キミ想ウ故ニ我ハ在リ────────
【宵赤月】────かの【剣聖】が己の権能を用いて造り上げた緋の刀。その身の由来は尋常の鋼どころか、そもそも鉱物ですらありはしない。
ふらりふらり、あてどない旅を歩んだ迷子が何処かで見つけた不思議なモノ。
凝固点と発火点が同一の燃ゆる氷。常識を蹴飛ばし理屈を指差して笑う幻想の姿、熱く一途に己が形を貫くソレを見て、人知れず零れた笑みが一つ。
面影が重なり胸中に顔が浮かんだ『生徒』へ、いつか贈ることができたならばと……悩むこともなく容を与えられた〝刀〟は、短くも長い時を経て。
「《宵ノ夢霜》」
持つべき者の手中より、秘めた焔を解き放つ。
緋刀【宵赤月】が権能『緋焔零度』────その効果は至って単純にして明快、同時行使された氷属性に火属性の特質を付加するというモノ。
火の特質。それ即ち、非固体非固定質量の流動性および『燃える』という事象。
つまり【宵赤月】との双演によって性質を変じた『魔籠器』こと【蒼刀・白霜】の生み出す氷は、主の魔力が尽きぬ限り絶えず延焼し続ける。
塔が開かれ標的が定められた瞬間、凍え燃え盛る氷焔が悉く円周へ手を伸ばす。
焔でありながら絶対零度。なればこそ無数に宙を舞う氷華の魔剣を燃やし溶かすことなく……その身に呑み込むまま延々と、どこまでも。
吹雪に巻かれて動きを鈍くしていた百鬼共も、また然り。氷焔は勢い衰えさせることなく、百を超え二百を超え三百に届き始めている化物の群れを呑み込んだ。
重ねて、焔でありながら絶対零度。然らば其れは〝氷〟である。
ならば、たとえ固体の形を失おうと、流動する姿に変じようとも────
『『『『『──────────────』』』』』
その内に囚われた存在が、身を動かせる道理は無い。
……そうして、現れては焔の渦中にて氷像と成っていく百鬼夜行の中心点。
「…………さて、あとは立ちっぱなしか。性に合わないな」
長い金髪を揺らす祈祷装束の転身体が、ぼやくような呟きを零していた。
◇◆◇◆◇
「うっへぇ、コンボえぐ……」
と、ドン引きの声音を漏らしたのは例によって子猫。
「ステ減衰からの行動阻害から更に行動不能の重ね掛け……鬼やな」
と、呆れたような声を重ねたのは虎。
「遂に全員が広域殲滅技持ちかよ東陣営十席……俺も新技考えっかなぁ…………」
と、切なそうに呟くのが……あー、雲。
「囲炉裏先輩のは、殲滅技じゃないけどね」
「氷オンリーのツゲノなんたらも同じく、アレ本来は対大物相手の拘束技って話だからな。流石にプレイヤーなら普通に即死モノだけども」
でもって、戦線の二人へ当然の如く影を遣わしているテトラのツッコミと俺の補足が加わり締め。……とまあ、俺たち含め誰も彼も落ち着いて言葉を交わせているのは、ひとえに作戦が順調を大驀進しているからだ。
ソラの氷剣結界&囲炉裏の氷焔結界による二重封牢。
ボスの転送位置を巻き込んだ氷結地獄が形成されたことにより、テトラからの魔力供給も併せ出現する傍から生かさず殺さずの即拘束ループが完全成立。
氷剣も氷焔も意に介さず動き回れる霊狼の監視もあって、万が一に拘束を逃れる耐性持ちが生じたとしても即対処の構えまで万全である。
となれば、あとはもう────
「座して天命を待つだけ、だねぇ」
「そうだな。………………ルクス」
「んぇ、なに?」
「あんま賢そうなこと言わないでくれ。脳がバグる」
「っはぁー! 失礼失礼ちょー失礼だよハー君ボクをなんだと思っとるのか‼︎」
どこぞの旅人が賢しらに呟いた通り。
軽々と人の域を超えている剣冠二人の名を含め、天上の意思に任せるのみだ。
◇◆◇◆◇
氷界が燃ゆる、黒塊が蠢く、二分する戦局は同空間にて一繋ぎ。
斯くして秒針は揺り動き、剣二振りが奏でる響音を幾百と重ねた果て。五分、十分と、意図した停滞で満たされた戦場が時を進めた果てに。
「────時間ね」
刃にて終わりなく黒を散らすまま、一秒の狂いもなく定刻を数えた『姫』が呟いた瞬間のこと。背後で〝力〟の奔流が撚り合わさり屹立した。
荒ぶ吹雪。燃える氷焔。奔る烈風。他、無数に放たれる魔の号砲────それら全てを喰い漁り、爆轟を上げて狂い咲くは黒炎の巨竜。
