キミ想ウ故ニ我ハ在リ、我ネガウ故ニ世界ハ続ク 其ノ参
「アレで四位と序列外……???」
「こ、怖いっ……」
「あたしはアレに慣れ始めてる自分が怖いですよーっと……」
満身創痍のような顔をして倒れていた【曲芸師】が当たり前のように再起動を果たし、形容し難い挙動で賑やかな大暴れを始めてから十秒。
そちらを見て、逆側を見て、思わず普段のおちゃらけたものではない素の声を零す恐竜が一匹。あまりにも己が理解を越えた存在(味方)が撒き散らす暴威に当てられ、慄き震える少女が一人。そして小さく溜息を零す藍色が一人。
席次持ちとはいえど、大前提として娯楽者の一人。
注目を浴びる者として最低限の自覚と責任は備えているものの、表舞台へ立つ機会が乏しい西の職人各々のメンタル感は根本的に一般人寄り。
戦場に戸惑うのも、鉄火場にて放心してしまうのも咎められるものではない。それが当たり前のことで、例外的に背を小突く資格がある者がいるとすれば……。
「ほら、お歴々も気合入れるぞ」
「ぼけっとしてんじゃないよ。気合入れな」
同じ場に在ってなお、他三陣営のソレに匹敵するような貫禄と余裕を乱さぬまま、本当の意味で『最高位』の名に相応しい極少数の変人だけだろう。
灯るは炎と焔が一つずつ。直前に両の手を激しく叩いた衝撃に怯んだ様子さえ見せず、術式を再展開した【遊火人】と【赫腕】は躊躇うこともなく。
「……やっぱりね」
「だな。アレがアレだ」
改めて己が役割対象へと挑み掛かると共に、ジリジリと接近を続けている黒塊の怪物を横目で見ながら頷き合った────〝邪魔者〟が消えている、と。
意味不明。理解不能。しかし『利』にて支障ナシ。なにがどうしてそうなったかなど、今この状況で想像に耽っている場合ではない。
【曲芸師】の馬鹿テンションが限界超過の空元気であることなど知れたこと、ある意味では今レイドで誰よりも精神的疲労を積み重ねているであろう【糸巻】は元より、異常の『序列外』とて湧き出す力は決して無尽蔵ではないゆえに。
「バラスト、雫ちゃん、助手を頼む。不確定要素が自分から表に飛び出してくれたんだ、もう一気にバイパスの構築を始めちまおう────カグラ」
「わかってる、未踏部分の舗装は任せな」
止まっていられないのは此方も同じ、走るのが身体か術式かという違いだけ。舞台で己が成すべきことを成すのに戦士も職人もありはしない。
「アイアイサー!」
「お、及ばずながら……っ」
然して鬩ぎ合う火に雨と虹が並び、後に続くは……。
「ニア、得意分野は頼んだよ」
「オッケー……!」
記憶を見透かし未知を視る、星空のパズルの静謐な輝き。
◇◆◇◆◇
「────やっぱコイツそういう感じだよなぁッ!?」
薄く薄く引き伸ばされた時間を懸命必死に直走るも、限界とはつまり限界ということで限界を超えた先ってのは限界的な超限界の限界だ。
唐突にプツリとアバター操作のラインが途切れても不思議ではない一秒一秒を綱渡りしながら、加速度的に集中を欠いていく俺とは真逆。おそらくソラがボスを殲滅するに同期して体積を増していると思しき化物へ叫ぶは真実悲鳴の声。
援護という言葉では不足が過ぎる千剣に混じり、滅多斬ろうが滅多打とうが滅多撃とうがビクともしない正真正銘の怪物っぷり。
先のように時折〝欠片〟を離散させるのは処理が叶うという点で明確に抗える感があるだけまだマシで、本体に関しては正直お手上げレベルの無力感だ。
なにをやっても、効いている気がしない。
怯む……というよりは、やはり嫌がる程度止まり。大技でも叩き込めれば話は別なのかもしれないが、残念ながら今の俺にそんな余力が在るわけもなく。
奥の奥の奥の手で無理矢理に出力だけでも確保して立ち回っちゃいるが、スキルも体力も気力も空っけつとあらば絶対的なリソース不足だ。
