あっちとこっちのサポーター
日曜が過ぎれば月曜が顔を出すのが無常なる世の常ってなわけで、平日が始まったとあれば学業に打ち込まねばならないのが学生の務めである。
然らば、非現実から仮想世界への梯子を決めつつ満を持して新たな特大コンテンツの攻略を開始した翌日。新発売のゲームを遊び始めたばかりの子供の如き心境で大学の講義に臨んだ果て────
「「「「────地に足が付いてる……」」」」
「そんな稀な台詞を完璧にハモることある???」
午後までの勉学フルコースを打倒した俺は『はよ帰らせろ』と逸る心を宥めながら、直帰の誘惑を振り切って友人宅へお邪魔していた。
即ち、我が親友にしてフォロワーにしてサポーター兼マネージャーこと四條ご令嬢の棲まう邸宅。その『作業部屋』にて、気付けば自然な流れで椅子へ押し込められた挙句に友人たちに包囲され、早々の離脱は叶わぬであろう状態だ。
楓を始め翔子、俊樹、美稀の四人と揃って目を向けているのは一枚のPCディスプレイ。映し出されているのは……まあ、他でもない俺の姿。
別に容量的な限界値や要求されるリソースがあるわけでもなし、とりあえず思考停止で撮っとけとばかり録画しておいた昨夜の鍵樹攻略映像。
一々カットを挟むのも面倒に思い、道中からボス戦までを一切合切ぶっ続けで適当に収めただけのデータ(再生時間五時間強)である。
と、つまり先程の見事なユニゾンは……。
「すっげ、ハルちゃんが普通に戦ってるよ……」
「逆に激レア映像だなコレ……」
「それでも冷静に見るとLv.1には思えない辺りが、実に曲芸師」
「服、可愛い……」
普段の暴れっぷりと比べれば退屈までありそうな、俺(Lv.1)の戦闘風景を見ての感想ということで────いや、うん。そうだな。
二重の意味で地に足が付いているのは、まさしくってやつだ。
「んで、ノゾミン五時間ちょいで何層まで行ったの?」
「六層。もっと行けるかと思ったんだけど、流石に自惚れだったな」
「…………希君。私が知る限り、基本的に第一層攻略は半日掛かりが普通のはず」
「ぁ、ほーん……──あれか、自惚れてて問題ナシだったと。成程やったぜ」
「ちなみに美稀、それソロ攻略での話?」
「勿論パーティ攻略での話」
「お前いい加減にしとけ?」
「あ、はは……」
まあ俺の鍵樹迷宮攻略は戦闘での立ち回りどうこうというより、単に『記憶』の才能が迷宮踏破において役立ち過ぎるってな部分が九割五分だろう。
【剣聖】様のスパルタにより培ったスタミナも相まって、迷うことも疲れることもなくズンズカ行進していれば逸般ペースも至極当然のことだ。
────とまあ、そんなところで。
「とにかく、こんな感じでザックリ録画して持ってくるから。よろしくな」
「あいあーい」
「へいへーい」
データは託したぞってなわけで、ささっと相棒に追い付きたい俺は帰って攻略続行の構え。然して、適当な返事をする幼馴染ペアを含め俺を止める者はなく。
「……道中はダイジェスト、ボス戦はノーカット。これから各層ボス攻略をアップしていくなら、個々の編集濃度は…………くどくならないよう、アッサリめ?」
「任せるよ編集ディレクター殿」
いつも頼もしい美稀さんへ、いつもと変わらず信頼のまま首肯を返し、
「頑張って、ね……!」
「おう。バリバリ頑張ってきますとも!」
今日も今日とて健気なエールをくれる楓に手を振りつつ、
俺は俺で、己が舞台へと足を向けた。
◇◆◇◆◇
────んで、早速の攻略再開とはいかず。
「いよっ! 元気してるか引き籠もり!」
「うるっさいなぁ……! あたしが引き籠もりなのは元々でしょうがっ!」
帰宅からのドライブ・オン。からの、昨夜ログアウトした鍵樹街より遠路はるばる五百キロの超長距離とんぼ返り。顔を出したのは他でもない、
「まったく、ほんとキミは……軽率に往復する距離じゃないでしょに」
