安定志向/暴走特急
鍵樹内に登場するエネミーは、道中迷宮に出現する雑魚か階層最奥に座すボスかを問わず原則として『ドロップアイテム』を落とさない。
例外は『ルーナ』や『パール』といった通貨。
前者を雑魚が、後者をボスが齎すものの……しかし、やはり素材やら何やらといった品は一切プレイヤーの手元に入って来ない形というわけだ。
では、鍵樹迷宮の攻略における〝報酬〟とは結局のとこ一体なにかという話。つまり、この『夢を売る概念器』から排出されるのは何なのかという話。
答えは単純。それは、こんな縛りプレイを強要する高難度ダンジョンにも臆さず挑むプレイヤー共が絶対に喜ぶであろうモノ────それ即ち、
強力な、武装。
更に付け加えれば、
似たモノでも外見や性能にバラつきがある、ハクスラの泥沼を備える品々だ。
「さてさて……〝レート〟は聞いてた通りだな」
スキル解放を終えた後、モノリスから展開されたカタログを確認しつつ独り言。
第一層からボス討伐の度に必ず【PARLs】にチャージされていた報酬の通貨、その唯一……というわけでもないらしいが、主たる使い道が他ならぬコレ。
ガチャ一発につき要求パールはキッカリ『100』とのこと。つまるところ第十層攻略までに貯まった俺の全財産『12500』パールを丸ごと突っ込んだ場合、百二十五連の夢遊びに興じることができるってな寸法である。
けれども、当然ながら全部アタリなんて馬鹿げたクジが在るはずがない。
鍵樹迷宮ガチャの当たり枠は、攻略階層基準の武装……たとえば十層に現れるモノリスで引いた場合なら、一層から十層までに登場したボス由来の品が現れる。
そしてそれらの当選確率は、二週間強に及ぶザックリとしたプレイヤー調べで余裕の一パーセント未満。つまり百連を回したとて手に入る保証は全くないのだ。
が、そこは流石のアルカディア。
ちゃんとプレイヤーの胃に優しい選択肢まで用意してくれていた──……ってことでね。悪いが俺、こう見えて安定志向なんで挑む勝負は選ばせてもらう所存。
「ハイ、一択」
確かにギャンブルに喧嘩は売ったが、それは勝率百パーが約束されているがゆえのこと。好みの範疇でアタリハズレは存在するだろうけども……そこはそれ。
俺こと【曲芸師】の身体に宿っているのは全武器適性ツリーに連なる《全能ノ叶腕》であるからして、文字通りどんな品を引き当てようがオフコース。
この一発『10000』パールを要する鍵樹限定武装確定ガチャに〝負け〟はない。
「おぉ……」
確認のダイアログに迷わず『YES』を返せば、途端にモノリスが光を放つ。空間を満たす荘厳な緑光に照らされ、如何なる感情か声音を零す騎士殿を隣に……。
結果を待ち受ける俺の手に集うは燐光。そして、顕現するは一枚のカード。
「…………ふーむ、成程。コレは……────ま、アタリの部類かな?」
洒落乙を極める凝ったデザインの札に記されているのは【欠首の冥牙剣】との銘が一つ。そして描かれているのは、炎を侍らす歪な形状の短剣一振りであった。
◇◆◇◆◇
◇Talk Room◇
【Haru】:やあソラさん
【Haru】:ちょっといいかな。聞きたいことが
【Sora】:こんばんは
【Haru】:ハイこんばんは。今へーき?
【Sora】:大丈夫です。なんでしょうか。
【Haru】:そっちの現在位置を知りたいです
【Haru】:階層的な意味で
【Sora】:今日、三十四層までクリアしました。
【Haru】:流石。まだ攻略中?
【Sora】:いえ、
【Sora】:先程、三十五層の様子を少しだけ見てから解散しました。
【Haru】:成程。オーケー、わかった
【Haru】:ありがとう。あと悪いけど、ちょっと攻略ガチるから今日は会えない
【Haru】:明日の夜に会おうぜ。また連絡するよ
【Sora】:わかりました。頑張ってくださいね。
【Haru】:超頑張る。かわいいパートナーの応援もあって元気百倍だ
【Haru】:んじゃ、お疲れ様。おやすみソラ
【Sora】:はい
【Sora】:おやすみなさい。
【Sora】:ハル
【Haru】:うん?
【Sora】:昨日、ごめんなさい。私、ハルに怒ってるわけじゃなくて
【Haru】:あーあーストップストップ待った待ったハイそこまでー!
