結び紡いで縁の毬
「────ははーん成程。べらぼうに格好付けてみせたってわけだ、男じゃねぇの。……で? そうして出来たパートナー愛の結晶こと十時間超の録画データを叩き付けられた俺らに対して、なにか言うことはあるか我らがヒーロー」
「ごめんて」
『大人になると年若い頃と異なり瞬く間に時が過ぎてゆく』とはよく聞くが、アレやコレやとタスクに溢れていれば若者だって然りである。
先週日曜から本格的に活動を再開して、早数日。
週を跨いだ木曜の午後。先日の夜更かしで負った体調のマイナスは上手いこと散らしたが、俺の無茶によって生じたのはネガティブなモノだけに非ず。然らばソレを受け渡すにあたって、友人から圧を放たれるのも仕方のないことだ。
ただでさえ俺の戦闘録画データは様々な意味で編集難。それを次から次へ大量に叩き付けられたなら、文句の一つも言いたくなるのが人間ってなもの。わかる。
そして俺は、信頼を以って気安く文句を言ってくれる友に感謝すべきだろう。
「ほんと、急ぐ必要とか皆無だから。スケジュールは余裕を持って自由に組んでくれて構わないし、なんなら無編集の垂れ流しとかでも俺は一向に────」
「翔子。好きにしていいぞ」
「はいはーい私らのプライドを勘定に入れない困った君はこうだー!!!」
「は? ────お、ばっ!? ちょ、やめッ……!?」
と、そう思い〝友〟を慮る気持ちを前面に押し出したら〝仲間〟の手によって逆襲に遭った。仮想世界の【Haru】ではない春日希は純然たる非人外であるため、グリングリン回される椅子が生む遠心力の牢獄から逃れる術など持っていないのだ。
超怖い。やめてほしい。
「捌くのに何日かかるか判断するためにも、まずは一通り目を通さないとね。……ファンとして喜ぶべきか、編集者として嘆くべきか」
「あはは……まあ、その、うん。皆で上手に小分けして、頑張ろ?」
基本なにかあれば本能に素直に物理的に俺へ襲い掛かる幼馴染ペアとは異なり、傍らで静かに苦笑いを交わしている親友ペアは俺の良心へ精神的に襲い掛かる。
どちらの戦術が効果的かは場合によるが、大体は後者が優勢だ。
「あの、悪いとは思ってるからな? そんで感謝もしてるし信頼もしてる。バッチリ仕上げてくれるのは疑ってないから、無理だけしないでいただけると──」
「うぇきもちわる……」
「なんで回してた方がダウンしてんだよ。リアル三半規管も強いのかコイツ」
ので、グループ内で基本的に俺が逆らえないのは楓と美稀つまりはマネージャー&ディレクターの並び。陽オタクの極みにあって主に体力気力でチームをガッツリ支えてくれている親愛なる馬鹿二人を蔑ろにするわけではないが……。
「──有難いってか、本当に。別に投稿ノルマとか無いから、な?」
強者は立てるべき。世の摂理とはどこにでも存在するものである。……もっとも、そんな俺のあからさまなゴマすりムーブとて、
「「………………『無理するな』を、希君に言われても、ねぇ……」」
「やめて。そんな目で見ないで」
この仲間内では、単なる戯れの一種。
まっこと良い友、良い仲間に恵まれたと、俺は今日も己が幸運に感謝して平和な一日を享受していた────
◇◆◇◆◇
◇メッセージが届いています◇
【Sayaka】:『拝啓、ハル様────……』
「おぅふ……」
なお、この世界には純に有り難い〝縁〟だけではなく、正直なところ『これもうマジどうすりゃいいんだよ誰か助けてくれ』と天を仰ぎ神の啓示を願わずにはいられない厄介な……あー、困った…………その、えー……なんだ。
ちょっとばかし、向き合うに難がある〝縁〟というのも存在するようで。
帰宅からの当然の権利とばかり即ログイン。然してクランホーム自室のベッドで目覚めた俺の視界端で点灯していたのは、フレンドメッセージ着信の通知。
送り主については表示の通り、先日の『緑繋』攻略に際して知り合った北陣営の序列三位殿────お手紙を頂戴するのは、かれこれ十数通目のこと……。
