曲芸師追走中
一般的な基準と比すれば快速順調この上ないとはいえ、だ。
さても『序列持ち』というプレイヤー最高峰の冠を拝するモチベ馬鹿の歩みを、鍵樹迷宮が第六層という初心者階層で押し留めた事実には特筆すべき理由がある。
それは『記憶』の才能という反則ズブズブの完全自動マッピング機能を以ってしても攻略が容易くは成り得ない、迷宮エリアの広大さ……ではなく。
世間的には初エンカウントとなった樹木型エネミーに次いで、迷宮に頻出するアルカディアでは『稀』とされていたカテゴリの敵────それ即ち、
人型エネミーとの戦闘が、極めて厄介だからである。
「────ぅおあっぶねッ!?」
例によって転身体。
木登りに際してメイン運用するものと定めた身体は小柄なれど、アバターは体格差によって的の大小やリーチ以外に性能差が生まれたりは基本しない。
よってプレイヤー同士かつ同値のステータスであれば、華奢な俺の転身体とてゴッサンのようなムキムキの巨漢とも真っ向から殴り合うことが可能──
つまり今、咄嗟に〝攻撃〟を剣で受け止めた俺の身体がボールのように跳ね飛ばされたのは……ただ単純に〝相手〟のステータスが、真実人外であるというだけ。
それが、なにより、キツいのだ。
自分と同じ形に、自分を超越した力を秘めた存在────俺の経験で言えば【悉くを斃せし黒滲】など、そういったモノを相手にするということは、
仮にプレイヤー同士で当て嵌めるとするのであれば、それはそのもの一般人が逸般人へ挑み掛かるような話であるがゆえに。
「────ッんなろ……‼︎」
身体と共に激しく弾かれた星剣から衝撃を繰り散らし、鋒で床を引っ掻きつつ強引に制動。更に未だ乏しいステータスを振り絞り身体駆動。
目前に迫った歪曲剣の刃閃を身を捻りスレスレで躱せば、当たり判定など存在しないというに……ご苦労なこって、演出で断たれたらしい白髪が数本宙を舞った。
然らば、二本目。
まさしくヒトが如く器用な手を左右に引っ提げた〝敵〟は止まらず、いまだにソレを苦手としている俺よりも流麗な二刀流技を行使する。水平薙ぎを下へ避けた獲物へと、更に下方から最短距離で次撃が襲い掛かり────
「ぃッッッづぁ……!?」
一瞬後。ほぼ反射で腰の鞘から半身を抜いた【鉄の直剣】で斬り上げを受けた俺の身体は、またしてもボールのように吹き飛ばされた。
自然、下から上へ。つまり高々とフライハイ。
あまりの衝撃に漏れ出た声を散らすと共に、逃し切れなかった威力と衝撃によってHPも盛大に散っていった。浮遊感の中チラと確認した視界端、表示されている残り体力は……二十分に及ぶ死闘を経た今の一撃により、迫真の危険域。
ヤバいな、普通にしんどい。
なんだコレLv.6で挑むようなボスじゃねえだろ沸いてんのかと、何度となく呆れの視線を向ける先。眼下にて落下する獲物を待ち受けている強者の姿は……。
端的に言えば〝亜人〟というやつ。直立二足歩行に器用な手を備えた両碗を繰り、知性と理性を擁しながらヒトの及び付かない強靭さと獰猛さを宿す存在。
第六層ボス【竜闘士 ファムニラーラ】────種族名なのか称号名なのか〝竜〟の名を冠してはいるが、見た目的には体長二メートルを超える青鱗の蜥蜴人間。
大口から覗く鋭い牙、五指に備えた刃のような爪など、それぞれがヒトにはない鋭く凶悪な輝きを放っているが……メインウェポンを肉体ではなく『武具』としているように、思考する頭脳こそが最大の凶器だ。
なれば自然、思い出すのは我が宿敵の鎧騎士【神楔の王剣】の武威。
まあ流石にアレよりマシとはいえ、こっちのスペックが大問題。ステータス数値は貧弱かつ、下駄となるスキルも皆無な以上は……。
「さぁて、どうするかなっ……──とッ‼︎」
こちらも負けじと、思考と技術で抗う他にない。
抜剣投擲。完全に抜き放った直剣を現状まだまだ頼りない筋力が許す限りの力で投げ撃てば、下方で待ち受ける敵の反応は即座のこと。
余裕綽々、軽く振るった右剣にて悠々と払い除けてみせる────
