輝キ示せ稀人ヨ、愛を託スに足ル者ナりヤ 其ノ伍
「────『我、空を翔ける者なり』」
初めて映像越しに姿を目にした日のことを、ハッキリと覚えている。
顔を合わせる機会がなかった。それは事実ではあるものの……しかし、だからといって、決して会う機会を作れなかったわけではない。
待ち侘びた『後輩』の顔を拝みに行こうと思えば、いつだって行けたはず。
「『ひとつ降る星は遍くを結び、緑を纏い颶風と揺らぐ』」
今更になって自分の心を覗き見なくとも、わかってる。
怖気づいていしまった、ただそれだけだって。
「こんっのッ……‼︎」
糸を繰る。
自分にできる唯一のこと、仮想世界の【糸巻】ナツメが誇りを以って振るう技を────他でもない誰かさんに、無邪気な笑みで憧憬を向けられてしまった技を。
意識の隅にて二十余り、レイドを繋ぐ〝糸〟の制御を絶やさぬままの戦闘行動。此方と彼方を行ったり来たり、万全には程遠い集中を搔き集めながら。
『『『『『──────────ッッッ』』』』』
言い訳など蹴飛ばすままに、正面から襲い来る化物怪物の大津波を白糸と黒炎の壁を以って迎え撃つ。励ましの声は、ただ一つだけ……────
「『我、空を奪う者なり』……ッ!」
生意気にも心配げな視線と共に、背中へ届けられる後輩の声。
今ならわかる。もうわかっている。
恐がる必要も、気負う必要も、躊躇う必要もなかったんだって。
待ち侘び思い描いていた輪郭を粉々に打ち砕き、他人の期待など知るかとばかり雲を突き抜け遥か高みへと一息に駆け上がったコイツは────
生意気で、元気で、子供っぽくて、素直で、無邪気で、やっぱり生意気で、
つまるところ、ナツメが望んでいた以上に。
「っ……《織────」
至極簡単に先輩を頼り甘えてくれる、可愛がり甲斐のあり余る奴でしかないと。
「────星》ッ‼︎」
ならば、悉くに応えなければ嘘。彼女にとってソレは重く身を縛る足枷ではなく、果敢に踏み出すための原動力でしか在り得ないのだ。
糸で紡がれ、焔で満たされた月が落ちる。
駆け巡るは地轟、喚き散らすは異形。序列持ち個人が誇る『最大火力』は伊達に非ず、とっておきの高範囲殲滅技は迫り来る津波の勢いをゴッソリと削いだ。
けれども、
「『未だ視ぬ宿命は────」
唄は未だ途上。だというのに必殺を早々と引き摺り出されたというのが正しい現実。かのムチャクチャを体現する【曲芸師】が限界を白状したように、ナツメこと【糸巻】とて『序列持ち』である以前に一人のプレイヤー。
どれだけ一般的のラインから逸脱していようとも、システムに則った存在である以上は限界がある。想い一つで、気合一つで、なんでも叶えば苦労はない。
だから、
「ッ……」
『死なずに』────オーダーの一つを守るべく、繰り糸を己が守りに振った彼女の脇を致命が抜いていったのも、また仮想世界の道理であった。
二人掛かりでさえ処理が追い付いていなかった数の暴力を、ナツメ一人で抑え切れるはずもない。だからこそ、時間にして四十秒以上、
求められた八割以上をも単身にて遂行し、先輩としての意地を見せた後。
「はい……────バトンタッチ」
今度は、自分こそ後輩として。
暫く前から舞台へ上がっていた三人目に、迷うことなく次を託して笑った。
◇◆◇◆◇
駆ける、駆ける、駆けて駆けて駆けて駆ける。
結局のところ、自分にできるのは唯一それだけ。現実世界と仮想世界どちらでも変わらず、幼少の頃から走らずにいた時間を思い出す方が難しいくらい。
病的なまでのスピード中毒。昔から知人友人両親に至るまで『お前は乗り物に興味を持つな』などと言われる始末で、それら心配を根こそぎ一切ぶっちぎってレーサーになった時など母は心配で倒れ父には危うく勘当されかけた。
実際問題、事故や怪我を気にせず好きに駆け回れる世界に出会っていなければ今どうなっていたかわからない。冗談ではなく、早々に命を吹き飛ばしていた可能性も低くないだろうと思えてしまうくらいだから。
走っている=生きている。肌を撫でる風こそが存在証明。
『お前は頭がおかしい』なんて人生で何度言われたことかも知れず、自身でも他人に比べ頭のネジが不足しているのだろうと理解している。
ゆえに、そんな奇特者として見られるばかりの人生だったからこそ。
信を向けられ頼られるという事象が、こそばゆくて仕方ない。
斯くも名高き序列持ち。ならばその身を置く舞台に、何者かが足を踏み入れた気配を取り零すはずもなく────ただひたすらに周囲周回。そんな奇妙な行動を取り始めた自分を察知しながら、疑問も奇異の目すらも向けることなく。
