キミ想ウ故ニ我ハ在リ、我ネガウ故ニ世界ハ続ク 其ノ陸
「「「「「────は……???」」」」」
「────はぁっ?????」
「………………おい弟子、なんでアンタが一番驚いてんのよ」
二色入り混じる緋蒼の炎を従えて大暴れを始めた無敵侍のインパクトを容易く吞んで余りある、空間を歪ませ存在する姿無き〝なにか〟による轟々一閃。
当たり前のように意味も道理も不明な滅茶苦茶にして無茶苦茶な力を披露した【剣聖】の姿に、流石に意識を吸い寄せられたのであろう職人たちに次いで。
他人よりも識っているという自覚があるからこそ、俺は呆れの声を零していた。
お師匠様なんすかソレ。弟子そんなの知りませんけども。
斯くして、冗談のような激震と衝撃を迸らせるままに。一息豪速に振り抜かれた〝なにか〟……おそらくは途方もなく巨大な『刀』が、それまで怯みはすれど揺るがずにいた巨大な黒塊の化物を持ち上げ、運び、吹き飛ばす。
然らば、数秒の静音────後に、再度の大震動。
『────、────、────、────、────────』
まさしくグチャグチャのボロ雑巾が如く地に転がされた不明存在が不気味奇怪にして不快極まる声鳴りを叫び、その巨体を激しくのたうち回らせた。
アレはもう、流石に言い切っていいだろう。確実に痛がっていると。
「そりゃ痛いだろうなぁ……」
「もうそういう次元じゃないでしょアレ……」
ここに至っては最早、甚大が過ぎる無敵感が齎す安堵感にて約一分前までの緊張感など雲散霧消。俺を釣り〝糸〟フィッシングするまま戦線から後退した先輩殿と共に、気の抜けた言葉を口にし合うのも致し方なしだろう。
で、そんな俺たちの傍ら。
「た、とっ、とにかく、距離を離してくれたのは万々歳だな!」
「そ、そうだね。これでもっと集中できる、頑張ろう……!」
動揺を隠し切れていない主席殿、そして軽くキャラ崩壊を起こしている次席殿が声を上げ、呆けていた職人お歴々が頭を振って各々の術式へ再没頭。
二人が言った通り、豪快に吹き飛ばされた黒塊の現在地は割と彼方。
今までの前進分を帳消しにして尚お釣りがくるほどの後退っぷりだ。言わずもがな、各人かなりの心的余裕が生まれたことだろう。
そして、更に、
「────あんれまぁ、どないな状況?」
心に余裕を生む由が、連鎖する。
訪れた転移の光が一つ、現れた姿が一つ。引き連れてきた頼もしさは無限大。
北陣営序列第二位【群狼】────対エネミー戦、特に雑魚も大物も問わず大群を相手にする状況において右に出る者はいないと言われる御仁の現着。
ならば状況は紛れもなく安泰と言って差し支えナシ。緊張感など、消去済みデータが行き着くゴミ箱の中で更に粉微塵へ噛み砕かれ跡形もなくなった。
「んー……」
然して、他ならぬ【剣ノ女王】や【剣聖】を押さえて『対群最強』の名を冠する痩身が、場に居合わせる者たちへ切れ長の黄瞳を順に向けた果て。
「ナツメちゃん?」
おそらくは最適解。最も戦闘指揮に長けた人員であろう子猫様へ状況を問う。これには俺も当然とばかり、なっちゃん先輩の鋭い指示を予測するまま────
「ハル、パス」
「なにカルパスみたいに言ってんの?」
────ぼけっとしていたら、何故か見送りパスが飛んできた。
なんで???
