第十層
直接的であるか間接的であるかを問わず仮想世界に親しむ者、誰しもがアルカディアのコンテンツにおいて広く『え?』と首を傾げがちな要素がある。
それはなにか────名前だ。
NPCの名前、動物の名前、エネミーの名前など生き物に限らず、小は石ころのようなアイテムから大は見上げるような建物に至るまでの物品……。
延いては、地名や空間名など。全てが全てとは言わないが、このゲームに存在するモノの〝名称〟というやつは基本『深く意味を考えようとすると頭が爆発して死ぬ』タイプの乱雑かつ無秩序っぷりで纏まっている。
響きの良さ重点のフィーリングそしてノリとテンションのみで相棒の『技』に抜群の名付けを施している俺が言えたことではないが、文字とルビが笑えるまでに乖離して単なる当て字になっているパターンなどは優しい方。
どうしようもないのが【試しの隔界球域】など『頼むからルビ振ってくれ』と思わざるを得ない読み方が全く不明なモノで、これに関しては日々あーでもないこーでもないと不毛な議論が世界中で繰り広げられているのは言わずもがなだ。
終いには、稀に『これ完全に意味を取り違えてるだろ』みたいな見当違いの名称を当てられたモノさえ飛び出してくる始末……。
で、ソレもまた厄介の種。
全世界に数多いるアルカディア全肯定勢が『いいや、なにかしら深い意味付けがあるはずだ』と声を上げるのも無理はなく、実際トータルでそう思わせるほど現実離れした存在であるゆえに盲目的な反論ですら説得力を生んでしまう。
────なお別にガチ考察スキーでもなんでもない俺は、基本的に蚊帳の外から騒ぎを見物する……なんてことさえもせずフワッと全てを受け入れる勢。
然らば、たとえ目前に『え?』と首を傾げるような名の付けられた存在が現れたとて、特に気にすることもなくスルーするまま仮想世界ライフを満喫してきた。
しかし、やはりそういうのは、どうしたって印象には残る。
ごく最近のエンカウントとあらば余計のこと。であれば当然、その日その時『サーベラス??? オルトロスじゃなくて???』と己が心中にて呟いたツッコミの文言が思い出すまでもなくハッキリと心に残っている────
即ち、なにが言いたいかといえば……。
「────成程これは〝三首の番犬〟ッ!!!」
一見すれば見当違いの名付けにも逐一なにかしら深い意味付けが存在する説……やっぱコレ他ならぬ現代を超越した娯楽だしあるかもしれねぇなってこと。
自ら吐き散らした地を這う轟炎を躊躇わず突き破ったこと、そして撒き散らされる大量の涎と併せて『ボク理性ないですよ』とでも言わんばかり。
豪快な息吹攻撃を見て反射的に後退した俺へ、そのもの第七層にて相手取った【双頭の番霊犬】が追い縋る────ならば当然、
「ふんッッッッッヌァ!!!!!」
攻撃役へのターゲティングを己が身でカットするのは、頼れる守護役の完璧な仕事。然らば反転、守られた攻撃役が味方に還元すべきは一つ。
「そう、らァッ‼︎」
瞬間交互スイッチ、からの反撃一本。
然して戦果は……。
「ぃ゛ぎッ────んにゃろ……!!!」
「敵ながら天晴ぇッ‼︎」
渾身なれども迫真のゼロ。
横合いからの全力突進で強引に進路を逸らされ、よろめきながら俺の脇を駆け抜ける犬ころに放った剣閃は完璧なタイミングで胴体を穿つはずだった。
しかしボス部屋こと大広間に響き渡ったのはクリティカルヒットの快音ではなく、空間を染めたのは鮮血代わりの燐光ではなく激烈な火花の赤。
犬の上に、犬。
【真白の星剣】の白刃ごと俺を豪快に弾き飛ばしたのは……双頭の番犬に跨る孤頭の番犬が、その〝手腕〟にて巧みかつ嵐のように振るい操る大戦斧の轟。
鍵樹迷宮第九層ボス【孤頭の番霊犬】────昨夜、俺とケンディ殿が必死こいて打倒した前層のボスエネミーである犬獣人戦士。つまるところ、
三つ首とは、おそらく称号的なアレ。
人馬一体ならぬ犬犬一体と相成った、この姿────第十層ボス【三頭双剋の冥犬】こそが、こいつらの本領にして真なる名であったということだ。
言いたいことは、二つだけ。
ギルドルファングって言いづらくねってな些事が一つと……。
「マジでアホだろ十層でコレか……ッ! 百層ボスとか考えたくねぇッ!!!」
「まだ見ぬ強敵に胸が躍りますなぁッ!!!」
コイツ冗談抜きでバカ強過ぎだろ、沸いてんのかってなことくらいだ。
『────ッ‼︎』
『ッ──!』
よろけたのは一瞬、制動指揮により復帰は即座。手綱も介さず鞍も挟まず文字通りの一心同体か、犬人の一吠えに叫び返した双頭犬が急停止からの急速反転。
そして振り被られるは、前脚と双腕。
即ち、一瞬後に降ってくるのは────
「どぁらあぃッ!!?」
「稀人様ぁあッ!!!」
アホほど凶悪な爪で武装した全く可愛げのない肉球と、ただただ恐怖と破壊と死を生み出す形をしている大戦斧の息ピッタリ致死的コラボレーション。
双方、目で捉えるだけならば可能なレベルの速度……しかしながら悲しいかな、絶対的に不足しているのが現状ようやっとLv.10相当の身体能力。
然らば、回避も無様不格好の命からがらになるのは致し方なく、
「ったく、しゃぁねぇッ……‼︎」
けれども見せてやろう────【曲芸師】はタダでは転ばないと。
『──ッ、────!?』
頭上の頭上。前脚一閃、戦斧一閃を決死の顔面スライディングで避けた先。双頭犬の腹下へ潜り込んだ俺の手に星剣はなく、耳が拾うは犬人の悲鳴。
見たか犬この野郎、そっちが〝三〟なら俺たちも〝三〟だ参ったか────ぁっあっちょちょ疾く戻れ相棒こらMPが秒で溶けるゥッッッ!!!!!