やるようにやってくれとばかり真っ直ぐ我武者羅に己が力を奮い続けた、遥か高みを往く後輩二人の姿を遠目から眺めるまま駆けた果て。
まるでお気に入りのヒーロー映画を繰り返し見るが如く何度も何度もリピートして、映像の中より記憶に刻まれた唄を耳で拾いながら。
「あぁ……────いい時代に、生まれたもんだわ」
今に至り、最早そうしようと意識せずとも回る脚。訪れるかもしれない刹那の〝出番〟に備えて、自分にできる唯一を世界に刻み続けた究極の一つ覚え者が。
「身内に心配かけ放題、仕舞いにゃ適当に扱われ放題の馬鹿が……ッ」
後ろ腰。提げた鞘より、
「ヒーローを救う飛び入りヒーローに────なれるってんだからなァッ‼︎」
螺旋を描く紅輪を嵌めた右手にて、一振りの刃を抜き放つ。
駆けるは霞む漆黒、迸るは煌々の紅緋。
それは走ることしか能のない馬鹿に誂えられた、走ることでしか真価を発揮しない似合いの刃。助走の分だけ青天井、ただひたすらに力を蓄え続ける魔煌の一刀。
「「────────」」
擦れ違い、目を合わす暇などなくとも、確かに意思と笑みを交わして。
「【兎短刀ォ────」
授けしは【遊火人】、賜りしは元最速。
打たれた銘は、
「────韋矛刃駆疾】ォアッッッ!!!」
馬鹿を自負する男児に相応しく、程よく笑いを呼ぶであろう、ご機嫌な並び。
斯くして、かつて姿も見せぬまま背中より自分を追い抜いた現最速を背中から追い抜き返し……ちっぽけな意地を見晒せと、振り翳した速度を足跡に刻む。
然らば一刀入魂。蓄力に応じて絶大な威力を発揮する代わり、ただ一刀を以って例外なく自壊する運命から逃れられぬ紅緋の刃は雲散霧消。
刹那に黒が駆け巡った軌跡へ煌めきを残し、後に続く盛大な青────即ち、夥しい数のボスエネミーが散ったことを表す死亡エフェクトを撒き散らした。
そうして唄を詠む者だけでなく、糸で抗う者まで。後輩二人を取り巻く致死を一刀の下に丸ごと切り伏せた忍は……ここで格好付けなくばなんとすると、
「うぃーっし…………そんじゃ、まあ」
振り返り、渾身のドヤ顔一つ。
「後は頼んだぜ、兄弟」
反動諸々により一歩も動けぬ身で、潔いサムズアップを決めながら。
死亡エフェクトのカーテンを突き破り当然の如く去来した次なる致死に踏み潰され、呆気なく赤い死亡エフェクトを散らして退場していった。
「『千早振る天嵐は────」
そして、後に残されたのは、
「────彼方を希む魂心に在り』」
最高に格好良い背中を二つも続けて魅せ付けられ、ここに来て激烈にヒートアップする満身創痍かつ最高潮の後輩が一人。
ならば、唄は紡がれて、
「《疾風迅雷》」
仮想世界最速無敵の星が、解き放たれる。
どちらも、颯爽と現れた後輩に追い抜かれた者同士。
◇【兎短刀・韋矛刃駆疾】制作武器:短刀
紅き螺旋を守護する紅玉兎、その魔煌角より削り出された紅緋の短刀。
『赤』の不滅を司る魔の煌輝に秘められしは奇異なる権能―――
愚かなる者よ、誇りある者よ、決して二番兎に甘んじることなかれ。
大体まるっと本編通りの【遊火人】カグラさんが拵えた兎短刀Part.2。
形状は散々『奇妙』だの『変な形』だの言われている【刃螺紅楽群】ほどの変わり種ではなく、やや根元がグネっている程度のスティレットナイフ。
特筆する点として刃部分が耐久力の存在しない使い捨てパーツとなっており、どういった形であろうと攻撃判定を起こした0.1秒後に確定で全損消失する。
・『爆烈兎・朱徒駆』
【韋矛刃駆疾】が備える唯一ゆえに一極された特殊効果。装備者の単一継続走行距離に比例して攻撃力が際限なく上昇していく。ただし青天井とは言っても距離=威力の蓄積値は微々たるものであり、数百メートルや数キロメートル程度の助走では大した威力は出ない。今回のハヤガケ氏が放った一刀は適当ざっくり四十キロメートルオーバーの助走距離であんな感じ。なお足を止めた瞬間にストックはリセットされるため、攻撃行動は助走からシームレスかつ走りながら行う必要がある。
なお消失した刃の補填にはルーナではなく【紅玉兎の魔煌角】が必要。相当な数を一本一本丁寧に食べさせる必要があるため、即修復からの戦線復帰は不可能。
一撃毎に修復を頼まれるのが死ぬほど面倒くさ手間が掛かると判断したカグラさんにメンテナンス方法を叩き込まれており、このあと本人がチマチマ修復する模様。