輝キ示せ稀人ヨ、愛を託スに足ル者ナりヤ 其ノ弐
目視良好、推定不能。押し寄せて来るは無数の怪物。
絵面は最早カタストロフィ。全人類に『世界の終わり』を描けと言ったら、まあそこそこのパーセンテージを獲得できるのではないかと思しき狂乱の図。
当然そんなもの、こちらも正気じゃ戦ってられん。
アレに飛び込むとなれば矮小なプレイヤーのHPなど全くもって意味を成さないだろう。たとえ【藍心秘める紅玉の兎簪】の致死無効が在ったとて、一度でも被弾するようなヘマが発生する=終わりと思った方がいい。
なぜならば、
「ハルッ!」
俺が拝命する役目は前衛ソロ────つまるところ、百を優に超えるボスエネミーのタゲを一身で受け持ち踊り狂う馬鹿の極みに他ならないから。
瞬間瞬間で向けられる致死の数は十や二十では利かないはずで、ゆえに僅か一度の保険程度では真実なんの役にも立たないだろう。
それなら保険などHP諸共に潔く放り出し、初っ端から《鍍金の道化師》のスキルクールタイム減少効果を上限アクティブにしておく方が重要だ。
「ッしゃいくぞオラァッッッ!!!」
『決死紅』起動、開戦点火。
操作の際に何かしらの介入をしたからそうなったのか、なんもかんもわかんねぇ。けれども、ボスどもの転送位置が遥か彼方の遠方なのはありがたい。
こっちから迎え撃って出りゃ、死守すべき職人様と謎PCから距離を稼げる。
「────ッ……んじゃまあ景気付け、のぉ…………!」
大股一歩、数百メートル。瞬きの間に随分と近寄った地響き怒号と地獄絵図を前にして、この手に想起は無理無茶無謀の大狂騒開幕に相応しき嚆矢。
「一番槍、ってなァッ‼︎」
《天歩》&《天閃》起動および外転出力『廻』臨界収斂。ハイ、それでは振り被って元気よくせぇ────────んのァッッッッッ!!!!!
「《天……──」
ざっくりターゲティングからの乾坤一擲。
更に《ルミナ・レイガスト》起動。
流石に恐ろしいまで個性豊か千差万別な百鬼夜行、姿形は勿論サイズや性能も様々なれば脚の速さとてピンからキリまで。自然と縦へ伸びながら進撃してくる相手側の一番槍……下半身に蛇の尾を揺らす巨大ハヤブサの、片目が爆ぜる。
突き立ったのは勿論のこと、俺が投じた【魔紅蒼槍・鯨兎】の槍先。
そして、
「────歩》‼︎」
もう片方の目へ暴風を纏わせた左拳を叩き込めば、先方勝負は無事勝利……には、ちと足りなかったらしいので追加の〝六重〟だ貰っとけァ!!!
「まずひとぉーつ……!」
斯くして爆散する敵方先頭。舞うは燐光、出でるは緑を滲ませる結晶柱。
一瞬にも満たない刹那、果たして今まで通り確保すべきなのか否か迷いかけるが────問わずとも齎された答えに従い、無視して傍らに浮いた槍を掴み取った。
視界の内で勝手に解けて消えた『異層核』は今後一切無視決定。そんなことより……さぁ踊れ、伸ばせば手が届く距離に次がいる。
《エクスチェンジ・インプロード》起動。契約設定、三秒以内。
「─────────────────────ッぁらアぃッッッ!!!!!」
〝想起〟連打。《天歩》連打。叫び散らすは我武者羅の声。
左へ携えた槍と共に、次から次へ得物を喚び出しては擦れ違う化物どもへ一心不乱に叩き込んだ果て。最後に右手の中に在ったのは……────
おい、どんな切れ味だよテメェ気に入ったぞ新入り。
初陣一閃。見るからにアホ硬そうな小型鋼人形の腕を大した抵抗もなくスパッと落とした【ディアウス・アルターラ】の黒曜が一振り。
でもって、トリは設置済み。配線もバッチリこの通りだ。
「────はい、ドカン」
いざトリガー。広範囲に喧嘩を売りつつバラ撒いてきた【紅玉の弾丸兎】に結ばれている【九重ノ影纏手】の糸を引けば……俺(男)こと〝表〟の魔力で紡がれた影指は撃鉄ではなく、転身体専用に造られた『銃』その物に火を点ける。
轟音、激光。
どいつもこいつも凶悪な面したボスどもの目と鼻の先に置いてきた紅砲が弾け飛び、暴発した反応弾が赫々たる魔力の暴威を撒き散らした。
然らば今を以って、装備可能武装全装備&全攻撃判定起こし完了である。
契約履行。発動するは《エクスチェンジ・インプロード》の成功時発現武装強化効果〝白渦の波濤〟────付与するのは、勿論のこと。