「ハイおかえりからのッ……──」
斯くして、自律機動にて騎手へと痛手を与えたらしき【真白の星剣】が指輪となって右手へ帰還────その瞬間には、俺の腕は目一杯に速度を喰っている。
持たないまま振り、現すと同時に着弾。まあ随分と懐かしい手法だが……生憎と俺は、勘やら何やら一切合切を忘れないもんでねぇッ!
「〝鋒撃〟ッ‼︎」
拳打の速力を併せ、顕現ならぬ剣現と共に再び奔った白鋒が視界一杯を埋める真黒な毛並みに牙を立てる。然して今度こそ……。
『ッ゛────、──ッ……!!!』
怒涛の渾身に、迫真の曲芸を重ねて戦果アリ。
プラス、
「────どッッッッッッッッッッッせぃアッ!!!!!!!」
追撃。首元と同じく致命部位と思しき腹部へ剣を丸ごとぶち込まれ、堪らず浮足立った双頭犬の悲鳴を打ち消すような怒号と共に盾が迸る。
怯み、慄き、身体を浮かせていたところへの全力突撃。ボゴァアッ!!! と響き渡った恐ろしい激突音からして単純威力も相当だったようではあるが、なにより完璧な機を逸さずに走り込んだ腕を以ってしての結果だろう。
比して小柄な騎士が、見上げるほどの巨躯を豪快かつ爽快に跳ね飛ばしたのは。
「ご無事でッッッ────」
「無事だよ無傷だよ近い近いッ……!!!」
斯くして訪れたのは一拍の間。
床に転がるまま、たたらを踏むボスが床に伝える振動を全身で味わっていたのは一瞬のみ。息つく暇もなく跳ね起き右手では剣を構え、左手では横合いより迫るケンディ殿の顔面を鷲掴みにして堰き止めながら……見やる前方。
「……はは、まだまだ元気一杯だぁ…………」
騎馬もとい騎犬、並びに騎手の双方、いまだ健在。
戦闘開始より十分弱。ここまで正真正銘の全力を賭して、ようやっと六段重ねHPバーの一本目を削り切れたってなことで……────
「さて……ケンディ殿?」
「やってやりましょうぞッ‼︎ 貴方様と共に在らば、たとえ如何なる強ッ──」
「ハイハイこっちも元気か結構結構。そしたらまあ……」
成せば成る、成さねば成らぬ……ってか、ほら。やればできることはやればできるのでやれると信じて励むのみってのが俺の座右の銘だから。
「一時間コース、サクッといこうか」
とにもかくにも、疾く屠る。
相棒を待たせてんだ、覚悟しろよ犬ころども。
斯くして、一時間半後。
◇【三頭双剋の冥犬】を討伐しました◇
◇第十層の攻略を確認しました◇
「第二形態で本当に融合三頭犬になるとは思わないじゃん……」
「悪夢の如き、暴れっぷり、でございましたなぁ……」
六人編成での全力攻略が前提と思しきウルトラハイパーボスを、たった二人で乏しいステータスを奮い血みどろの死闘の果てに打倒した俺たちは、
「ちょ…………………………っと、休憩しよう。五分。五分だけ」
「賢明な判断にございます……流石は稀人様」
それから十分ほど、仲良く床に転がっていた。
……『早く次いこう次』とばかり、指輪姿で俺の右手をグイグイ引こうとする相棒の要求については、気付かぬフリをするままに。
かわいい。