輝キ示せ稀人ヨ、愛を託スに足ル者ナりヤ 其ノ参
「────序列持ち、こわ…………知ってたけどさ……」
遠くの向こう、しかし地響きや音圧など確かな迫力が伝わってくる同空間。
万が一の時は自分もアレに呑み込まれるんだよな……という心の底から遠慮したい可能性の未来より目を背けつつ。最中に舞う水の閃、次いで参戦した焔の線が挑み掛かる大乱闘百鬼夜行を恐々と眺めながら。
「んぃ…………っしょ、と……!」
間違いなく、過去最高レベルの幻感疲労。今に至り気だるさMAXの身体に渇を入れ、隅々から気力を搔き集めた果てにゆっくりと身を起こす。
いつまでも、寝てられない。当然だ。
まだまだレイドは……そして自分の役目は、終わってなどいないのだから。
「さぁてぇ……?」
最後に一目、決死と必死を撚り合わせ戦場で舞う光を目に焼き付けた後。振り切るように背を向けた【藍玉の妖精】が藍の視線を向けるは一つ。
ノートPC────極まって世界観にそぐわぬ、現実からの混入物。
この〝眼〟で見た瞬間からわかっている。ガワ自体に機能はなく、これも一種の魔法の体現。ご丁寧に印字まで施されているキーボードを叩いたところで、おそらく反応を見せることはないだろう。
情報を正確に入力し、整理し、管理する。そんな力の具現。アルカディアの魔法理論に漏れず、イメージにより権能を補強するがための姿容。
ゆえに、触れるべきは外ではなく中身。
「おはなし、しようか」
【緑繋のジェハテグリエ】────PCという身体に籠められた、意志持つ心。
なにをすればいいのかはわからない。けれども、なにを求められているのかはわかっている。自分たちは、ただこの子を手伝えばいい。
そのために一体なにができるのかを、ひたすら精査し探り出せばいいのだ。
やるべきことは、この子が知っている。そしてそれを止めるべきではないと、形容し難い不思議な確信が胸の中を満たしているから。
アルカディアにおいて、説明の付かない『勘』を甘く見るべきではない。
そんなオカルトチックなセオリーに則って、ニアは気力を振り絞り再度の術式を展開。パズルを以って、液晶に映る緑の結晶へ挑み掛かる。
まさに、そんな瞬間のことだった。
「────ッぉあアィッッッ!!?!?!」
「────っうわっひゃぁッ!!?」
位置、ニアの真横二メートル。
PCの画面が軽く瞬いたと同時に出現した真黒な異変が、豪快な叫び及びサウンドエフェクトを撒き散らしながら横転&滑走。ドップラー効果を棚引かせ十数メートルも床と交流した後、くたりと停止して動かなくなった。
「「…………………………」」
ギリ乙女として許されるであろう悲鳴を上げたニアも、動かなくなった不審者も無言のまま数秒が経過……────そしてアレやコレやを察した前者は、ふいっと黒塊から視線を切って再び己の役目へ向き直った。
「し、心配のお言葉とか……」
「ギャグやってる場合じゃないんだってのっ!」
「決死のエントリーをギャグ扱いされただと……!」
斯くして、今度こそ術式を展開させたニアのすぐ隣。瞬きの間に遠くで転がる黒雑巾から傍らで立つ不審者もとい忍者へジョブチェンジしたのは身内が一人。
単身にて現れたハヤガケが、なんとも切なそうな顔で項垂れる。
「…………」
しかしながら、忍者とて何一つ状況を理解していないわけではない。危機迫る空気を感じ取れていないわけではない。ゆえに、彼はすぐさま顔を上げ────
「………………………………………………………………???」
前を見て、後ろを見て、もう一度だけ前を見て、トドメに後ろを見て一言。
「なんだこれ、地獄か???」
「そうだよ‼︎ 推定クライマックス一歩手前だよ!!!」
「一歩手前ってかそのものでは!?」
真実意味不明な地獄絵図のただなかに飛び込んだことを正しく把握し、困惑の声を上げると共に黒尽くめの身を震わせた。
「え、俺、これ、なにすれば……」
「自分で考えろぉいっ‼︎」
◇◆◇◆◇
「えぇー……?」
正論をぶっ放して集中を始めた従妹の親友に、まさしく叱られたような面持ちで。所在なさげに立ち尽くすハヤガケが零した声音は、しかし思考の先駆け。
困惑はしているが、混乱はしない。
動揺はしているが、それだけで立ち止まったりはしない。冠が獲られたとて元最速、自分以外に頼れる者がいない環境を走るのは慣れている。
前を見る。なにやらファンタジーに極めて似つかわしくない現代機器へ身内の少女が挑み掛かっているが、なにをやっているのかサッパリわからない。
人並ちょい上程度に『魔工』の腕はあるものの、当然のこと目前の【藍玉の妖精】含む職人トップ勢には遠く及ばぬ実力に過ぎない嗜み程度。
手出しをしたところで、作業進行速度を一割増にすらできないのは目に見えている。下手をすれば逆に邪魔者となってしまう可能性さえあるだろう。
ならばと、後ろを見る。
もっと意味不明。
最早『なにアレこわ』という感想以外の言葉が出てこない地獄の様相。序列持ち×2vs推定ボスエネミー目算いっぱい。字面も絵面も理解の外にて、察せられるのは悪戯半分に己が踏み込むべき領域ではないということだけだ。
「………………………………………………………………」
それっぽく腕を組み、しかめっ面を作り真剣味を気取りつつ、思う。
────大人しくしているのが正解では、と。
状況の推移に応じて自分以外は届かぬと思しき遥か遠方へと駆け、辿り着いたダンジョンの入口から最奥まで行って帰り行って帰り、報連相を挟み計二往復。
かの【剣ノ女王】様より突撃の号を頂戴して、ボス部屋と思しき行き止まりにて開きっ放しになっていた転移門を潜って来たわけだが……さてどうしたものか。
とにかく誰よりも────極一部の例外を除きレイドメンバーの誰よりも先を駆け続けて、地形およびダンジョンマッピングをこなしつつ道中に目印を刻む。
前回攻略でも任された大役は、今回においても自分なりに最善を尽くし全うできたはずだ。ならば『余計なことをすべきではない』という客観的な状況判断を信じ、この先もしも役目が生じた時に動けるよう備えておく……べき…………。
「…………………………あぁー……」
なの、だろうが。
お姫様から頂戴したオーダーは『行って。後の判断は任せる』と震えるような信頼の言葉。だから、これはきっとそのせいだ。
踵を返し、後ろを前にして、足が勝手に一歩を踏み出してしまったのは。
水の閃が舞っている。白蒼の姿が地を空を問わず、ご機嫌に刹那を駆け巡っている様子がハッキリと見えてしまっている。
勝手な思い込みだ。 ────でも、呼ばれていると思えてしまった。
〝彼〟にじゃない。この〝舞台〟に。
「……ま、俺も男ってなわけだ」
できることも、真にゼロではない。ならば、久方ぶりの一興に挑むもヨシ。
「たまには世間様に、いい恰好の一つも見せときたいよ────なァッ‼︎」
ヤケクソ気味の気合を放って、黒の姿が掻き消える。
駆け出す脚を躊躇う必要は、今に限って無いような気がしたから。
走って走って走り続ける。ただそれだけの生き様。