「〝想起〟」
『────』
その瞬間、狙い済ました送還により闘士の歪曲剣が空を切った。
ってことで第二投。送還からの即召喚、手元へ舞い戻った【鉄の直剣】を空転しつつ投じて見せれば、回る視界の端で目を眇めた爬虫類の顔が映る。
ヒトに迫るものか、はたまた上回るものか。
どこまでの賢さが人間よりデカい頭に詰まっているのかなど知る由もないが、知性を有しているのであればそりゃ驚きもするだろう。
そして驚き驚嘆しビックリすれば、どんな生物とて隙を生む。
『ッ──、────!』
はたしてそれは、怒りの声なのか何なのか。
苛立つような声音に聞こえなくもない呟きを零しながら、僅かに流麗さを欠いた咄嗟のモーションで左剣を振るったボスの直上より────
「おッらァ!!!」
降り落つは第三射……即ち、主武装を振り被った落下物の全身。重ね重ね、ステータスもスキルも乏しく普段と比較にならない貧弱な身ではあるが……。
だからといって全く通用しない相手が設置されているとあらば、そんなもの単なる攻略不能の無理ゲーだ。つまるところ、全力の一撃が直撃すればこの通り。
『ガッ────……』
如何な屈強を誇る亜人だろうと、悲鳴を上げて首を垂れる。
狙い違わず眉間へのクリーンヒット。牽制の連投を捌いた左右の得物は次弾迎撃へ間に合わず、守りを抜けた【真白の星剣】が散らすは鮮やかな赤。
そして、
「よう────楽しかったぜファム公ッ!」
死闘を経て俺のHPが真っ赤に染まっているのと同じく、三段あったファムニラーラのHPバーとて残すところ一本を真っ赤に染め上げていた。
然らばクリティカルポイントへの痛打が決まり、残存生命が尽きる寸前まで急減したのも道理。けれども何かしら能力による必然か単なる偶然か、ミリで踏ん張ったガッツは称賛ものだが土壇場で巻き返されるような間抜けはノーセンキュー。
宙に遊ぶ双剣に代わり、空を裂き飛来するのは第三の武器こと〝尾〟の旋鞭。しかしながら、敵の身体を先に打ち抜いたのは────
奴の尾ではなく、剣撃一閃に連なる俺の蹴脚。
旋転に次ぐ旋転の勢いそのまま敵の側頭部を捉えた踵がゲームらしい爽快な撃音を生み、極僅かな線を残していた竜闘士のHPバーを丸ごと吹き飛ばす。
であれば一拍の後、訪れるのは既定の報せ。つまるところの……。
◇【竜闘士 ファムニラーラ】を討伐しました◇
◇第六層の攻略を確認しました◇
レベルアップの金光と、無機質なシステムメッセージ。
「スゥ──────────ハァ────────……」
ラストアタックからの着地を決めつつ、大広間の只中にて天井を見上げ勝利の余韻を享受する最中。単身にて強敵を打倒した俺が胸中にて抱く思いは一つ。
「仲間との共闘って、偉大なんだな……」
今更ながらに改めて思う、ソロの孤独と辛さ────ならばと自然、半月遅れで攻略に乗り出したがゆえ悉くの仲間に置いていかれた俺の思考が傾いたのは、
「うーん………………いい機会、か?」
遍くプレイヤーに開放されている、とある〝コンテンツ〟の存在であった。
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◇Status / Trance / Restarted◇
Title:曲芸師
Name:Haru
Lv:2⇒7
STR(筋力):10⇒30
AGI(敏捷):10⇒30
DEX(器用):0⇒10
VIT(頑強):0
MID(精神):0
LUC(幸運):0
◇Skill◇
・全能ノ叶腕
・Active
──None Skill──
・Passive
《極致の奇術師》
《リジェクト・センテンス》
◇Arts◇
【結式一刀流】
──────……
────……
──……
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それはともかく、
近くコレと相対する六層ソロ攻略中と思しき修羅勢ニキの明日はどっちだ。