輝キ示せ稀人ヨ、愛を託スに足ル者ナりヤ 其ノ肆
「────っは、イチ抜けはニアか。まあそうなるわな」
「当然だね」
モノリスを囲む、四点の光。
静謐に揺れる〝火〟が一つ、荒々しく燃え盛る〝炎〟が一つ、宙を踊るように跳ねる〝雨〟が一つに、軽快に色を振り撒く〝虹〟が一つ。
【赫腕】【遊火人】【雨音一粒】【百発屋】────西の序列に名を連ね職人の頂に在る者たちが、各々の術式を拡げて未知の解析に挑む最中。
ダンジョンの外と内を繋ぎ連絡役を務めているジンより齎された報を受け、愉快の色を露わに軽口を零すはエンラ。そして相槌を打つのは隣のカグラ。
赤、紅、赫。同色なれど似て非なる輝き。
一定以上の実力を持つ魔工師であれば口を揃えて『何一つ似ていない』と評するだろう煌々たる火炎をぶつけ合いながら、前を見るまま互いに笑う。
言うに及ばず、それまで場を満たしていたのは極限の集中。即ち静寂。加えて今も、背中を追い掛けてくる時間の枷がなくなったとて職人たちの意気に陰りなく。
「「──────……、…………」」
他二名。言葉なく一心不乱に目前の解析対象へ集中し続けている雫とバラストの姿こそが、その証左。コミカルかつユニーク極まる装いをした後者はともかく、少なくとも小さな少女アバターの顔に浮かんでいるのは必死の色。
つまり、おそらく、この髪色含む雰囲気諸々で親しげな二人がおかしいだけ。
唯一、職人たちの輪から外れ甚く幻想的な光景を見守る者────護衛役を任されているソラは、口には出さず密かに結論付けていた。
ソラは『魔工』に関して深い技術的な知識を持ち合わせていない。だから彼ら彼女らが一体なにをやっているのか、推し量る術がない。
けれども、カグラのことは知っている。その性格と、彼女が〝仕事〟や〝責任〟に対して向き合う時のスタンスを知っている。
なればこそ、お喋りをしつつパフォーマンスを全く落としていないのだろうことは……まあ、火を見るよりも明らかだろうと思考が至る。名実ともに彼女以上の実力者と持て囃される【赫腕】については、言うまでもないこと。
そして、聡明な少女の頭は納得と感嘆では止まらない。
「────え、と……当然、なんですか?」
おふざけの利かない場面。気を散らしている場合ではないタイミング。それでもなお軽い口調を放ち合った二人の思惑を読み取って、遠慮がちに声を上げる。
さすれば、ソラの問いに笑む口は二つ。
「システムから貰ったのは【藍玉の妖精】なんて可愛らしい称号だが……俺たち職人の間だと、ニアはもっぱら〝魔女〟って呼ばれてる」
エンラ、即ちニアにとって直属の上司と、
「〝記憶を見透かす魔女〟ってね。そう呼ばれると心底イヤそうな顔するけど」
カグラ、即ちニアにとって関係深い先輩。
「記憶を見透かす、魔女……」
そんな二人が口にしたのは、はたしてエンラの言う通り。自らの口で繰り返しつつ首を傾げた非職人にとって、これまで聞いたことのない名前。
「アルカディアに存在するモノってのは、全部が全部【記憶】を持ってんだよ。生き物に限らず、その辺に転がってる石ころなんかも例外なく全部な」
「【記録】って言った方が、しっくりくるかもしんないけどね。ゲームで、造られた世界だからこそ、此処に在るモノ全てには情報が刻まれるわけさね」
代わる代わるの言葉繋ぎ。本当に仲がいいのだなと、言葉の内容と関係のない部分で少女が感心しているのを知ってか知らずか、
「それを上手いこと読み取り活かすってのが、魔工師にとっての初歩であると同時に究極的な技術の一つ────ほら、俺とカグラが造った【αtiomart -Sakura=Memento-】とか。アレの素材になった『残響遺物』なんて最たるもんだわな」
「自慢気な顔で『失敗作』を語ってんじゃないよ、恥ずかしい」
言葉を繋ぎ続ける二人の紅が、藍を表する言葉は一つ。
「その点……つまり、読み解くこと。今回のコレなんかもそうだけど、未知の代物を自分の〝眼〟で解析することに関して言えば────」
「ま、あの子に敵う奴はいやしないだろうさ。少なくとも、今の仮想世界にはね」
並ぶ者が、いない者。
現アルカディアにおける最高位たる職人と、それに連なる者。そんなプレイヤーたちが口を揃えて評価するという事実が、どれほどのことであるか。
実際、今この時も結果を叩き付けて先へ行っている友人にして恋敵。
ソラにとっては相棒に次ぐ『賑やかの具現』たるニアの輪郭が、言伝で色濃く足されるのを感じながら────然して、聡明な少女の頭は、
「…………え、と────アーカイブ用に、無言の作業風景に見所を作っておこうという意図は理解しているんですけれど……あの、大丈夫ですか?」
やはり、納得と感嘆では止まらずに。
「お二人、後でニアさんに思いっきり怒られるような気が……」
