キミ想ウ故ニ我ハ在リ、我ネガウ故ニ世界ハ続ク 其ノ漆
────さて。片や【剣聖】、片や【無双】&【群狼】という豪勢の極みと称して差し支えない面子によって、戦線が一時固定化された十数秒後。
「────ハルっ!」
相も変わらず……というか今日はもう終わりまで再起動は見込めないだろうと諦め、動かぬ身体を地に投げ出している俺の元へ去来するは天使の声音。
悲しいかな誰も手を出し整えようとはしてくれぬまま。先輩殿の一本釣りから水揚げスタイルで放置されていた身へ、差し伸べられるは天使の腕。
「だ、大丈夫ですかっ……?」
然して華奢な腕とてLv.100ゆえ基礎からして超人スペック。
小柄な少女(男)程度を抱き起す程度のこと訳はなく、ガバッと身体を持ち上げられ視界が回れば……目に映るのは、正真正銘の天使こと我が相棒のご尊顔。
ならば俺が口にすべき言葉は、ただ一つ。
「余裕」
「どの口が言ってんだか」
サムズアップを添えられないのが残念だが、お師匠様へ宛てたモノに引き続いて男の意地Part.2。すぐ隣からノータイムで子猫のツッコミが飛んできたが、他ならぬ俺のパートナー様はそんじょそこらの天使ではないゆえに……。
「────……また、使いましたね?」
俺の軽口など誰よりも慣れ切っているがため、サラリと受け流し心配と気遣いを継続してくれるだろうというのは俺の願望にして妄想にして幻想だったらしい。
どういうことかといえば、心配無用とばかり冗談を投げた瞬間のこと。途端にスッと細まった琥珀色が責めるような視線を俺の眼球にぶっ刺してきたという話。
重ねて、そもそも一体なんの話かといえば────
「いや、あの、緊急対応といいますか……」
先に俺が躊躇なく切ってみせた、鬼札こと〝赤〟の権能についての話だ。
スキルを逸した固有能力。必要とあらば頼るものの、俺がアレを常用せず真に追い詰められた時にしか行使していないのには理由がある。
それは『超疲れる』とか『思考が増えるとかナニソレ怖い』とか個人的なモノ以外に、ソラさんが嫌がるからに他ならない。
嫌がるってか、怖がるが正しいか。個人的な理由の方と繋がることだが、どうも思考が増殖して俺の頭がワーってなるのが心配で仕方ないらしく……。
「………………わ、かってます。もう……っ」
《我が名は〝赤〟を纏う王》を使った後は、大体こうなる。
初めは俺も『大丈夫かコレ』と無限の不安に駆られ専門家(?)こと和さんにドクターチェックを頼んだりしたが、返ってきた答えが『全く心配いらないよ(笑)』ってな具合だったので以降は特に大袈裟な不安を抱いてはいない。
思考が増えると言っても、そも〝分裂〟じゃなくて〝追加〟だからな。
俺自身の意識が切り分けられるのではなく、言ってしまえば脳内にNPC(俺)が湧くようなもの。決して自己認識や〝個〟を脅かすようなモノではない。
アルカディア十八番の脳内インストールめいた要領で各俺の思考フィードバックが情け容赦なく叩き込まれるもんだから、超しんどいってだけの問題だ。
が、それはそれとして理屈不明の謎技術に不安が付随するのは当然のこと。
負荷を処理するのが俺のソレではなく『仮想脳』といっても、人によっては本能的な恐怖を捨てきれないのも当たり前のことだろう。
なので、まあ。
「ごめんて、心配いらないぞ。身体が動かないだへえおえあえんぃあ」
一応ソラの前では基本的に使用を自粛するという約束をしているので、謝罪ぶっぱを躊躇う由はナシ。そも俺の身を案じてくれているだけなのだから、可愛い相棒のお叱りと文句を払い除ける気など毛頭ないのである────
……と、いったところで。
「ほうぃんいふう。ほおひあえあいへお、ほほへんはっほえ」
