燃料補給
一夜明けた翌日、午前午後の講義を乗り切って宿舎へ帰宅した後の夕食前。
本日は我らがシェフ千歳和晴様が用事にて不在とのことで、ならば台所にてエプロンを纏うのは特に料理スキルを持たない女子二名ではなく俺の役目だ。
和さんのお母様にしてもう一人の管理人こと円香さんが『忙しいでしょうから私が』と申し出てくれたこともあったが……施設の維持管理を主として様々な雑事をこなしてくれている彼女に、更なる仕事を頼むのも気が引けるってなわけでね。
ついでに、お嬢様方からも是非にと要望があった点も含めて自然な結果。プライベートレストラン運休の際には基本的に俺が三人分プラス、十分以上に打ち解けた最近では円香さんの分も含め四人の食事を俺が用意している現状。
ぶっちゃけた話、大変ではある。
一人分も二人分も三人分も(?)四人分も(???)大して手間が変わらないなんてのはよく聞く言い回しだが、極めて個人的な見解を申し上げさせていただけば『変わるに決まってんだろ舐めんな』といった具合。
自分一人を満足させるだけで良いのならともかく、他人へも振る舞うとなれば献立の考案からして難易度増。更に材料のカットを始めとした調理工程に要する各作業時間は単純に人数分×で膨れ上がるし、盛り付けや片付けも然りである。
作業時間そのものを手間と取るか否かでも話は変わるのだろうが、俺の考えはソレとして昔から変わっていない────そして、その前提で言うと……。
「────プレイヤーとしての意見なら、ハルが正しい」
「そうだよな。その点は、しっかり事前にソラと相談して決めたこ」
「でも、同じ立場なら私も拗ねると思う。だから私はソラの味方。ハルが悪い」
「と……なんだけどなぁ。えぇ、はい、わかっておりますとも」
とまあ、共同作業を彩る会話の話題はなんであれ。
直接的に料理に関わる技術はさておき、あらゆる作業で人としての根本的な超スペックを発揮する超優秀な助手がいる。その一点が状況に加わるだけで、複数人分の夕飯事情を預かる負担は綺麗に消し飛んで釣りが来るほどだ。
「つっても他の択がなかったから……俺に付き合わせて二週間も暇させるのは流石にアレだったし、ソラが俺に付き合って休むようならクラン全体で活動を休みにしちゃおうぜみたいな空気になってたし……それは、なんかなぁ」
光沢のあるブラウンが小鍋の中で煮立つ様を確認して、コンロ消火。
「テトラはともかく、ういさんとカナタ。やる気の化身みたいになってる二人まで巻き添えにしちゃうのは、流石に勿体ないなと思った次第で」
ヒョイと、横に手を差し出す。
「そうね。……片方は、私が攫ってしまったけれど」
さすれば、ノータイムで掌へ乗せられたのは味見用の小皿。一枚ではなくしっかり二枚を渡された普段通りに常なる苦笑を零しつつ、雫をよそいテイスティング。
「ま、それはそれで」
「美味しい」
並んで揃って放つのは、それぞれ会話の続きと味の感想が一つずつ。
極めて平和な光景かつ穏やかな時間……──なお別に俺たちがハブっているわけではなく、自主的に調理助手を辞退しているニアちゃん。
料理スキルが激高いソラや遍くスペックが人類を超越しているアーシェと比べられるのが嫌なのか、現在は三枝さんにアレコレ教わりながら修行中とのこと。
ちなみに直近で三枝さんと顔を合わせた際『進捗』を尋ねてみたところ、料理もそつなくこなすらしい完璧超人様には微妙な笑顔で「うふふー」と躱された。
はたして、参戦はいつになることやらといった具合だ────と、
「できた?」
「あぁ、でき……たな。ちなみに、こっちに味見イベントは発生しません」
「……私のこと、食いしん坊だと思ってる?」
タイマーアラームにて俺を呼ぶスチームオーブンの扉を開ければ、お目見えするのは老若男女を問わず多くの者に好かれる食の至宝ことハンバーグ。
ふっくらと仕上がり、かつ表面に艶のある中々の仕上がり。ふんわりと食欲をそそる香りが振り撒かれたのも相まってか、無表情に熱烈な視線を送っていた食いしん坊に戯れを投げるとジロリ無表情で睨まれる。
「さて、ちゃちゃっと済ませるぞ。皿を並べてくれたまえアーシェ君」
「私のこと、食いしん坊だと思ってる?」
「あ、円香さんの分は今日も部屋に届けるから保温容器な」
「ハル?」
然して、四谷宿舎は平常運転。主菜に副菜に付け合わせの小鉢、一汁三菜にてスープまで完備した完全体ディナーでバッチリ燃料補給を済ませたならば────
「こっち見なさい」
「ひょうあんはん。ほえんへ」
なにを置いても最優先事項。パートナー様の機嫌がよろしくないということで……今宵から一層、ペースを上げて鍵樹迷宮の攻略に励むとしよう。
明らかに人よりエネルギー使って生きてるだろうから自然だね。
いっぱい食べて。