「いや当たり前でしょ。いっちゃん訳わかんない……のは【剣聖】様も同率だけど、ソラの限界点アレコレとか正確に把握してんのはアンタだけなんだから」
「あぁ、まあ……」
と、言われてしまえば至極その通り。つい惚けたことを言ったが、ぶっちゃけ最早ミリも頭が回っていない死に体なので許していただきたい……ってなわけで、
「ジンさん、ウチの相棒と代わってやってください」
なんかもう一切の心配など不要とばかり馬鹿げた轟音が響き続けているお師匠様サイドは置いておくとして、俺が目を向けるは片側一択。
最近はスタミナ強化にも励んでいるパートナー様だが……そこが唯一の弱点というか、ソラはあまり長時間の全力戦闘継続が得意ではないからだ。
いやまあそもそもの戦闘スタイルがアレなので、常人とは比べものにならない集中力を要するがゆえの当然の道理ではあるのだが────
「はいな了解。任してや」
速度を欠いている癖に雑多な思考は浮かんでくる頭を振る俺を他所に、即応答からの即行動は流石の序列持ち。ジンさんは笑みを浮かべて答えると、
「出番やで【月下浪狼】」
その場から一歩も動かず、ただ視線を向けて穏やかに号を口ずさむだけ。
ならば次の瞬間、その身から瀑布のように溢れ出すは無尽の〝気配〟……──標的と定めた獲物へ向かう、対象以外には干渉不能な不可視の群狼。
第六階梯魂依器【月下浪狼】が秘める『眷属召喚』の権能に、
「ほな、喰い散らせ」
標的個々に対応する召喚数の上限はあれど、標的指定数の上限は存在しない。
斯くして文字通り無数の狼が奔り、顕れるのは────
「「うっわぁ…………」」
ただでさえ蹂躙の憂き目に遭っていた百鬼夜行を呑み込む、真なる地獄絵図。
俺たちには彼の従える霊体の狼が見えないからこそ、際立っての異常光景。不可視の顎に食い荒らされていくボス群団を見て抱くのは、いっそ哀れみの感情。
リソース管理が少々特殊なため考えなしで使える魂依器ではないらしいが、それでもやはり浮かんでくる感想は……。
「「ひっど……」」
「はは、照れるわぁ」
ただ一言に、尽きるだろう。
【月下浪狼】魂依器:指輪
仮想世界有数の第六階梯魂依器にして、非公式魂依器ランキング武器カテゴリ元三位。【剣製の円環】の台頭にて順位を一つ落とすも無法っぷりでは負けず劣らず。
秘める権能は今回と前回登場のトラデュオ本文で描写された通り『術者と標的以外には視えず触れられず相互干渉不能な霊狼の召喚』であり、標的一体につきの上限召喚数は101で標的指定数の上限はナシ。リソース的な意味での限界はアリ。
召喚リソースはHPやMPあるいはルーナといった触媒など一般的なモノではなく、己が群れと共に狩った獲物の数。つまりは【月下浪狼】を用いて討伐したエネミーの数や質によって召喚可能数が累積上昇していく。上昇数は狩猟した獲物の『格』によってピンキリで増減。あからさまな格下では一匹たりとも増えず、強力なレイドボスなどが相手となれば三桁単位でドバっと増える。
また群れの頭数は自動補充が一切されないため、倒されてしまえば数が減っていく。つまり大敗を続ければ素寒貧も待ったナシであるゆえに、初期階梯で己の力量も狼の強さも大したことがなかった頃はそりゃぁ苦労したとかなんとか。
この魂依器を用いる【群狼】が対群団戦において剣の二大巨塔を凌ぐと言われる所以は、そのエゲつないまでの共闘性能の高さ。単体スペックは元より『視えない援護に対する敵のリアクション』にさえ気を付けておけば、如何なるスタイルの者であろうと一切の同士討ちを気にすることなく共同戦線を成立させられるという点。
例えば【群狼】と【曲芸師】が組んだ場合、敵は視界を埋め尽くすような霊狼の群れに襲われると同時それら一切を擦り抜けて襲い来る縦横無尽音速突破馬鹿の対処を強要されるといった地獄的台パン案件に晒される羽目になる。怖いね。
ちなみに一頭一頭の強さは一般的な戦闘系プレイヤーが冷静に対処すれば一応は無理なく倒せる程度。なおそれが基本101匹わんちゃんで襲ってくるので死。