「……なに言ってんのか知らないけど、仲睦まじくて結構なことね」
我儘を言って自滅するのは、最近ではいつものこと。
俺に対してというより自分に対してムスッと拗ね顔を作っているソラに両頬を摘ままれながら、宣った申し入れは残念ながら誰にも伝わらず。
まーたこれ『ハルソラ』がどうのと切り抜き動画が乱立するんだろうな……なんて思考は浮かぶが、元より俺は録画を意識した立ち回りができるほど器用ではない。ソラさんもまた然りな時点で、とっくの昔に諦めていることだ。
然らば些事は脇に置き、そろっと状況へ意識を戻すとしよう。
「カグラさん。進捗は?」
二方向から現在進行形で怒涛の戦音が響く中。我がことながらひどく暢気に思えてしまうが致し方なし、こちとら真実行動不能の死に体だ。
できることがあるとすれば、仲間と言葉を交わして頭を捻るくらいなもの。
そうして後から来るレイドメンバーへの迅速な情報共有を叶えられるよう備えておけば、最早一歩たりとて動けない身でも多少は役に立てるだろう。
「………………快速、ではないけど順調っちゃ順調。ボス討伐による魔力プール蓄積は四割強。作業進度はトータル……ま、甘く見積もって五割ってとこだよ」
加えて、お喋りの許可なら既にいただいている。ならば問いを躊躇う意味はないと声を掛ければ、専属魔工師殿からは落ち着いた声音が返ってきた。
「なにか問題は?」
「特にない。────……強いて言えば、特にないのが怖いってくらいさね」
「それなんだよなぁ」
俺の意図など容易く読み取ったのだろう。やはりというか二人体制、おそらくペーペーの新米魔工師では想像さえ及び付かないと思しき作業と並行しつつ、思考を割き口を回す余裕のある紅二名が話に乗ってくれる。
……で、その片方。【赫腕】殿が言葉を続けて表すのは、
「これ、状況的に今がクライマックスなのは間違いないよな? ────こう言っちゃなんだが、盛り上がりと緊張感が行方不明すぎやしないかねと」
「「「「「────………………………………」」」」」
今に至って、おそらく場にいる誰もが抱いていた〝違和感〟から生じる不安。勿論、戦線は未だ在り続け状況は動き続けている。
けれども、だけれども、
「仮に、このまま何も起きなければ十分と掛からず職人の作業は終わる。でもって俺が思うに、まず間違いなくソレが『緑繋』レイドの締めになるぞ」
「おまけに、例の〝邪魔者〟は何を思ったか実体化して抜け出てきてるってなもんだ。正直なとこ、アタシら的に現状は願ってもないイージーモードだよ」
「ま、それもこれも諸君ら激ヤバ勇士のおかげっちゃそうなんだが……なぁ?」
「まぁ、ねぇ……?」
本当に、それ。
実際問題あわやレイド失敗かってな危機的場面はいくつもあった。こうして今に辿り着けたことを、無数に連なった僥倖の果ての勝利と見ることもできるだろう。
しかしながら……本当に、しかしながら────
「……ぁ」
俺の頭を膝に抱えるソラが、小さな声音をぽつりと零す。然して、その瞬間に気配を感じ取ったのは少女一人だけに非ず。
来たるは、青に輝く転移の光。
さすれば、一つのみならず見渡すほどに……数多、一斉に広がった報せより歩み出てくるのは、少し前まで死に物狂いで到来を待ち望んでいた仲間たち。
ざわめきが満ちる。そして、誰よりも目を引く一人。
「────……どういう、状況?」
歩み出た『姫』の声音によって。
遂に欠片さえ残さず舞台から緊張感が消し飛んだ事実に対して、言葉では言い表せぬほどの〝不気味〟を感じているのは……。
「「「「「………………」」」」」
はたして、俺だけではないだろう。
冷静に考えなくとも此処に至るまでが大概アホ難易度って話する?