おやすみの前に
「────とまあ、大体そんな感じで」
「二日で九層ですか……」
「馬鹿みたいな攻略速度のはずなのに、先輩のことってなると控え目に思えるね」
ということで、土産話ついでの近況報告を終えれば返ってきたのは感心一つと弄りが一つ。今日も今日とて俺の話とあらば目を輝かせて聞きに入る後輩二号と、いつもいつとて非お子様な態度を崩さない後輩一号。
そして、
「一日十層くらいは、当たり前に進むと思ってた」
「ふふ……ハル君は元気ですからね」
ここで暇を潰してばかりいた誰かさんの影響か否か、すっかり皆が集まる憩いの場として定着した共有スペースことソファの間。
いまだに見慣れぬ組み合わせで洋の座席にちょこんと納まっている師匠と、その上にちまっと乗っかっている青色ちみっこが穏やか淡々それぞれの声で続く。
「……お前はお前で当たり前のように、ほぼ毎日いるな?」
「だめ?」
「全然いいぞ、好きなだけ来い。お菓子食べるか?」
別にクラン入りしたというわけでもない『東の双翼』の片割れことリィナだが、アレ以来なぜだか我らが【蒼天】クランホームへ入り浸るようになっている。
いやまあ、理由はハッキリしているか。
新生カップル(未来系)に気を遣っているにしても、ログイン中ほぼ常時みたいな勢いで顔を出すようになるとは思っていなかったというだけで。
と、これに関しては単純に良い子なんだか何かしらの感情を拗らせてのことなのか、いまいち判断が付いていない少女には餌付け用に仕入れた煎餅────マイフレンド一鉄氏お手製の激ウマ薄焼きパリパリ煎餅を与えておくとして。
「にしても……また随分と楽しそうなヒト引いたじゃん先輩。NPC同伴者って基本的に一番最初の『担当』が最高の相性らしいよ、退屈と無縁で良かったね」
「半笑いやめろ?」
揶揄いの表情で弄りの追撃を投げてくる自称年下には、オヤツではなく半眼からの視線を与えておくものとする。ギルティ。
こちとら割と真剣に困ってんだよ。順調に九層を突破して予定通り今日はここまでってなタイミングで予告通りに〝表〟を披露したのだが、ケンディ殿からの反応は『成程、あなた様らしい』というコメントと快活爽快な笑顔のみ。
どう受け取りゃいいものか謎だし、果たして『あなた様』発言が一体どの文字で構成されていたのかも謎。騎士殿のスタンスや態度は迫真の不動だった。
強すぎる。誰か助けてくれ。
「ケンディさん……盾二枚持ちの純タンク型、金髪碧眼の騎士…………」
と、推定勝率ゼロパーセントの不毛な睨めっこをテトラに挑む俺を他所に、小さな呟きを零しつつシステムウィンドウをカタカタしているカナタ君。
然して数秒後、
「ぁ、やっぱり……────先輩おめでとうございます、1117人目の未確認『同伴者』ですよ! それだけキャラが濃……独特……ユニークなヒトなら全く聞いたことないのも変だと思って調べてみたら、綺麗サッパリ情報ゼロでしたっ!」
「端から端まで、なんて?」
甚く元気一杯よくわからんことを言い出した後輩(子犬)に落ち着けとジェスチャーを送りながら、とりあえず第一にピックアップする部分は……。
「千、百……? ぇ、なに。〝千憶〟とかいう肩書きなのに千人超えてんの? いやまず普通にNPCどんだけいるんだよアホなのかアルカディアいい加減にしろ」
まあ、そこをおいて他にないだろう。
もうガチのマジで単なる異世界じゃん。最高かよ一生ついてくわ。
◇◆◇◆◇
────そんなこんなで、一日の終わりに顔を合わせたクランメンバー(オマケつき)との交流を三十分ほど面白おかしく堪能した後。
「いやーどこまで来ても驚かされることばっかだよなぁ。ありとあらゆる意味で、人生を丸ごと掛けても端から端まで遊び尽くせる気がしないわ流石だわ」
つらつら。
「情報提供したら初遭遇者として攻略サイトに名前載るってさ。いやまあ、俺はもう各方面アレでソレだから今更の話っちゃそうかもしれんけど」
つらつらつら。
「しっかし当の騎士殿が強烈キャラだからなぁ……まーた無暗にネタを自分から提供するようなもんだし、はたして素直に喜んでいいものやら」
つらつらつら、つら……────
いや、辛。
「…………………………あのぅ……」
「……………………………………………………………………」
まあ、ね。俺は先程までクランメンバーとの仲睦まじい交流をしていたわけで、その内訳は人数で表せば自身とオマケ込み不足なしの六名だったわけで。
「スゥ──────…………怒っ」
「怒ってないです」
「芸術的なまでの食い気味ごめっ、ごめんなさいヤメテ腕を絞らないで……」
ならば当然、隣には親愛なるパートナーもいたわけで。
お澄まし顔を皆に披露するまま、数日ぶりの合流と相成ってから今に至るまで隣席にて無言でピタリと俺に張り付いていた相棒様。そして、おやすみ前の喋り場が解散となって他者の目が消失した瞬間より、そんな彼女に捕縛されて早数分。
問うても別に怒っていないらしいので、俺にできることは従順に腕を差し出すままグイグイ来る体重と体温を避けず受け止め続けることのみだ。
まあ、うん。相棒の言を信じるしかない。
諸々の事情から後発することになった俺が『先に行ってて』と意思を伝えてから、約二週間。若ッッッ干ご機嫌ナナメを継続していたところへ楽しげなNPCとのタッグ進行譚を聞き、遂にトドメになったとか別にそんな事実はないのだろう。
「…………………………私だって、手伝えるものでしたら」
「…………」
ないのだろう。
「……………………相性だって。そんなの、私の方が」
「………………」
ない、のだろう。
「…………………………………………パートナー、ですし」
「……………………」
ない……────おい、どうすんだよコレ。
なんだこのハチャメチャに拗ねてる天使は可愛過ぎか。
ぽそりぽそりと、おそらくは聞かせていると思しき独り言。そんなものを向けられたとあっちゃ愚か蒙昧な俺如き諾々と首を垂れる他に選択肢はない。
いや別にソラに対して俺がそんな感じなのは今に始まったことではないがダメでしょ如何遺憾そんなんされたら事情は確かに存在したんだとか一応は互いに納得するまで『お話』したじゃんとか事実は蹴飛ばし白旗を上げるしかないんだよと。
つまるところ、現在時刻午後十時手前。
とうとう完璧に臍を曲げてしまったパートナー様に対して、彼女がおねむになるまでの制限時間を有効活用し俺にできることはただ一つ。
「…………そ、ソラさん」
「なんですか」
「お菓子食べ────ぁ、ご、ごめっ……ごめんてッ……‼︎」
迷宮攻略で消耗した心身を奮い立たせ、迫真のご機嫌取りに勤しむだけである。
慣れ切ってピタリに一切言及しない仲間たちよ。