いや、今日のでジャスト二十通か。なんせ知り合った当日に貰った労いのメッセージから始まり、毎日毎日こうして言葉を送って来られるものだから。
「……………………………………………………………………………………」
いや、いいんだよ。
毎日欠かさずメッセージといっても、文面は別に怖がるような内容でも雰囲気でもない。ただ二言、三言……どれだけ長くても、まあ十言くらいで締めとなるサッパリとした文章ってか交友の挨拶に過ぎない代物だから。
今日のだって『今日のおやつに頂いたチョコレートがとても美味しくて、ふとハル様がチョコを好むと言っていたのを思い出しました。私は特にホワイトチョコが好きなのですが、ハル様は如何でしょうか────』みたいな感じ。
いやメッチャ平和。なにかしらの悪意ってか悪戯心すら見出す余地がないくらい、極めて穏やかで柔らかで暖かな『好意』しか感じられない手紙である。
だ か ら こ そ 怖 過 ぎ る 。
「なんでだよ……なにがそんなツボに入ったんだよ…………」
普通に考えて、女性が毎日のように特定の男へ親しさ全開の文を寄越すなど意味は一つ。しかしながら俺が彼女────【玉法】のサヤカこと『魔性の聖女』様と関わり合ったのは、正真正銘あの日あの時が全部で全てだ。
恋愛……まあ、恋愛方向に行く話、ではない、と、思っていい、はず。あくまでも、出会いの際に口にしていた言葉から考えても、ファン的な好意であるはず。
にしてもリンネのように、顔を合わせた場合に限りテンションを炸裂させる手合いであればまだいい。いや良くはないが、まだしもノリや心の動きは理解できる。
でもこっちはダメだ。マジで意図や思惑が読み取れない。
相手が人格を保証された【Arcadia】のユーザーであり、名を知られることで信頼を立てている『序列持ち』であり……。
ついでに、文通を願われるにあたって困惑のまま伺いを立てたアーシェから『悪い人じゃないから大丈夫。多分』という言葉を貰っていなければ、
【Haru】:『基本なんでも好きですが、ビター寄りのミルクが好みでしょうか』
まず間違いなく、こうして暢気な返信などしていないことだろう。
ちなみに、この件については当然のこと他の二人にも共有済み。ってか、怖ろしいことに俺から報告を入れずとも彼女が先んじて『許可』を取っていた。
メッセージ初見時どうしようこれなんて言えばいいんだよと硬直していた折、自ら話をもって行くより先に『どゆこと……???』とソラニアから困惑に満ちたメッセージを頂戴した俺の恐怖は語るまでもないことだろう。
「…………まあ、うん」
さて置い……ておけるようなことでもないが、彼女は日を跨ぎながらの至極のんびりとした〝文通〟を楽しんでいるらしく、メッセージが連続することはない。
言葉を返せば、また明日。精神的なアレコレを考えなければ大した手間でもなく、それもまた謎の交流をズルズル続けてしまっている理由ではある────
と、それも計算の内であるなら益々もって怖ろしい。
「本当に序列持ちは、変な方々ばっかりだ……」
なお、ソラもニアもアーシェも俺が特定の女性と文のやり取りをすることに関して特に文句はない模様。お断りの理由になるから是非とも在って欲しかった。
本気で何も気にしていないらしきアーシェはともかくとして、ソラとニアに関しては確実に〝聖女様〟に恐れ慄き『関わらんどこ』みたいな空気もある。
それも俺に目移りの余地がないと、信頼した上での択なのは理解しているが……だとしても、それでいいのか君たちってな具合。俺も人のことは言えないけども、基本的に三角錐の外へ嫉妬の感情が生じない造りが出来てしまったらしい。
信頼が極厚で泣けてくる。ままならないね、人生。
そしたらば────
「はぁ、知らん。ゲームしよ」
ままならないことは、頭の隅へ寄せとくに限るってことで。
おそらく全ての文末にハートマークを視認可能。
好意のハートを彩る感情は、さて何色か。