お疲れの先輩殿も然り、頼りにできるのはソラさんだけ。しかしそちらも問題アリで、派遣員こと小狐が操作できるのは基本形態の魔剣のみ────つまり《オプティマイズ・アラート》による巨剣などの大技は本人操作に限定される。
ならば『スイッチ』していただくかといえば、ソラもソラで余裕ナシ。
まあ当然だ。如何に最強無敵かわいい俺の相棒と言えど、出力威力集中力その他諸々完全無欠無限無法の存在ってなわけじゃない。際限なく湧き出すボスエネミーの群団をソロで封じているだけ限界臨界万々歳である。
だから、もう、本当に……────心から願うは、ただ一つ。
「 増 援 ま だ っ す か ね ッ ! ! ! ? ! ? ! ? ? 」
「 ほ ん と そ れ ッ ! ! ! ! ! ! ! 」
子猫様と心を併せて、神頼みならぬ先輩頼み。
健気な後輩二人が心身ボロボロに擦り減らしながら必死に頑張ってんだ、いい加減に誰でもいいから一秒でも早く助けに来──────……あぁ、ほら。
だから言ったろ、限界だっつの。
「────ッ、ハル!?」
カクンと、アバターから力が抜け落ちた。
それは踏み込みの刹那。なればこそ一瞬の停滞の中に在って己が速度による自滅は避けられたが、向こうから襲い来る脅威については一切合切が回避不能。
折良く放たれた〝欠片〟が八本脚の巨大な獅子の姿を成して、動きを止めた獲物へ一直線。俺の異常を利口に察知したのか小狐が魔剣の弾幕を張り巡らせるも、分離体は数多にて足止めに避けるリソースは限りがある。
妨害を突破した黒獅子の牙が、喉笛どころではなく俺の身体を丸ごと噛み潰すまで推定三秒。当然のこと〝糸〟も引かれるが……自らでは動けず引き摺られるままの操り人形が逃れられるほど、仮想世界の怪物格は甘くない。
……ならば、まあ、うん。
「ッハ」
致し方なし、ここまでだ。
た だ じ ゃ 死 ん で や ら ね ぇ け ど な ぁ ッ ‼︎
〝想起〟────【紅玉兎の緋紉銃】ありったけ。
開幕一発で盛大にバラ撒いた後《疾風迅雷》からの《鏡天眼通》によりMPを散らしてしまったので複製が間に合っておらず、現れたのは僅か四丁。
が、そんだけありゃ野良猫一匹程度は誘爆で道ずれにして余りある。……でもって一回こっきりトリガーを引く程度の意地は、当然ながら残しているとも‼︎
「来いよニャンころ、子猫様のが百倍こえーぜ……!!!」
背を引く〝糸〟に、後を託す。
途中退場、誠に遺憾。彼女とて俺同様に満身創痍であることは想像に難くなく、先輩へ後のことを押し付ける罪悪感とてないではないが……まあ、ね。
本当に、仕方ない。俺は全身全霊よく頑張った。
んじゃ、そういうことで。
「────ッ‼︎」
悪いけど、後は頼んだぞソラ。
………………なんて、さぁ?
覚悟決めて、引き金に指を掛けたってのに。
「………………っとに、誰も彼も……」
お決まりかってくらい、芸術的な遅刻ムーヴを魅せてくれるものだ。
────瞬きよりも早く、傍を駆け抜けたのは身を斬るような冷気。然して目前を埋め尽くしたのは目が眩むような真白の氷壁……と、
さしものアイツでも、猶予ゼロの修羅場を前に焦ったのだろうか。
無数に飛び交う魔剣まで諸共、俺に迫る獅子だけでなく他の〝欠片〟に至るまで。豪快に自由を奪った白霜の波濤は、二重の意味で身震いするに相応しく。
そして、
「────結式一刀、十五の太刀」
次いで耳朶を打った声音が、はたして完膚なきまでに俺から緊張を奪い去り。
「《菱嵐》」
閃き迸る至高の刀が、戦場を訪れた。
テンション振り切れた発言を際限なく繰り返しながら格好付けておりますが、
主人公、今、美少女です。