「「………………」」
斯くして、なにごともなかったように口を噤み目前へ没頭しだす職人が二人。
モノリスを囲む四点の光が答えに至るまで、あと僅かの一幕だった。
◇◆◇◆◇
「────きぃッッッッッッッッッッッッッッッッつぅ……ッ!!!!!」
戦闘開始より二分弱。無限にも等しい一秒一秒を渡り歩き至った今にて、脳が出力する悲鳴を言葉に表し口の端から叫び散らす。
呼吸を紡ぐ暇すらない限界機動、屠ったボスは数知れず……だというのに、百鬼夜行の包囲網は減るどころか勢いを増すばかり。
コンスタントに数秒で一体を片付けたとしても、全くもって殲滅速度が足りていない。後から後から転送されてくるボスの数が、処理速度を上回っている。
でもって、
「ッ゛……やべ────」
ビシリと、突如フリーズする身体。ステータスバーに瞬くのは行動不能のデバフアイコン。然して四方八方より降り注ぐ致死の雨霰から逃れる術は己になく……。
刹那。一条の〝糸〟が俺を引き、不可避のキルサークルから強引にアバターを引っ張り出す。それを辿った先、糸を繰る救いの手の主は勿論のこと、
「どいつ!?」
「わかんねぇ!!!」
「チッ……じゃあ見える範囲っ────」
黒炎を侍らす、白猫が一人。
「丸ごと、燃やすッ‼︎」
そして、焔糸の竜が周囲一帯を駆け巡る。
エネミー=モンスター。モンスター=魔物。そう表せば極めて適当なファンタジー解釈だが、実際問題ボスエネミーが擁する『魔力』はプレイヤーの比に非ず。
ならば彼女の闇魔法は当然の如くヒト相手以上に猛威を奮い、基本的にタイプを問わずエネミーに対して特効性能を発揮する地獄の焔と成って荒れ狂う。
然らば有言実行。燃え盛る黒が周囲一帯を埋め尽くして────
「グッジョブなっせんッ!」
「今なんつった!?」
デバフアイコン消失。自由を取り戻した身体を駆り、円壁の穴たる〝上〟より襲い来る飛行型を役割と見定め《天歩》点火。
四凮一刀、二の太刀。
「《涓》ッ‼︎」
旋転、閃刃、迸る円斬が殺到する異形を細切れに────
「んなろ、っがァ……ッ!」
────できない。
翠刀送還からの両拳連打。不足した威力を《フリズン・レボルヴァー》による遠隔打撃で強引に埋め、なおも生き残った一体へ再度の《天歩》から蹴撃配達。
技が精彩を欠いている。疲労が誤魔化せない域に達しつつある……否、既に達している。いい加減に目を逸らし続けるのも限界だ。
加えて時間経過により鈍足……つまりは機敏な動き以外の厄介な特性を持ち合わせた連中まで合流したせいで、数秒おきに先のような有様が展開される始末。
間違いなく、破綻は近い未来に訪れるだろう。
「っわ、ちょ、なに……ッ!?」
自然と構築した相互フォロー体制。俺の身体を白糸が引いたように、相方へ括り付けた影糸を引きよせ驚き半分文句半分を零すアバターをキャッチ。
そしたら、とりあえず鬼ごっこ開始だ。
「おいこら! なにしてんの!?」
攻めを捨て去り逃亡一択。されどターゲットは引き付けたまま、万が一の流れ弾が彼方のニアへ飛ばぬようルートを選び百鬼夜行の至近を駆ける。
唐突に米俵された先輩殿がワーワー言っていらっしゃるが、それでも咄嗟に纏う黒炎を消し去る冷静さを見せた辺り消耗は俺よりマシと見ていいだろう。
……ならば、やはり択は一つか。
「ごめん、俺そろそろ限界。間違いなく近い内に事故って落ちる」
「っ……!」
増え続け、追い続ける怪物群団を引き付けつつ、バッサリと己が終端を告げる。
口惜しいが仕方ない、自分が体力無尽蔵の真なる無敵人外でない事実は正しく理解しているがゆえに……ならばと、最後まで足搔くために。
「五十秒、頼めるかな。先輩」
「………………」
じき使い物にならなくなる身体を、最後の最後まで燃やし尽くすために。
「勿論、死なずに。俺が全身全霊を以って一旦全部……あー、九割か八割は掃除してみせるから。後続が来るまでの間なんとかニアを守ってやってほしい」
「……そこ、レイドの成否よりニアに怖い思いさせない方が優先なのね」
「弄ってる場合かぁ? ちゃんとレイドのことも考えてるっつの」
なればこそ、ここで己を賭すことに迷いはない。
途中脱落は重ねて口惜しいが、最後にレイドが勝てば万々歳。後になって切れる札を切らなかった悔いを味わうなど御免である。
だから、
「ハル」
「ん」
「アンタ可愛くはないけど、男の子してるとこは嫌いじゃないわよ」
「っは」
「任せなさい。時間稼ぎも、その後も」
さして問答もなく背を押してくれた先輩を、その場に置いて────
大きく一歩距離を取り、いざ転身。
黒髪に代わって白髪を揺らし、朗々と詠むは、
「────『我、空を翔ける者なり』」
絶えず膨れ上がる死に抗う、ヒトの身に宿した理不尽のアンサー。
あと一分半。