キミ想ウ故ニ我ハ在リ、我ネガウ故ニ世界ハ続ク 其ノ玖
「────やぁっふー! ハー君どうよ元気してるーっ?」
「見ての通りです」
「ほんま自分は暴れとるか倒れとるかの二択やな曲芸師」
「なんだトラッキーやんのかコラ」
「やれないでしょ。指一本すら動かせないじゃん先輩」
「今の俺にはセルフ操り人形の術という緊急手段があってだな」
「やめときなさい。集中力ゼロで無茶やったらセルフ五体爆散するのがオチよ」
「怖いこと言わないでくれます? ────あ、やめ、やめてっ、巻かないで縛らないで嘘うそ冗談しないからやらないからできないからっ……!」
「………………」
「……えー、と。なにか?」
「っ、う、うっせぇ。その顔で見んな、あんま、こっちッ……!」
「えぇ……」
最早なるようになるまま歩みを止めぬ状況の推移に、動じぬ者どもは序列持ち。
アーシェ立案の〝作戦〟……まあ一応は〝作戦〟と称して差し支えないプラン決行の引き金を、当の本人が真っ先に戦線へ上がることで引き絞った直後のこと。
「なに。なんなの。なにゆえ集われたのよ……」
相も変わらず『衆目の中で膝枕』という羞恥刑に処されている俺の元へ、ぞろぞろ集まってきたかと思えば口々に弄りを一斉掃射。
ノリで流されてきたと思しき【雲隠】殿も含め、死に体の脱落者に構ってないで各人それぞれ備えたり構えたりくらいはしておきなさいよってな具合だ。
そしてそれは、輪にあって唯一の非序列持ちである一人も同じこと。
唯一動かせる視線をツイっと上にずらせば、己が膝に乗せた俺の頭を見下ろしているのはパッチリ元気なヘーゼルアイズ。即ち……。
「……カナタも、俺は転がしといてくれて構わんぞ?」
後輩二号。然して返答は即座にて。
「それはちょっと」
「…………そ、そう、か。『それはちょっと』か」
ほんとなんなの。大人気か俺。
一応ってか正真正銘、暢気空間を形成してる場合じゃないはずなのだが……。
「まままハー君そう心配しなさんなって」
と、俺が動けないのをいいことに他人の頬を好き放題つつき回しているルクスが気楽に笑う────他ならぬ右手の人差し指、冠の指輪をチラつかせながら。
「だーいじょぶだいじょぶ! ボクが言うんだから、大丈夫ってことだよねっ!」
「そうすか。ちなみに、なにがどう大丈夫なのかは」
「それは全くわかんないけどもっ!!!」
「ほんとコイツ……」
アーシェの作戦が走り始めた今もなお、自分の眼に〝道〟は映っている。
そんな【旅人】の言葉には確かに無数の実績で裏打ちされた確度が宿っているものの、しかし彼女の権能《宝物へと至る者》は万能の未来予知機ではない。
なにがどう転がるか予測できない以上、緊張は抱いて然るべきだろう。
たとえそれが────
「……ま、気持ちはわかるけどね。これでもしダメなら仕方ないって、どっしり構えとくしかないでしょ。ウチらは十分よくやったわよ」
と、文字通り今レイドを一から十まで共にした、なっちゃん先輩が言う通り。今に至って抱こうがなにしようが仕方ないモノであったとしても。
少なくとも、俺だけは。
「────……い」
「い?」
「い…………胃が、痛い」
「なに目線なのよ。保護者か」
〝作戦〟────名付けるとすれば『なにが起こるか予測不能なら潔く捨て身ゴリ押しでゴールテープに雪崩れ込もう作戦』の第一段階。
その中核を、他ならぬ己の相棒が担うともなれば、俺だけは。
「頑張れよソラ……ッッッ!!!!!」
「……信頼してんだか、なんなんだか」
「なんやねんコイツ」
「ちょっとキモイよ先輩」
「どったのリッ君。具合悪い?」
「激しい青春に当てられて心臓の臓抜き部分がキツいっすね……」
「あ、はは……」
もしもの状況が訪れた場合の最終防衛ライン、もとい最後の悪足掻き役。
ゴールテープへ突っ込む手筈の西陣営職人十席の護衛に残った、特記戦力複数を含むレイドほぼ総員が形作る円形陣の只中から。
祈るように送った俺の視線を、感じ取っているか否か。
戦線の片割れ。氷焔を吹き荒らし【無双】が乱舞する戦場の端、幾千幾万の霊狼を従え幾百の獲物を俯瞰する【群狼】の傍らへ立った小さな背中に────
天秤が傾き、光が宿る。
◇◆◇◆◇
「あんまり緊張せんでええよ。後ろには頼もしい味方が百人もおるからね」
「は、はいっ……!」
励ましの言葉を受け取りつつ《天秤の詠歌》起動。先んじて、いつものように、また途方もない活躍を重ねた果てに、倒れて伏した相棒から〝力〟を借りる。
三十レベル分のステータス移譲。迷いなくMIDへ振られた数字が積み上がれば……まるで少女の緊張を表すように、普段に増して荒々しい魔力風を生む。
「……、…………っ」
覚悟はある。心の準備も今更だ。けれども、息が乱れてしまうのは避けられず。
大任を前にして鼓動を早める少女を笑える者などいないと示すように、傍らの頼もしい味方は穏やかに。ただただ、気安い声音で。
「緊張するなってのが無理やってんなら、思っきり緊張するまま滅茶苦茶やったったらええよ。キミのソレなら勝手に大戦果んなるやろ、やったれやったれ」
初々しい後輩を愛でるように、隣に並びつつも背中を見せるように。
「ほら、俺も一生懸命フォローするし。────あ、でも流石にキミのパートナー君ほど滅茶苦茶むちゃくちゃハチャメチャな活躍は期待せんといてな?」
好き放題に喋るまま、無責任に責任を預かるように。
戦場であることを忘れさせるような暢気な声音を、つらつらと投げられて。
「…………っすぅ────────────っ、けほ、けほっ……!」
「お、お、どないした大丈夫か大丈夫か!?」
大きく深呼吸をして……盛大に咽たソラは、豪快に魔力の圧を吹き散らした果てに────ほんの小さな笑みを、自嘲でもなんでも浮かべるに至り。
「……はぁ──────────────っ……ッ頑張り、ます…………‼︎」
紡いだのは、控え目に言って無理矢理やけっぱちの声。ならば覚悟の声を聞き届けた北陣営序列二位は、切れ長の黄瞳をより一層に細めて────
「うん。ほな、頑張り」
相も変わらず気安く気楽に、楽しげな声で号を送った。
「《氷剣の円環》」
斯くして答えるは、緊張とプレッシャーを満載して裏返りかけた可憐な声音。
「範囲指定……──制限、解除……────《陣地構築》……!」
斯くして、頼もしい仲間たちが見守る先。叫ぶ少女が世界に顕すは、
「ッ、いきます……! ────《夜々に凍え睡る萌霜の抱擁》!!!」
無数に侍る魔剣が描く、紛れもなく他でもない、彼女だけの世界が一つ。
Naming by clown.
douda ora kakko ii tte ie.