満身創痍な子猫の死力。高らかに昇った闇の焔が顎を向けるは……氷獄に囚われるまま、その数おおよそ七百を超え『規定』に至った化物の群れ。
然らば、無法に無法を重ねた上で更なる無法が注ぎ込まれ、
『『『『『────────────────』』』』』
背中に届くは、撚り重なった静謐な死の叫び。
そして、それと同時。
「────十四秒だッ‼︎ 頼んだぞ二大巨塔ッ!!!」
響き渡るは、職人頭が鬨の声。
「うい」
「心得ております」
魔力揚々にて最終工程が開始。ならば奔るは、剣と刀。
一息に散った甚大な命が転化され、目前に在る黒塊の化生もまた甚大な成長を遂げる────しかし、するべきことは何一つとして変わらない。
「《ひとりのための勇者》……!」
なにもさせぬまま、レイドクリアへと押し通る。
貯めに貯めた全力全開。冠を戴き衣を青に染めると共に一歩、
肉薄すると同時に────
「《鮮烈の赤》ッ‼︎」
赤へ変遷、からの全霊一閃。
直撃……──しかし重い。
刹那にて比喩なく倍へと体積を増やした黒塊に並べば、最早『剣』は針が如き矮小さ。揺るがす程度が精々で、とても一人では運べそうにない。
「────二の太刀」
けれども、隣に友がいる。
「《打鉄》ッ……‼︎」
ならば真実、この身は無敵なりて。
剣が揺るがし、刀が攫う。二段連なった撃が巨躯を浮かし、あまりの質量に宙を舞うだけで空間を揺るがす怪物を飛ばす。
そして、
「────『猛る天孤の竜が鳴く』!」
歩みを止めず、剣を駆る女王が唄を詠む。
「『畏怖の具現、不敗の象徴、触れた者は未だなし』」
並ぶ者と閃を連ねながら、
「『共鳴り木霊せし雲の海果て、仰ぐ闇紅に吐息が一つ』」
不得手な並行詠唱。この期に及んで無茶を迷わず行使する己と、
「『唸りて十、吼えて百、撚り重ねては千の轟乱』────」
叶い続ける夢の舞台に、滲む笑みを隠せぬままに。
「────『何者も触れるべからずと、神さえ見下ろす竜が啼く』」
斯くして、叫ぶは、
「『光り瞬く子らよ集え、我が名は雷帝』ッ……!」
行動並行無意識口語詠唱に重ねた、心身同時二重詠唱。
雷属性最高位殲滅魔法に続く、雷撃極限収束魔法。最大規模の大魔法が放たれた後コンマ一秒未満の刹那、連なり追いかけた最小規模の大魔法が……終わりなき万雷を、顕現する傍から一つ残らず束ねていく。
それは何処へ、他ならぬ『剣』へ。
「《迅疾の青》」
再びの青衣。地を揺るがす巨躯落下の大震動を意に介さず、悲鳴代わりに撒き散らされた夥しい数の〝欠片〟の迎撃一切を【剣聖】に託すまま。
一歩、駆けた【剣ノ女王】が携えるのは、世界でさえ目を焼かれるであろう金光を燦然と宿した────そのもの、世界の名を冠する『剣』が一振り。
突きの構え。躊躇いはなく、
「《万雷ノ弌条》」
迸るは、万の雷を束ねた鋒撃。轟く閃光は、標的を貫き遥か彼方へ。
情け容赦なしのド真ん中。唯一の特徴たる胴の巨大単眼を丸ごと消し飛ばされ、黒塊が激しく身震いしながら絶叫を上げる────その、数秒前。
「「ッ────!」」
化生の眼前、交錯するは剣と刀。
技の反動を以って転じた勢いそのまま、追走する友を信ずる女王の剣が一切の迷いなく振り抜かれ……──文字通り、剣と刀が真正面から激突した。
本人たち以外には乱心と取られて仕方ない挙動。しかしながら、
「……ッ結式、一刀」
最強の剣を受けた太刀も、太刀を捌く至高の身も当然の健在。来た道を辿るように激しく吹き飛ばされながら、豪速回転する小さな身体が声を生む。
「終の太刀────」
然して、ピタリと止まれば歪む空間。
蓄えられた尋常ならざる〝力〟は、主の手中にて……。
「────《裏式・唯風》ッ……!」
産声を上げ、世界を奔る。
ならば次の瞬間、化生に『悲鳴』を上げる暇など与えられず。駆け抜けた一刀は女王の開けた風穴を基点に巨躯を上下に両断して……まだ、目前。
「『剣ノ王の名を以って────」
姫の手中に、剣は在り。
「────今ここに、神威を示す』」
斯くして、十四秒。
相対する〝敵〟に、宣言通り何もさせず。
「世界を、紡ぐ────【故月を懐く理想郷】ッ……‼︎」
剣の二冠は、世界を魅せた。
夜にもう一本予定。