キミ想ウ故ニ我ハ在リ、我ネガウ故ニ世界ハ続ク 其ノ肆
俺が知る限りでも優に三十種を超える【結式一刀流】の技は、一の太刀から十の太刀、十一の太刀から二十の太刀といった十の括りで用法用途が異なっている。
《飛水》を始めとした並び一列は、基礎にして汎用かつ万能。それぞれを使い分けることで基本ありとあらゆる状況に対応できる型が揃っているため、考案者の【剣聖】様曰く『十一以降の技は戯れ半分の魅せ技』とのこと。
けれども当然、祖父と同じく実戦派である彼女の剣が真に戯れであるはずがない。本人の言はともあれ、基本を外れた限定的な状況に在るならば。
その〝魅せ技〟は、紛れもない超常的な暴威と成って余りある。
侍る魔剣が氷漬けにされたせいか、はたまた俺に先んじて援軍の来訪に気付いていたか、邪魔になると相棒が即断したのだろう砂塵の嵐が一斉に消失。そして、無限の安心感と共に耳へ届けられた声音が舞台に朗々と響いた瞬間────
頬を柔らかな風が撫でて、目前が丸ごと消滅した。
見上げるような氷塊も、氷に呑まれた黒獅子の巨体も、不可視の台風に空間ごと攫われたが如く……然らば、次いで去来した爆風と轟音が俺の髪を乱暴に弄ぶ。
終わりなく、何度も。
「……はは、流石」
十一から始まる並び一列は、限定状況高範囲殲滅の太刀。水中剣こと十三の太刀《海鳴》に続く、十五の太刀《菱嵐》も同じくその系譜だ。
斯くして、顕現するは菱形を描く剣嵐の結界。
思考加速もなしに姿を捕捉しようなど無謀も無謀。七の太刀《七星》に通ずる連続超速『縮地』の軌道を単純な四角辺に限定することで半永久連鎖を実現し、無限に周回する疾身から辺の内へ放たれるは六の太刀《重光》こと遠当ての刃。
更に不完全ながら終の太刀《唯風》同様の出力保存法を用いることで、辺を辿る度に威力を増す剣風は瞬く間に威を連ね『そよ風』から『大嵐』へと進化する。
限定状況……そうそう望めない障害物皆無の平坦かつ広大なフィールドであれば、比喩なしにレイドボスさえ封殺することが可能と思しき無尽の剣。
……とまあ、そんなものが炸裂したとあらば、
『────、──────、────────────』
さしもの黒塊とて、歪な悲鳴を上げ歩を止めるのも然りといったところ……声帯、あるんだ。なんだあのガラス引っ掻いたような鳴き声きっつ────
と、剣嵐が吹き荒れて十秒弱。
「────ハル君」
撒き散らされた〝欠片〟を、捕らえた氷ごと粉微塵に滅し尽くし。回数も威力も計測不能な刃の嵐を、慈悲なく黒塊へ見舞った果て。
俺が相手していた時と同じく、ダメージエフェクトなど明確な形の戦果は相も変わらず見て取れず。けれども体中から虚空へ黒を撒き散らし、流石にこれは『嫌がっている』範疇を飛び越えたであろう苦痛にのたうつ怪物を他所に。
「ごめんなさい。随分と遅くなってしまったようで……」
すぐ傍ら。空恐ろしいほど欠片も余韻を残さず、大嵐から小さな人の身へと姿を移した灰色が……──お師匠様が膝をついて、ぶっ倒れている俺を見ていた。
恥ずかしながら、最早ピクリとも動けぬまま。ゆえに重ねて恥ずかしながら、優しく額を撫でる小さな手を大人しく受け入れるしかないままに、
「…………いや。いやいや、余裕でしたとも」
冗談交じりの強がり一つで応えてみれば、ういさんが返したのは微笑み一つ。
そうしたなら彼女は立ち上がり、その手に太刀を引っ提げて。
「あとは私に、お任せください」
堂々たる言葉を残し、無敵感しかない師の背中を弟子に魅せつけ歩き出す。
然らば、アレだ。流石にまだ気が早いのは承知の上で────
「勝ったな……」
俺が脱力するまま零した呟きを、笑える者などいないだろう。
◇◆◇◆◇
「────……で、一体全体どういう状況なんだ?」
「よくもまあ、理解ゼロから瞬で最適行動を取れるものね……」
転移の光を潜り抜け、運ばれ出でたのは馬鹿げた規模の大空間。視界に映った後輩の危機へ即断とりあえずのフォローは投じたが、何が何やら意味不明。
