キミ想ウ故ニ我ハ在リ、我ネガウ故ニ世界ハ続ク 其ノ伍
「────……」
視界の端、眩い緋蒼が焔と閃にて百鬼夜行を蹂躙する様を眺めながら一息。
長らくを賭して培った〝力〟を身に宿し、戦場の只中とて平生の呼吸。然らば刀を振る場に限っては状況に惑った試しのない【剣聖】は、息も心も揺らさぬまま。
「《震伝》」
心配の要は無しと背後から視線を切ると共に、迫る黒の化生を指先で迎えた。
瞬間、大口を開き小さなヒトを丸吞みにしようとした大蛇が爆発四散。内側から炸裂した甚大な威力に散った怪物の死因は、僅かに牙先を撫でられたから。
斯くして容を失い舞い散った黒の残滓を、彼女は気にも留めぬまま。
「面妖な物の怪ですね……」
離散し間断なく襲い来る〝欠片〟の悉くを適当にあしらいながら、目を細めた【剣聖】が見据えるは刻一刻と体積を増していく巨大な黒塊ただ一つ。
思わず『物の怪』などという言葉を当て嵌めたのも自然。どう足掻いても真っ当な生き物……というより、意志あるモノにさえ見えないバケモノだ。
「〝来たれ〟────【廻刀・蓮華】」
ぽつり、呟かれる言の葉。それは呼び掛けにして求めの音。
そして主が語り掛けたならば、まさしく打てば響くが如く木霊するは木槌の音……────刹那。自ら彼女の手に抱かれに来るように新たな刀が現れる。
正統な形状を逸脱した根太鋒細の長三角形を描く五尺三寸。おおよその他人よりも小柄な身では通常、抜くは困難を極めるであろう異形の一振りを抱え、
「六の太刀」
しかし【剣聖】は、一体なんの不思議があろうかと。
「《重光》」
動作の詳細を視認できる者など皆無。されども確かに抜き放たれた大太刀が不可視の閃を生み、迸る斬風に殺された世界の悲鳴が如き轟が響く。
専用に打った『刀』の性能も併せて、弟子のソレとは最早別物。直撃すればボスエネミーとて身体を二分させて然るべき通当ての剣は、狙い違わず……。
『──────────────、────』
面妖な化け物の身体を斬り穿ち、形容し難い叫びを引き出す────舞台へ馳せ参じてから三十秒あまり、ずっとその繰り返し。
なれば当然、清々しいまでに一方的な暴威を奮い続ける【剣聖】が思うは一つ。
「成程、埒が明きませんね」
意味が感じられない。
それはなにも、一方的な展開や自らに抗し得ていない相手に対する『退屈』や『不満』を訴える感情ではなく……効いているようで、その実やはり手応えが感じられない、不明な〝敵〟に覚える『不気味』の感情。
元来うい自身は〝ゲーム〟に疎く、弟子や聡明な友人たちと違い攻略その他の推理推測は不得手だ。なれば絶対の自信を持つ己の『刀』が真っ当に通用しないモノを相手取った時、彼女は基本的に呆気なく考えることを止める。
考えることを止める。
つまり、思考を無為に割くことを止める。
即ち────全てのリソースを刀に籠めて、通用しないを捻じ伏せるまでの圧倒的な〝力〟を奮い絞り、悉くを斬り伏せるべく歩み出す。
独りの時は、是非もなく。
そして〝仲間〟の輪を望み臨んだ今は、意味を変えて、やはり。
「……それでは、いざ」
【剣聖】は微笑を湛えて、自らが多くの人にとっての〝導〟足らんと。
「東陣営序列一位【剣聖】の、今在る全力。皆々様へ御照覧に入れましょうか」
名乗りと共に、一歩を踏み出すだけ。
「〝粧せ一振り〟」
木槌一響。その手から役目を終えた刀が消え去り、のたうつ化生が発する地響きなど恐れるに足らずとばかり悠々と……歩む彼女の元へ、集うは力。
「〝召しませ一刀〟」
木槌木霊。一歩また一歩と進むに呼応して、響く槌音の共鳴を纏い。
「〝天下無法は何処なりや〟」
【剣聖】の手に在るべくは────いつ如何なる時も、ただ『刀』一振り。
「〝継ぎし我が名は此処に在り〟」
ならば魂依の器が齎すは、至高の先へ踏み出した者に相応しきモノ。
「試製一刀……──」
空間そのものを刀として鍛え上げ、顕現するは百尺の無法。
目視が叶う姿形はなく、存在を訴えるのは常軌を逸した威風の圧と空間の歪みだけ。そして例え存在を感じ取ろうとも、誰しもが思い至るであろう言葉は一つ。
即ち────ヒトに扱えるような代物ではない。
ならば彼女は、こう答えるだろう────私の名は【剣聖】であると。
冠が瞬き、灰は白へ。遍く目を焼くであろう真白の輝きを宿した長髪を揺らし、剣を修め刀を統べる少女のような女性が空っぽの手を振るった。
斯くして、統べられし『刀』は主の意に従うまま。
「《天現》」
見上げるような巨体の、ちっぽけな怪物を、横薙ぎ一閃にて吹き飛ばした。
【剣ノ女王】とは、剣を以って統べる者。
【剣聖】とは、剣そのものを統べる者。
さておき、お師匠様の魂依器やら冠やらの権能その他諸々についての考察要素は大体のとこ出揃ったので頑張ってください。君ならやれるさアルカディアン。