魔剣士-魔=
────別に、怒っているわけではないのだ。
無理に互いのペースに合わせようとして、気を遣い合うのはナシにしよう。まだ出会ったばかりだった頃、そんな話をしたのを覚えている。
たとえ『記憶』の才能を持っていなくとも、二人で約束し合ったことを忘れたことはない。あの頃から……──まだハルのことを『ハルさん』と呼んでいた頃から変わったものはいくつもあるが、根本の性格で言えば二人ともそのままだ。
即ち、ハルは『自分のために自分よりも誰かのことを慮る』性質のまま。
即ち、ソラは『自分を慮ってくれる誰かを自分よりも大切にする』性質のまま。
似ているような、そうでもないような。同じ方向を見ているようで、そんなこともないような────唯一ハッキリとした共通点は、一つだけ。
二人とも、問題や歪みは認めつつ、自分の在り方を嫌えはしないということ。より良くしようとは思えども、根本を変える気にはならないということ。
いつだか彼に伝えた、貴方はそのままでいてほしいという願いは変わらずに。
いつだか彼が伝えてくれた、今の自分が好きだという言葉は疑わずに。
ソラはソラのまま、ハルはハルのままで、ほんの少しだけ見方や意識を正しながらも……まあ、結局は人間そうそう簡単に別人にはなることなどできないから。
相変わらずハルは自分のために自分よりもソラを慮るように思考するし、相変わらずソラは自分を慮るハルの思いを自分よりも大切にしている。
なればこそ交わした『先に行ってて』と『わかりました』だ。二週間前すぐに追いつくからと先行を促した……延いては、クランの仲間たちを自分に代わって率いてくれるよう頼んできたパートナーに、了承を返したのである。
形だけとはいえクランマスター。ハルにそんな意図はなかっただろうが、それを置いてなお『率いてくれ』と彼が言葉にした理由をソラとて正しく理解している。
【蒼天】は、ハルとソラのクランだ。
序列持ち二名に、序列持ち予備軍と言われる実力者一名。とんでもないメンバーが集まっている状況に在って眩暈がするような事実ではあるが……。
いまなお憧れの存在である【剣聖】も、頑なに年下として振る舞う推定年上の【不死】も、そしてパートナーの弟子もとい生徒もとい後輩も。
三人が三人とも、自分をハルとソラの脇にいる者と思っている。
おそらく数年単位の先駆者として、後発組の自分たちを見守るような思いも在るのだろう。なればこそ、三人は自分たちに合わせようとしてくれる。
それがどういうことかといえば……ハルが足を止め、ソラが隣に寄り添い共に足を休めれば、自然と三人の足も止まってしまうということ。
つまり────『自分のために自分よりも誰かのことを慮る』ハルが、それを大人しく許容できるはずがないのは想像容易く。パートナーであるソラにさえ遠慮するのだから、師はともかく後輩(?)二人に関しては余程だろう。
そしてそれはつまり────『自分を慮ってくれる誰かを自分よりも大切にする』ソラが、ハルの頼みを断れるはずがないという答えに帰結するゆえに。
重ねて、本当に、怒っているわけではないのだ。
他ならぬ、半身を含めた自分のこと。きちんと理解も納得もしている。お互いの思考の捻じれた噛み合い方に困りつつも、稀有な相性と思えば心地良くさえある。
だから、そう。昨夜の態度は正真正銘の八つ当たり。
システムの都合で簡単に階層を下ることができない融通の利かなさ。加えて二週間前、笑って先行を促したハルにムッとした顔を見せてしまった事実が脳裏から消えぬゆえの恥ずかしさ。更に加えて、あろうことかNPC……いくら本物の人間にしか思えぬ在り様とはいえ、ゲームのキャラクター相手に本気で嫉妬を抱いてしまった救えないほどに子供っぽい自分の心────等々、諸々。
アレやコレやが積み重なった末の、大爆発。
いや、いっそ豪快に大爆発できたなら、まだしも救いようがあったかもしれない。そんな、ジメジメとした雨漏りの如き拗ねた態度を晒してしまった。
十五歳、恋する乙女の心は斯くも益々ままならず。
昨夜。盛大に困らせてしまった想い人が自分のため、一生懸命になって機嫌取りに苦心してくれた様を、延々と脳裏で繰り返した結果────
◇【千景の蝋人形】を討伐しました◇
◇第三十三層の攻略を確認しました◇
「────────────ッはぁ……! は、ふぅ……っ!」
少女は迷宮にて、御し切れぬ己が心を叩き直すように剣を振り抜いていた。
◇◆◇◆◇
「ねぇ、カナタ」
「……ぇ、ぁ、はい」
斯くして、後方。
三十三層まで後方支援役を受け持っていた少女にやんわり『手出し無用』とお願いされ、言われるがまま大広間の隅で棒立ちを続けていた少年アバターが二人分。
空間を彩るボスエネミーの残滓でそれぞれ黒とヘーゼルの瞳を彩りながら、燐光の中心にて映える金色を眺めつつ言葉を交わしていた。