煌々と水光をひけらかす、主が身の丈をも超える大鎌の刃。
視界良好。記憶完了。ルート構築。呼吸と思考に暫しの別れを告げて────
「そぅら、覚悟決めて戦ってやん……よ────────ッ‼︎」
《天歩》、超連続点火。
【αtiomart -Sakura=Memento-】や【魔紅蒼槍・鯨兎】など俺が持つ【遊火人】製の魔力武装には、とあるメリットとデメリットが表裏一体の特徴がある。
それは『手応えが希薄なこと』だ。
現実のソレとは言い表し難い差異があるものだが、当然のことアルカディアでは攻撃に際して『手応え』がある。対象がなんであれ剣で斬ったら剣で斬ったような感触が実際に己の手へ返ってくる訳で、打であればそれもまた然り。
人によってはコレがしんどいというのも、仮想世界での戦闘行為のハードルを引き上げている一端でもあるが……まあ、とにもかくにも〝感触〟が在るのだ。
この『手応え』────言い換えれば『反動』が、魔力武装で攻撃を通した場合だとメチャクチャに薄い。薄いってか、もうぶっちゃけ無い。干渉可能な力や手段で受け止められた場合はその限りではないが、基本的にスルッといってしまう。
ちなみにカグラさん曰く現状『打面を作るのが難しい』らしく、魔力武装には打撃武器がない。つまり斬撃or刺突の二択なので、斬るか貫くかしかない。
つまり、スッパスパどころかスッラスラorスッルスル。それのなにが問題かといえば、目視と勘以外に攻撃の成否を判断できなくなってしまうという点だ。
攻撃が当たってんだか外れてんだかを視覚以外で受け取れない。これがもう、結構な慣れがないと脳がエラーを起こして大変なことになる。
少なくとも、仮想とはいえ自分の身体で実際に武器を振って戦うアルカディアでは────手応えは爽快感以外に、重要な役割を果たしているということだ。
とまあ、そんな辺りがデメリット。【αtiomart -Sakura=Memento-】の運用訓練で散々な目に遭って今は慣れちゃいるが、最初期はそりゃもう苦労した。
然らば転じてメリット方面。同じく『手応えが希薄なこと』が、戦いにおいてどうプラスに作用するかと言えば……これに関しては、まあ簡単。
────どんだけ無茶苦茶に攻撃行動を連発しても、標的に速度が奪われない。
つまり、俺が好き放題に使うとこうなるってな訳だ。
◇◆◇◆◇
「…………………………アレ、やっぱ人間じゃないわね……」
一応、命じたのは自分。ならば素直に従うまま目視不能な速度でカッ飛んで行った後輩を褒めてやるべきなのだろうが、アレを果たして褒めるべきか。
縦横無尽。ふと一瞬止まったと思えば、また縦横無尽で以下ループ。
姿を捉えることなど叶うはずもなく。ナツメの目に映るのは一所で足を止め円を描き出した百鬼夜行と、その最中でしっちゃかめっちゃかな文様を描き続ける水光のラインだけ……相も変わらず、極まって意味がわからない。
擦れ違う致命は無数。腕が振るわれている、足が振るわれている、触手が振るわれ翼が振るわれ、果ては色とりどりの光線やら魔法が飛び交っている。
そんな中を……おそらく超速機動のルートを再設定するがため要する一瞬の停止を除いて、減速を蹴飛ばし加速のみを以って翔け続けている。
「………………────っ……、はぁああぁあぁぁああぁ……!!!」
ならば、そんな現状を見て。
後衛を引き受け取り残されたナツメが叫ぶべきは、決して『頭の中どうなってんだろう』などという純粋無垢な疑問ではなく……。
「ぁんのアホ全部まるっと引き付けてんじゃねぇわよ取りこぼし来る気配ゼロじゃんウチも前に出ろっての!? ────上等だわ待ってなさいよッッッ!!!」
後輩に次ぐ、ヤケッパチ百割が占める鬨の声……斯くして、糸は舞い踊り、
「────〝操奏戯曲〟……ッ!」
糸を繰り身を繰る白黒子猫が、炎焔を散らして床を蹴る。
冠する称号が如く糸を巻いた、華奢な身体は疾く駆けゆく。流石に後輩には追い付かないまでも、決して己がステータスのみでは叶わない速度を以って────
地獄の渦へと、迷うことなく突き進んでいった。
つまり身の丈を越える大鎌の刃が、なにをどんだけ斬ろうが裂こうが勢いを減じることなく加速するまま縦横無尽に駆け回るってこと。怖い。
それはそれとして、教え合おうぜって言ってたからね。