【Sora】:わた
【Sora】:は、はい……
【Haru】:とりあえず、言いたいことは一つだけだ
【Sora】:な、なんでしょうか
【Haru】:拗ねてるソラさん、メチャクチャ可愛かったですハイおやすみー
【Sora】:n
【Sora】:
【Sora】:明日、ぎゅってして、ください
【Sora】:おやすみなさい。
◇◆◇◆◇
────ってことで、ね。
エンジン全開の俺を止められるもんなら止めてみやがれ有象無象どもァッ‼︎
これまでより多少は造りが豪勢になった迷宮を単身にて駆けながら、紅の燐光を散らすアバターを繰り道中に撒き散らすは理不尽なる暴力の雨霰。
十一層から姿を現した低身長筋骨隆々のメインエネミー【悪食の豚幽鬼】に下層から続投する小鬼や犬人も併せ、やはり人型が多いラインナップ。
縄張りへ足を踏み入れたヒトをぶち転がす、ただ一つの本能によって野生と知性がミックスした荒々しい連携を披露する連中は割かし普通に強敵だが……。
「────そぅら、よッ‼︎」
誠に残念ながら、武器を取り戻した俺の敵ではない。
狭い通路を埋めるように立ちはだかった豚鬼×2、小鬼×3、犬人×2の集団に向けて振り抜くは空の右手────然らば一閃、曳かれた線から迸るは〝拳〟の礫。
遠隔射の拳弾。それ即ち、今や俺の主力が一翼と言っても差し支えないスキルの力。散弾の如く撒き散らされた小さな礫の一発一発は、進化前の《フリズン・レボルヴァー》と比べて半減近くまで威力を落としているものの……。
『『『──、ッ』』』
ま、一息に百発もバラ撒きゃ小物が耐えられるはずもなく。
ゴバッ────などと形容し難い音と共に消し飛んだ亜人群団の残骸、それらが緑の燐光と散るのを待つことなく空いた通路を駆け抜ける。
十層攻略で獲得した武装封印解除アイテム【緑宝ノ盟珠】は迷うことなく【藍心秘める紅玉の兎簪】に使用済み。ならばギリギリ性能解放が至っていた『決死紅』を切って僅かばかりでも敏捷を上げつつ敵を蹴散らしダッシュダッシュ。
無視できる規模の小さな群れであれば無視。そして先のような通路を塞ぐ規模の群れにエンカウントしたならば……────
「どけオラァッ!!!」
右腕一閃、同じく通路を埋め尽くす拳弾の嵐によって一掃する。
《拳嵐儛濤》────六発装填リボルバー式の神スキルから進化したコイツは、これまで俺が獲得してきたスキルの中でも一、二を争うぶっ壊れだ。
その性能は、一言で表せば連射も斉射も自由自在なガトリング砲。
装弾数は左右の拳それぞれに三百発ずつの計六百発。前述した通り一発一発は小さく威力も落ちているが、実に百倍の弾数を以って総火力は文字通りの桁違い。
加えて拳弾と言いつつモーションを拳打に縛られず、適当に腕を振るったり果てはデコピンといった挙動ですら起動条件を満たせる融通の利きっぷりだ。
唯一の欠点として、再装填が進化前とは異なり自動ではなく任意。そして一端リロードに入ると装填中の腕がキッカリ三百秒使用不可となる制約があるが……ぶっちゃけ、根幹性能がイカれ過ぎていてデメリットが甚だ不足しているレベル。
それすら弾数を使い切ったとしても再装填を待てば先延ばしにできるわけで、上手く扱えば戦闘中に制約を気にする必要さえない始末だ。
ついでに言うと、片腕使用不可なんざ慣れっこであるからして……。
「────〝百重〟ァッ‼︎」
別に、再装填自体が大したデバフに成り得ない。
ってことで右腕一閃。百、百、百で大雑把なぶっぱを重ね都合三百。またしても通路を塞いでいた亜人パーティを一掃したことで装填弾数を撃ち尽くした右腕が、オーバーヒートした銃身めいて真っ赤なオーラと熱を放つ。
そんでもって、この状態にも利点があるのだが……──ま、それはわざわざ雑魚に要するもんでもないってなわけでね。
「ほい〝再装填〟っと!」
拳を握り込み、ズドンと肘を後方へ突き出す。大袈裟な拳撃の溜めが如きウルトラ格好良い規定モーションを遂行したことで、いざリロードが開始。
で、そんなこんなしながらノンストップで走っていれば次なるエンカウントは目前に。然らば当然────蒸気を吹き上げる右に代わって、お次は左の出番だ。
そうして、並み居る障害を文字通り千々に散らしながら駆けること数分。
「ハイ到着。────んじゃサクッといこうか、ケンディ殿」
辿り着いたのは、大広間。
此処まで単身、斯くして呼び掛ければ二人組。空間が裂ける独特なエフェクトと共に隣へ現れた金髪碧眼の騎士は……まあ、なんというか。
「…………………………は、はい。…………………………はい……?」
開いた口が塞がらないとばかり呆けながら。
体長三メートルを超える巨躯のボス。死ぬほど物騒な大鉈を担いだ大豚鬼のいろんな意味で凶悪極まる顔面を目視すると、困惑を押して盾を構えてみせた。
過去一レベルで頭のおかしい性能の《拳嵐儛濤》君ですが、これは本人性能で似たことができる頭曲芸師だからこそ発現が許されたスキルですのであしからず。
そしてせっかく引き当てられたのに使われる気配のなかったウルトラ厨二病ネーム短剣こと【欠首の冥牙剣】君の明日はどっちだ。