遮二無二ツリークライミング
「────やぁ、いらっしゃい。いつも通り?」
「ん。お願い」
昼時、いつもの場所で顔を合わせたなら長々とした会話は最早必要なく。
宿舎食堂を訪れたアイリスを迎え入れた千歳が笑顔を向ければ、彼女はシェフのお任せを注文するままストンと席に腰を下ろした。
元々、席数が多いわけではないコンパクトな空間。その中で完全に定着した指定席に納まれば……──その隣には、これもまた定着した日常こと先客の姿。
「おはよう?」
『こ、ん、に、ち、は。ちゃんと朝から起きてたもーん』
しっかりと慣れ親しんだからこその適当。
冗談ともつかぬほぼ無思考の挨拶を投げ掛ければ、たまに夜更かしをすると昼過ぎまで起きない友人は驚異的な速度で『言葉』を返した。
「そう」
さすれば、アイリスが返す返すは顔と声それぞれ乏しい表情と少ない音。それもまた、気の置けない間柄となったことを信頼するがゆえのもの。
その証拠とばかり、慣れぬ他人であれば素っ気ないと取られても仕方ない態度を全く気にせず、隣席から肩で小突くようにじゃれついてくる友人を受け止める。
そうして揃い無意識に零す気の抜けた笑みこそが、今の関係性の全てだろう。
『学校。今日って午前中だけじゃなかったっけ?』
────であれば、これも会話が飛んだとは思わない。
恥ずかしながら……いや、恥ずかしげもなく。自分たちが考えているのは四六時中、基本的に〝彼〟のことばかりであるゆえに。
「そうね。だからもう帰ってる」
『ぁそなんだ。防音性完璧すぎて部屋いると気付けないよね』
「ん」
『で、姫はどこからどうやって察知したのよ』
「部屋から、気配で」
『バトル漫画のキャラみたいな発言やめてください』
そんなことまであけすけに。生まれて初めて出来た恋敵と、仲睦まじく戯れを交わせるなんて不可思議な奇跡を楽しみつつ────
『んで? お昼、なんで顔を見せないんですかねー』
「きっと、頑張っているんじゃないかしら。相棒に追い付くために」
『愛されソラちゃんめー……! ぁ姫、今日あれだって十八番の日』
「そう。楽しみ」
揃い並んで向ける心から、夢の世界へと応援を送っていた。
◇◆◇◆◇
「ッ────!」
無声の気合いと同時、振り抜くは左。
恐ろしい圧を撒き散らすまま空間を轢き潰し轟と迫る巨刃の腹を、比して小さな得物を固く握り込んだ裏拳で以って殴り掃う。
然して、襲い来るは轟音と激甚の衝撃。どちらかと言えば相手の攻撃ではなく自身を動かすためのアクション、目論見通り諸々の作用で浮いた身体を繰り……。
再装填完了、
「オッラァ‼︎」
《拳嵐儛濤》右腕全弾斉射。ドンピシャのタイミングで蒸気を吐き尽くし、自由を取り戻した右を躊躇うことなく叩き込む。さすれば────
『────────ッッッ!!!』
計三百発の瞬間着弾を至近距離からモロに喰らい、顔面から夥しい量のダメージエフェクトを散らすまま怒りの雄叫びを上げる巨躯の亜人。
エネミー名【波濤喰らいの牛闘士】────屈強極まる第三十層ボス。
高さだけでも俺(転身体)の三倍はあろうかという深紅の牛頭魔人が後退った様を目で追えば……その頭上で一つ、HPバーの段が消失する。
ラスト一本。戦闘開始より三十分強、ようやく底に手が届いた形。
「────スイッチ‼︎」
「────ぜぁアィッ!!!」
然らば、詰めだ。
強引な武器防御および浮いた状態からの斉射の反動。空中にて完全に体勢を崩した俺に代わり、裂帛の気勢と共に化物目前を攫う騎士が盾を振るう。
刹那、俺たちの鼓膜と空間を揺るがすのは馬鹿馬鹿しいまでの衝撃音。
断じて『悲鳴』ではなく『咆哮』であり、怯んだわけではない。そう示すが如く僅かばかりの隙を捻り潰して動いた牛闘士が、巨大な斧剣を以って暴を下す。
壁と刃。最早『炎』と見紛う激烈な火花を散らし、競り勝ったのは────否。〝技〟を以って〝力〟を制したのは、夢の世界が古兵。
「稀人様ぁッ!!!」
「ッしゃオラァ‼︎」
《フラッシュ・トラベラー》起動、神話の怪物と超人の騎士が激突した衝撃に煽られた身体をリセット&ムーブ。直前までアバターに作用していた一切の影響を取り除き、近距離範囲内へ身体を〝置く〟スキルが俺を運ぶ。
瞬間。視界一杯に広がるのは、意地の強攻を逸らされ技後硬直に巨体を縛られた魔人の牛頭────ならば目前、雄々しい双角の片割れを赤熱する右にて掴み、
