キミ想ウ故ニ我ハ在リ、我ネガウ故ニ世界ハ続ク 其ノ捌
「……そう、わかった」
斯くして、全員集合から約三十秒。待ってましたとばかり俺が矢継ぎ早にアレやコレやを捲し立てれば、首肯を一つだけ返した姫様は当然のように爆速理解。
とりあえず所感やら何やら細かい情報を省いて滅茶苦茶端的な説明に留めたのだが、しかし説明を求めたアーシェは『それで十二分』と示すが如く。
「────エンラ」
「はいよ姫さん」
「職人側の確定情報が欲しい。魔力プール臨界までの残量と詳細な作業進捗、最終段階実行に際して要する時間と……他、なにか所感があれば些細なことでも」
「……よし。わかった、ちょい待ち」
理解で足を止めることなく、当然のように先への歩みを並行させる。
おそらく頭の中では常人はおろか、そんじょそこらの超人でさえ及びもつかぬ速度で思考が豪速回転しているのだろう。常と変わらぬ静かで平坦な表情と声音のまま────だからこそ、こういう場面の彼女は言い表せぬ凄味を纏う。
然らば周囲に侍る百名余りは自然、迫真の無言無音。
あっちとこっちで至高と無敵&無法が相も変わらず大暴れしている異常状況ではあるが……かの【剣ノ女王】が冷静な顔で作戦立てに臨むとあらばソレが最適解なのだろうと、笑えるまでに全幅の信頼がレイドには満ちていた。
おそらくは、タイミングを合わせてのレイド総員一斉転移もアーシェの指揮。
【剣聖】を始め特記戦力を先行派遣することで最先行した俺たちの援護を図ると共に、推測し得る『万が一』を考慮して以降の戦力逐次投入を避けたのだろう。
広大なフィールドで遥か彼方に散っていようとも、満足に連携が取れない制限下にあろうとも。やはり、本人の本意不本意によらず〝王〟の名が相応しい者。
「……だな。よし、そしたら────待たせた姫さん。大体は纏まった……が、悪いけど『確定』じゃなくて『ほぼ確定』止まりだ。考慮してくれ」
「わかった。お願い」
俺たちは正しく、まさしく、堂々たる女王が統べる群団なのだ。
「…………かっこいい、ですね」
「いつもいつも、ほんとにな……」
ぽそりと降ってきた相棒の呟きに、俺も同意を返すのみ。頭のできとか、人望とか……こういう時ばかりは、やはり住む世界が違うと笑えてしまう。
と、身体は残れど事実上のリタイアと相成った俺の暢気な胸中を他所に。
「まずコイツ────『緑繋』が求めてる魔力に関しては、残り五割ってとこだ。ボスエネミーの数で換算するんであれば……わりと個体差が激しいからザックリになるが、五百から七百ってところか? そんだけ倒せば大体は足りるはず」
「ん」
「んで作業進捗。俺らの〝準備〟に関しちゃ、始めようと思えばいつでも始められるぜ。十席勢揃いとあっちゃ流石に解析なんざ瞬よ瞬。なぁ親友?」
「さわんなボケナス」
着々と進む会話。そして頭ポンからの平手打ち。
大層に仲が良い様子の【赫腕】&【灼腕】による茶番お戯れが挟まれつつ、
「で、今は最後の〝スイッチ〟起動に掛かるだろう時間を短縮するべく勉強してるとこ。現状だと……まぁ、そうだな」
状況に似合わないギャグのような掌型ダメージエフェクトを頬から散らしながら、なにごともなかったかのように職人を代表して語る主席殿が回答を紡ぐ。
「────おっぱじめたら、片が付くまで三十秒ってとこか。他は特に語るべきことナシ。そっちからなにかあれば、また遠慮なく声掛けてくれ」
「ん。……ん、そう。わかった」
まじまじと見れば壮観の並び。西陣営の現トップ10が繋ぐ円環より、欲した情報を受け取ったアーシェは……五秒、十秒と目を瞑り。
