ガッ』と身体を強引かつ全速で動かすのが精々だった半月前と比して絶大な進歩だ。
大雑把な全力よりも、繊細な微力。なんにでも言えることだが、技術において難しいとされるのは大概の場合は後者である。
ゆえに目を凝らせば僅かに動いている指先の操作にて、極々自然としか思えない所作を己が思考で実現させている身体駆動操法は見事の一言。
精度で言えば既に俺を抜き去っているだろう。本心から、流石である。
「まだまだ実戦じゃ使えない。既存技術と並行できなきゃ意味ないわよ」
「俺はまず、身体繰と糸繰を同時にやろうって発想にならないけど」
んで、このストイックさ……というよりか、妥協を許さない感じの向上心も実にらしい。なっちゃん先輩は相も変わらず尊敬に足る『先輩』だ────
「……って、そんなこんなは置いといて」
おそらくというか、まず間違いなく途上。結果として不完全燃焼で一幕を下ろした先日の攻略戦から半月あまり、再び顔を合わせたのは今日が初。
こうした先輩後輩の交流もとい『教え合い』の時間を取ろうぜという話を元々していたこともあり、俺の復帰&暇を察知した彼女の方から誘いを受けての今。
「置いといて?」
なんとなく、それだけではなく用事があるのだろうなという気配は察していた。ので、予測が叶っていた別件の切り出しにサラリと乗る。
……そこで面白くなさそうな顔をされるのは、どんだけ『可愛い後輩』のハードルが高いんすかねとツッコミを入れても許される事案だろう。
とまあ、さて置き。
「ぁー、えー、と…………サファイア元気?」
「ん? 元気だぞ、ほら」
身に宿る〝竜〟との意思疎通は声を要さず瞬時。然らば俺の影から溢れ出でた星影が、夕焼けの空へ真黒に輝く大翼を広げて────
「ぷわっ……!?」
じゃれつきも瞬時。件の攻略および交流を経て、すっかり気に入った相手を見とめたサファイアが羽ばたくことなく宙に浮くまま子猫へ嘴を擦りつけた。
「ちょ、や、もうっ、こら……!」
対する南陣営序列七位、咎めるような声を上げつつ表情に関してはデレ甘のそれ。可愛くない後輩へ向けるモノとは大した差だが、サファイアが無敵に格好良くてウルトラ可愛いのは周知の事実であるため考慮しよう。
どうぞ無限に微笑ましい様を展開してくれたまえ。
「で、サフィーがどうかしました?」
「飼い竜が女子をつっついてるのに無反応は如何なものかしら……」
どうぞ無限に微笑ましい様を展開してくれたまえ。
「……まあ、その、なに? だから────アンタ、あれでしょ。あっちは基本的にニアと一緒に行動してるんだったわよね?」
あっち。
それ単体なら首を傾げて然りだが、サファイアの様子を聞いたのが取っ掛かりであったと考えれば話の行く先を察するのは容易い。
十中八九【星空の棲まう楽園】────十月前半、すぐそこに迫っているワールドイベント第三回目についてのことだろう。つまるところ、
「そうだな。別に二人きりじゃなくて、普通に集団へ属しちゃいるけども」
「うん。知ってる。で、えーと……それなら、っていうか、あー……と、なに? 別に、こう、お邪魔虫になるつもりはないというか、なんだけども────」
「なっちゃん先輩」
「な、なに」
「面白いから録画していい?」
「引っ叩くわよ」
虫っていうか、ただの素直になれない猫である。
ま、ともあれ。
「ご一緒します? 多分ニアも喜ぶぞ」
そういうことなら是非もナシ。後だしで言うことでもないから伏せておくが、ぶっちゃけ彼女が言い出さなければ俺かニアの方から誘っていただろう。
既に『一会』を軽く超過した、十分に親しい枠へ入る友人だ。あちらも都合ヨシなら、よくよく招待のタイミングを計る必要もない────ってことで、
「……………………す、する。お邪魔でなければ」
「だから二人きりとかじゃないんだってば。どうぞ気楽に…………気楽に、そうだな。わんさかいる野郎どものアイドルになりにくればいいんじゃないかな」
「ちょっと待って、それは勘弁してほしいんだけど……」
予告日時は九日後、来週の土曜。
ほぼほぼ不参加の理由がない丸三泊の一時間に亘る異界旅行の予定表。共にイベントを楽しむ同行者の欄へ、名前が一つ加わった。
偶数月の前半固定で詳しい日付は不定開催。
そんな設定を覚えている人が果たしてどれだけいることか。