逆サイドより左拳をぶち込むと共に、外転出力『廻』双手解放。
「────《鼓》ィッ!!!」
左腕《拳嵐儛濤》百重、および左右に練り上げた当社比弱々『廻』の連弾によって強引に再現した瞬間超連鎖浸透撃。
勿論、威力も精度も非弱体化状態時には遠く及ばないが……──
『ッッッ──────────────ゴァッ……!!!』
こちとら強制とて適正レベルでやり合ってんだ。ならば尋常の技は元より、普通を逸した技術が通らなければ嘘ってか無理ゲーである。
斯くして、ここぞの大技で残る一本の生命も急減。
右に続いて左も真っ赤なオーラを纏った俺の両腕と同じく危険域の赤……まではいかないまでも、ガッツリとゲージを失った牛闘士が堪らず地に膝を突く。
────俺、ケンディ殿、そして俺。代わる代わるの切り替え連携は三十層に至り結構なモノとなっているが、そこは流石に〝相棒〟のようにはいかない。
別にケンディ殿の技量どうこうという問題ではなく、単純にビルドの差だ。
紛うことなき純タンク型の彼では絶対的な敏捷が足りず、ここで必ず一拍の間が生まれてしまう……──だがしかし、無問題である。
なんせ俺たちは、二人と一振りのパーティなんでね。
「────星剣ッ!」
呼び掛けに応え迸るは白。指輪から剣へと姿を遷した【真白の星剣】が連携の間隙を縫い合わせ、膝を折った魔人の眼窩へ突き立つ。
轟くのは、今度こそ『咆哮』ではなく『悲鳴』が一つだけ。
ならば一拍の間は次へと紡がれる。
「むぅウンッッッ!!!!!」
大技の反動で宙に浮いた俺と再び代わり大盾の突進撃が牛頭の鼻っ面を直撃。果たして如何ほどの衝撃が襲い掛かったものか、魔人はフラリと身体を揺らし、
「──────!」
床へ落ちた致命部位へと、降り落つは俺。
瞬間送還、刹那の召喚、右手に呼び戻した星剣と併せて、左手に駆るは新入りこと【欠首の冥牙剣】の歪刃────然して双剣は、腕から伝う〝熱〟を纏いて、
「だぁッらァ‼︎」
赤に輝く交差の軌跡を描き、強敵の首級へ決着の閃を刻み込んだ。
◇【波濤喰らいの牛闘士】を討伐しました◇
◇第三十層の攻略を確認しました◇
・報酬が贈与されます────【緑宝ノ盟珠】を獲得しました。
────────────────
◇Status / Trance / Restarted◇
Title:曲芸師
Name:Haru
Lv:30⇒31(10)
STR(筋力):140
AGI(敏捷):50(+50)
DEX(器用):10
VIT(頑強):0
MID(精神):100
LUC(幸運):0
◇Skill◇
・全能ノ叶腕
《拳嵐儛濤》
《貪欲ノ葛篭》
・水魔法適性
《アクア》
《千遍万禍》
・Active
《リフレクト・エクスプロード》
《フラッシュ・トラベラー》
・Passive
《アテンティブ・リミット》
《超重技峨》
《極致の奇術師》
《星月ノ護手》
《戒征不倒》
《リジェクト・センテンス》
《影滲越斃》
《四辺の加護》
◇Arts◇
【結式一刀流】
──────……
────……
──……
────────────────
「ッッッ………………────ぶっっっはぁ‼︎ つッかれたぁ……!!!」
「強敵に、ございましたなぁ……!」
鳴り響くファンファーレ。身体を包むレベルアップの金光。そして一も二もなく同時に上がるは、怪物に比して軽々しいヒトの身が倒れ伏す音と疲労の声。
そして、声に滲んだのは色濃い疲れだけではなく、
「なんとか、なりそうだな……」
昨夜の遅くまで……というか今日の早朝まで続いた全力攻略より、大学の講義を挟んで連なる延長線────現在時刻午後五時に至り、無茶苦茶な強行劇が遂に推定最大の山場を越えたことに対する安堵の感情だ。
流石に無理をした自覚はある。あるが、今回は特例ってことで致し方なし。
「よし…………ケンディ殿」
「なんでございましょう」
だって、ほら。明日の夜に会おうぜって、約束しちゃったもんだからさ。
「十分……いや十五分、休んだら再開したい…………あと四層、よろしく頼む」
「はっは……稀人様の体力は、我ら〝千憶〟に負けず劣らずですなぁ」
俺から言ったんだ、俺から会いに行くのが筋ってなもんだろうよ。
そうだね、実質的に一日十層だね。
リィナちゃん正解。