傍にいた【糸巻】が疲れ切った声音で称賛なのかツッコミなのか不明な言葉を零すのを他所に、舞台へ遅ればせ馳せ参じた侍は首を傾げるばかりだ。
床も、遥か彼方の壁も天井も、全て等しく真っ平ら。わざとらしいまでに造りモノめいた超巨大な四角形の中心、ポツンと置かれているのは場違いな異物。
先行した職人たちが囲んでいる様子を見るに、ソレが何かしらの鍵であることは察せられるものの……まあ、おそらく己が関与すべきは別方向だろう。
斯くして、そちらについては瞬とまでいかず。秒を以って理解に達した【無双】は先に放った右の蒼刀に続き、左の緋刀を抜きつつ改めて問う。
「とにかく……──片っ端から、斬ればいいのか?」
「────そうだよ。斬りたい放題の無限おかわり強制だ、嬉しかろう戦闘狂め」
然らば、生意気な答えを寄越すのは後輩二人目。
付き合いは少ないが比較的まだ可愛げのある子猫ではなく、彼女の〝糸〟により戦線から引っこ抜かれて地を転がってきた口の減らない友の方。
……けれども、減らず口とは裏腹に。
完膚なきまでに疲労の極致へ浸かり切ってしまったのだろう。らしくもなく憔悴した顔を隠せていない後輩の様子を見て、なぜだか自然と笑みが滲み出した。
そうして、
「…………戯れている場合じゃないだろうから、一つだけ」
「あ……? ぇ、いいです。いらんです。おいヤメロ修行が足らんとか今そういう感じの説教を聞いてる場合じゃないんだよ疾く戦線へ上がりたまえ────」
「よく持たせた。後は任せろ」
自分について『口を開けば辛口文句』とでも思っているらしい馬鹿者へ適当な労いを投げ付けて、言われるまでもなく囲炉裏は疾く戦線へと駆け出した。
足を向けた進路は当然の一択────迷うことなく偉大な〝導〟に背を向けて、目指すは単身にて百鬼夜行を相手取る少女の元へ。
一歩、
二歩、
三歩、
誰かさんに触発され、急場しのぎめいて無茶を形作った過去とは違う。
ステータスの塩梅にも慣れ、適したスキルの拡充も進み、修練を重ね完全に我が物としたスタイルは、今や余程の全力挙動でもなければ反動を恐れる必要もない。
STR超偏重。『内』の操作を突き詰めた繊細な力技による身体支配術。一歩一歩が地を砕かんばかりの轟脚が奔れば、彼方も容易く此方へ遷り。
「────っ……!」
目的地を足が踏むまで、瞬きの間。
振り向く。つまり一息に隣へ現れた囲炉裏を違わず認識してのけた少女へ、用意しておいた微笑を向ければ……宙を埋め尽くす砂塵の千剣が、道を空ける。
誠に結構、見事と称す他ない勝負勘。流石はアイツの相棒だ。
「ッハ……‼︎」
ならば、戦場にて肩を並べるに一切の不足ナシ。
背後の黒塊は、かの【剣聖】が刀を向けた以上こちらが気にする意味など絶無。自分がすべきは、気張りに気張って力尽きたのだろう友に代わって、
「さぁ────凍え尽きろ」
彼の相棒に負けぬよう、心を奮って刀を振るうのみ。
斯くして威並ぶ白霜と赤月が放つは蒼と緋、相反する色様の剣気。鬩ぐ魔力は、しかし主と認めた剣士の意に則って交じり合い────次の瞬間。
「《緋杓蒼壮》」
凍てつき燃え盛る氷焔が、明かり無き大空洞を轟々と照らして迸った。
盛り上がってきているところ別件で失礼しますが、ご報告です。
ア ル カ デ ィ ア 続 刊 だ オ ラ ァ ッ ! ! ! ! !
というわけで7/15に書籍第二巻発売予定でございます。わーい!!!
時間あれば一巻の時と同じく活動報告にでもアレコレつらつら書くつもりですが、今のところは気力体力本文中の主人公状態なので簡単なご報告に留めます。
私のツイXのほうで既に書影が見れるので!
自称フツメンの更なるイケメン加速度が拝めるので!!!
自称お姉さんの黙ってりゃ美人フェイスもチラッと拝めちゃうので!!!!!
藍玉の妖精フォロワー諸氏は今すぐニアかわ補給に走ってくださいませ以上。