「僕さ、正直に言うと先輩の『ソラは俺よりヤバい』って発言は冗談半分だと思ってたんだよね。仮に正真正銘の本心だったとしても、おかしな魂依器の性能とか先輩との相性とかを加味した、先輩視点の偏った総合評価だと思ってたわけ」
「………………」
距離があり、声が届かぬがゆえ。息を整えている少女が復帰するまで、今しばらく掛かるであろうという正確な観察眼を持っているがゆえ。
それも彼らしいと言っていいのか、忌憚なき胸の内を晒すテトラ────紛れもない最高位プレイヤー、東陣営序列持ちの言葉を少年が静かに聞く。
「一応、侮ってたつもりもないし嫌味で言ってるわけでもないよ。ソラ先輩のことは普通に好きだし、馬鹿げた並行限界値とか群体思考操作技術は天才的だって認めてた。頭も良くて指揮も上手いし。……でも、ほら。なんというかさ」
「……はい、わかりますよ────わかってなかったんですね、俺たち全員」
そして、憧憬を向ける『先輩』に次いで敬愛する彼の相棒を評する言葉に、カナタは今ただただ認識を改めつつ同意を重ねるのみ。
同じく、侮っていたつもりは一切ない。……けれども、外野こと世間よりも遥かに近い位置に在る視点にて、かの『天秤の乙女』を測っていたのは事実。
驚異的。破滅的。総じて埒外の域にある少女の戦力を心の底から慄くまま認めながらも────しかし、畏ろしいが怖くはないと思っていたのだ。
それはきっとカナタやテトラに限らず、実際にソラの戦いを目の当たりにした序列持ち含む全ての実力者に共通する事項のはず。
どういう意味かといえば、理解が及ぶから。確かに『仮想世界への適応力』とでも言うべき才能は格別だが、その思考や挙動は一応の想像が及ぶ範囲内であった。
どこかの誰かさんを筆頭として、ある種のラインを超えた存在が持つような『予想を容易く飛び越える得体の知れなさ』とでもいう雰囲気。
前提として理外の『魂依器』を源とする無法の〝力〟そのものを除けば、という話ではあるが……これまで、そういうものをソラは発して来なかった。
だからこそ、今に至り少女を知った気でいた二人は心底から驚嘆している。
「っ……はぁ…………──あ、と、ごめんなさいっ! お待たせしました……!」
深呼吸の時間は一分と少々。おおよそ二十分ばかりで単独によるボス打倒を果たした少女が、短い休憩を終え申し訳なさそうな顔で駆け寄って来る。
その手に在るのは剣が一振り。
最初から、最後まで。
基本も基本の砂剣一本────それは果たして、これまでの舞台では主に『大技による殲滅』を求められてきたゆえ披露する機会がなかっただけか。
自在に姿を変じながら襲い掛かる巨大な蝋人形を、純粋な〝技〟を以って見事一方的に封殺した【曲芸師】の相棒を視る。
斯くして、二人の眼に映る金色は、
「……ちゃんと怖いんだね、ソラ先輩って」
「……俺たちは、怒らせないようにしましょう」
おそらく、昨夜あの後にあったのであろうアレコレを発散するための、感情の動きに限って言えば可愛げに満ちた気分転換の儀式。
であれば本人にそんな意図はなかったのだろうが……────少女は【曲芸師】と並び立つに相応しい、紛れもない『剣士』の姿を示してみせた。
むしろ近接が本領まであるのではと、先輩二人を戦慄させるままに。
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◇Status / Restarted◇
Name:Sora
Lv:34(10)
STR(筋力):30
AGI(敏捷):100
DEX(器用):100
VIT(頑強):10
MID(精神):80(50)
LUC(幸運):0
◇Skill◇
・魔剣ノ乙女
《ロード・ブレット》
《属性転換》
・光魔法適性
《エンブレイス》
《ジオ・ステイク》
《光属性付与》
・Active
《天秤の詠歌》
《仰見の琥珀眼》
・Passive
《シャリスハート》
《真眼》
《戦駆の癒手》
《リゾルデ・エスタ》
《魔ノ根源》
《四辺の加護》
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・アルカディアにおける『戦闘』は基本的に高難易度。
・ボスエネミーは根本的に単独で相手取るようなバランス設計ではない。
以上の大前提に下層にて【曲芸師】が基本いい勝負を繰り広げている事実を積み上げた上で、ソラさんが現行鍵樹迷宮の『上層域』に当たる三十三層ボスを剣一本と自己の技のみでぶち転がしたことに納得を齎せるであろう事実は下記の通り。
・彼女は過去に能力なし剣一本、本気同士の実力勝負で、
【結式一刀】に連なる技巧を会得済みの相棒を負かしている。
──ep.433『駆けて』──