「ゆうて片道三十分も掛からんしなぁ」
「あーはいはいソウデスネー……」
引き籠もり、もとい専属細工師殿の工房。然らば普段通り連絡も入れず扉を叩いた俺を、いつものテーブルチェアに座すまま迎え入れたニアの顔は……。
「昨日の夜、行ってきたんでしょ? 鍵樹。どだった?」
「いろいろあるけど、総括やっぱアルカディアってアホなんだなと」
「あっはっは。そうだねぇ、キミみたいなのが許容されてるとことか特にね」
今に至り、落ち着いた様子。
現在も電子の海にて引っ切り無しの注目爆盛で話題にされ続けてはいるものの、ここ数日でようやく心の余裕を取り戻しつつある感じ。
即ち────必要なことであるとはいえ、彼女を公の場に引っ張り出した者として……同じく俺も安堵できたのが、ここ数日の話であるということ。
完全なコンディションで臨みたいというのが勿論メインの理由ではあったが、こっちも俺が半月に亘り大人しくしていた理由である。
……ほら、アレだよ。
攻略中、なっちゃん先輩に『善処する』と言ってしまったわけなので。暇を口実に毎日毎日、現実でも仮想でも構う時間を取っていたのだ。
で、その成果がコレ。
「ニアも向こう行くか? ドン引きレベルの超絶お祭り騒ぎで見物だぞ」
「遠慮しときまーす。ソラちゃんと姫のお土産話で十分でーす」
「っは、さいですかい」
冗談がポンポン口から出てくるくらい元気になったと思えば、半月前の『緑繋』攻略戦より今に至るまで懸命に甘やかした甲斐が……──
「………………んっ」
………………労いと感謝を以って、甘やかしてきた、甲斐が……。
「んっ」
…………………………そう、だな。
まあ、少々、甘やかしが過ぎたようで。
「ん゛っ……!」
「いや『ん゛っ……!』じゃないんだよ……! ふれあい強化月間とっくに終わってんだっつのヤメロさも当たり前のように腕を広げて催促するんじゃないッ!」
それについては冗談や演技ナシ。世間から照射される極大注目光線によって瀕死の重傷を負ったニアを励ますため、そりゃもうアレコレを許容した。
グデーっと力なく凭れかかってくれば、避けることなく受け止めていた。
頭をグシグシ擦りつけてくるとあらば、躊躇しつつも撫でてやった。
こちらの身体を捕縛するまま切なそうな鳴き声を上げるに至れば、罪の意識や葛藤に苛まれながら触れるか触れないかの力加減で……その、
抱き返したりとかも、したり、しなかったり────
ともあれ、そうして出来上がった極限モンスターがコレである。
「ん゛~~~~~~ッッッ……!!!」
「三歳児か貴様……!」
遂には、向こうから来ることもなく俺を呼ぶだけ。
自主的な甘やかしという期間限定メニューの味を占めた藍色娘は、自ら散々に擦っていた姉属性を蹴飛ばしソラをも超越する〝だだ甘えん坊〟に堕落中。
さすれば、それに際して発生している大問題が何かといえば────
「…………………………………………………………ご、五秒。だぞ……」
と、このように。
なんやかんや俺も癖が付いてしまい、スキンシップ強化月間を超過してなおニアの我儘を突っ撥ねられなくなっているという地獄めいた状況。
更にその事実がソラとアーシェにバッチリしっかりバレているという地獄連鎖も相まって、間もなく俺に天の裁きが下るのではと思しき今日この頃。
「────んふぅ~……!」
「はい。ハイ、五秒経った。終わり、終わりです放っ……放せ、このっ……‼︎」
心を鬼にしてメッセージで済ませとくべきだったと後悔しつつ……しかし結局、明日も明後日も足を向けてしまうんだろうなと諦めつつ、
「《フラッシュ・トラベラー》!!!」
「んぁっ!? ちょ、待……ッ!!!」
不満特盛の声音を背に、俺は颯爽とアトリエから脱走した。
もう七十六割くらい落とされてるだろコレ。