「────……決めた」
たったそれだけ、僅かな時間を以って躊躇いもなく『解』を選び取る。
「作戦を話す、聞いて」
斯くして、約三十秒。
俺のソレとは真実〝格〟の違う言葉選び要点要約および演説力を以ってして、端的かつ明快に告げられたレイドマスターのお言葉に……。
「異論があれば、誰でも遠慮なく言ってほしい」
はたして、異を唱える者など在るはずもなかった。
◇◆◇◆◇
「────うい」
「っ……!」
踏み込み届けるは一閃、隣に並び伝えるは一声。
正体不明の気色悪い怪物に内心では微かに慄きながら、しかし誰にも内緒の格好付けを身に纏い戦いへ挑むのは慣れたこと。
然らば、言い表し難い奇妙な手応えはともかく『剣』は確かに威を通す。加減なしに放った一振りは【剣聖】の……友のソレと重なりて。
「ふふ。作戦会議は、もうよろしいのですか?」
「大丈夫。一人で任せて、ごめん」
剣刀併さり、異形の黒塊を吹き飛ばす。そうして撒き散らされる衝撃、轟風、一拍遅れて響き渡る巨体落下の大激震を他所に……──
「…………今度は、なに? 〝刀〟も〝髪〟も、見たことないのだけれど」
「そうでしょうとも。弟子にも内緒の〝とっておき〟でしたからね」
少女のような女性と、女王の名を冠するお姫様が二人。並び立って穏々と交わすは、余裕綽々ここに極まれりといった緊張の欠片もない声音同士。
そして、並行。
「ずっと、これ?」
「そうですね。数と質量の圧は結構なことですが、それだけです」
ぶくぶくと膨れ上がるまま、既に体高三十メートルを優に超えているだろう巨躯より定期的に撒き散らされる真黒の〝欠片〟……【曲芸師】曰く『見覚えのある奴ばかり』だという、千差万別異形の形成り。
推定、今レイド中に討伐されたボスエネミーが成れ果てた影、あるいは単なる模倣体。それらを適当かつ片手間に一匹残らず殲滅しながら。
「……なにも伝わってこない」
「はい。魂なき死者の塊……といったところでしょうか」
本体の不気味な姿容を除けば、怖ろしさも意思も感じ取れない物の怪を見やり、剣の名を冠す至高と最強の静かな会話は途切れない。
途切れないが、その代わり。
「で、それはずっと続けられるのかしら」
「勿論です────なんて、余裕を見せたいところですが……」
かの【剣ノ女王】の感情を揺さぶった〝刀〟と〝髪〟が、音もなく解けて輝きを散らす。無法も無法こと天下無法の終、常軌を逸した力の限界時間。
「〝【剣聖】Ver.2〟は残念ながらここまで、ですね」
然らば、彼女は「まだまだ未熟です」と照れたような笑みを零しながら、
「作戦には、不足でしょうか?」
「冗談キツい。…………あなた、冗談、言えるのね」
「あら。アーちゃんは私のことをなんだと思っているのでしょう」
「ハルのお師匠様」
「……いろいろな意味が含まれていそうですね?」
また連ねる言葉を以って、珍しく明確な苦笑いをアイリスから引き出した。
────そして、なおも声音と共に二人が放つは無数の閃。
単身にて及ぶ者なし。ゆえに並び歩めば阻むモノなど存在しないであろう【剣ノ女王】と【剣聖】が、それぞれ剣と刀を手に〝敵〟を見た。
触れるどころか寄ることさえ叶わず、斬り落とされては砕け散る黒雨の中。
「作戦は簡単。手伝って」
「勿論です。この身に在る力の限り」
青銀と灰が一歩を重ね、いざ終わりの始まりが幕を開ける。
真面目にどんなバケモノを用意すればコレに抗えるんですかねぇ???