利用規約(緩)
「それではハル様。我ら〝千憶〟の兵を求められるにあたりましては、お聞きいただかねばならない事柄が幾つかございます」
「はい」
「それゆえ今しばらく、お時間を頂戴いたします。貴女様のような御方であれば諸々の事情を既にご存知のことでしょうが、掟ゆえ何卒ご容赦くださいますれば」
「了解オーケーです隅から隅まで拝聴しましょうドンと来い」
なんか一周回って真面目丁寧というか愉快なキャラに思えてきたが、いい加減もう神かなにかみたいな扱いはムズ痒さが臨界に達しそうなのでスルーが吉。
さすればセプトラ氏は恭しく礼を一つ返した後。音もなく持ち上げたティーカップを僅かに傾け、一拍の間を置いてから再び口を開いた。
────NPCの運営する組織【民間ギルド会館】よりプレイヤーが受けることのできる〝援助〟は、ざっくり二つの内容に分けられる。
一つは意味合いが多岐に亘る『仲介』で、簡単に言えばプレイヤーかNPCかを問わず求める者を探し出す手伝いをしてくれるサービスだ。
例えば、プレイヤー同士の臨時パーティ募集に際する呼び掛けや手続き補助。
例えば、俺たちプレイヤーにとっての重要コンテンツこと『魂依器』作成に際して必須となる各種職人NPCの紹介。
そして例えば、多様な〝依頼〟の受付受注受諾および報酬付与の管理。
俺は結局一度も利用することがなかったが、依頼者を問わない……即ちプレイヤーでもNPCでも関係なく会館へ託すことのできるクエストは、クリアすることでルーナや物品報酬の他に特別な経験値なども獲得できるとのことだ。
その経験値が割かし美味いようで、基本的にチュートリアルエリアこと【試しの隔界球域】で攻略が行き詰った際はソレでレベリングをするのがベターらしい。
言わずもがな、結局一度も利用することがなかった俺はアホである。砂漠に蔓延るウツボ野郎相手にイキり散らすのは、やはり正攻法ではなかったのだ。
────さておき二つ目。こちらが今回の主題にして、俺が頼りにすべく会館の門を叩いた理由のコンテンツこと『同伴者』サービス。
これは読んで字の如く、歴戦のNPC……つまるところ目の前にいるセプトラ氏のように〝千憶〟という特殊な肩書きを持つ強者が、特殊パーティ員として同行することでプレイヤーの攻略を手伝ってくれるというものだ。
然らば自然、気になるのは彼らが具体的にどのくらい頼りになるのかということ。それについては俺も過去に『同伴者』の概要をチラ見した際、興味を強く惹かれたゆえ詳しく調べてみたことがあるのだが……──
「例えば【神楔の王剣】レベルでも倒せるってマジなんです?」
「〝楔の剣〟ですか。私には叶いませんが、相性の良い者であれば……」
────と、いった具合。同胞一纏めの謙虚か否か、明言はされなかったが少なくとも勝負にはなるという答えが返されたことになる。
ネットで散見された『俺より遥かに強くて草』的な発言たちは虚言でも話を大袈裟に盛っているわけでもなかったらしい。いやはや天晴。
それは真実、彼らの『実力』が大半のプレイヤーを上回っていることを意味している。今の質問、複数ではなく単独での話だからな。
プレイヤーとは異なり、スキルを扱えぬ身であるというのに。
ともあれ、そんな彼らを連れ歩くに際して俺たちが心に留め置くべきこと……セプトラ氏の謙虚な言葉を引用すれば『ご配慮いただきたい事柄』は三つ。
一つ、ヒトとして接すること。
中に人が入っていない事実を信じ難い存在が相手であるゆえ、言われずともってか人格審査を突破した俺たちを信じていただきたいコレはともかくとして。
二つ、NPCが発揮できる『力』は傍にいる稀人の力量に左右されるという点。
これがどういうことかといえば、彼らのステータスは一定距離内にいる稀人のレベルを下回る値に固定されてしまうということだ。
単に激つよNPCを連れ歩くことによるパワーレベリングを制限するためのご都合システムか、世界観に関係する何らかの大いなる理由によるものかは不明。
唯一わかっていることがあるとすれば……。
「ここだけの話、なんでなんです?」
「………………」
それについて問うと、彼らNPCは意味深な微笑と共に沈黙を述べるということ。
いいね、嫌いじゃないよ。俺は別にガチ考察勢でもなんでもないが、こうしたあからさまな匂わせはゾクゾクしてくるんで無限にバラ撒いていただいてヨシ。
然らば三つ目。これに関しては一つ目とは別方向で至極簡単な話……──
「成程。給料的なアレではないと」
「はい。あくまで私共が稀人様方と行動を共にしたことへ、赦しを拝する……そのために必要な〝供物〟となりますれば、どうかご納得をいただきたく」
彼らの活動が非営利目的という事実はブレることなく、俺たちプレイヤーの懐から定められた額のルーナを世界に納める必要があるということ。
なにがどう定められた話かといえば、NPCの同伴者を連れ立って得た冒険での収入から一律で半額が持っていかれるシステムが用意されているってなわけだ。
まあ、別にあれだな。なにかしら思う部分が浮かぶようなものでもない。
「そんなん全然。プレイヤー同士だって、パーティ組めば素材でもルーナでも戦利品は頭数で等分ですし……ハイ、もう、全然。問題ないです。むしろ給料なり報酬なり払わなくていいんですかねって感じなんすけども…………」
ぶっちゃけ全てを丸っと総合しても『そんだけ???』と思わざるを得ない程度の話でしかない。NPCとは斯くも無欲な者たちであるのだろうか。
「──……稀人様方は、誰しも寛大でございます。なればこそ私共も、月が許し得る限りに心を賭して、貴女様方の道行きを助けるモノでありたい」
全ての説明を聞いた上での、首肯。
即ちは納得と了承のポーズを見せたことで合意と相成ったのだろう、満足げな笑みを浮かべたセプトラ氏が深々と腰を折り再度の礼を披露してくれた。
……ので、やられっ放しで黙っていられる日本人ではない。こちらも真似っこで恭しく礼をやり返せば、同時に頭を上げた俺たちは同時に笑みを交わし合う。
なんだこれ。ま、いいか。
「ふふ……長々とお時間をいただき、ありがとうございました────それでは、改めましてご希望をお伺いしたく存じます」
然して、総計三十分強。俺としては様々な意味で興味深く楽しい時間でしかなかった『長々』の末に、セプトラ氏が問う言葉は一つ。
「どのような『同伴者』を、欲しておられますのか」
対するは、俺。
「そうっすね……────とりあえず前提は、頼り甲斐のあるナイスガイで」
返す言葉は、随分と前から用意していた。
流石に女性は諸々ダメでしょということでね。
なお現在のセプトラ氏の認識は貴女様。
迫真のキメ顔で異性(同性)を要望したハルちゃんの明日はどっちだ。