輝キ示せ稀人ヨ、愛を託スに足ル者ナりヤ 其ノ壱
「相変わらず時間ないし、あたしも詳しいとこまで理解できてないから必要なことだけ……これから起こること、戦闘係にお願いしたいことだけ説明するね?」
四角形が六方へ弾け飛ぶように、壁と天井が俺でさえ追い付けぬような速度で遠ざかり一息で────狭苦しい空間から『広さ』それだけで形容し難い畏怖を生むほど、途方もなく超広大な空間へと造り変わっていく。
「『緑繋』攻略って、つまり〝挑戦〟じゃなくて〝救助〟なんだよ。〝援護〟か〝助力〟でもしっくり来るかな。とにかく、この子は何かをしようとしてる」
俺たちがその変貌を認識できたのは、闇を吹き飛ばす明かりが齎されたから。
というよりも、まるでディスプレイの明度を上げたかのように光源もないまま視線が通るようになったから。暗いはずなのに暗いと感じない、暗闇の中から意識へ直接〝色彩〟を叩き込まれているような言い知れぬ感覚。
「あたしたちに求められてるのは、簡単に言えばデバッグ作業。壊れちゃってるシステムをどうにかして、エラーループしてる〝役割〟を遂げさせてあげること」
然して、どこまでも見通せる馬鹿げた巨大空間の中心。
特大の幻感疲労に絡め取られているのだろうニアは『ノートPC』の前で倒れたまま、動かぬ頭を一生懸命に回しているとわかる表情で言葉を整えながら。
「んで、こう、メチャクチャ端的に解決法を言っちゃうと……いろんなエラーが重なったせいで統合できなくなってるリソース────〝魔力〟を集めるの」
最早一刻も立ち止まらず、次から次へ推移していく状況を唖然呆然と見守るしかない俺たちへ、職人殿は疲労極まりふにゃふにゃのまま真剣に告げた。
「やること、変わんない────とにかく、ボスを、無限に倒して……!」
「「────────………………たお、して、って……」」
俺、そしてなっちゃん先輩が掠れた声を重ねながら見やる先。比喩なく『街』を収めて余りあるであろう巨大空間に、光が灯る。
一つ、二つ、三つ……────十を越え、百を超え、どこまでも終わりなく。
「ごめん。機能の大半が壊れちゃってて、選択肢なかった……」
虚空から湧き出した淡い光の下へ、ポリゴンが寄り集まっていくような極めてゲーム的な演出……それが、数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほど無数に。
「あたしにできたのは、一個。ずっとずっと機械的に一つの手順を繰り返すことしかできなくなってる〝この子〟に代わって、強引に持ってくることだけだった」
「強引、に」
「持ってくる」
「ダンジョンに必ず備わってる『攻略達成時の転移門生成機能』……アレを、無理矢理────端から端まで一斉に全起動しました」
「「……………………」」
「で、えっと……ボスエネミーを強制転移対象にして、行先は此処」
「「……………………………………」」
「欲しいのは、さっきまでと一緒。ボスに紐付けされてる『異層核』」
「「…………………………………………………………」」
灯る、灯る、灯る灯る灯る。
そして、次々────姿を現すは化物怪物の百鬼夜行。
「………………ニア」
「はい……」
「任意範囲指定とか、喚び出し数の調整は効かなかったのかなぁ……なんて」
「あの、簡単に言うと『無差別全招集ボタン』しか息してなかったんです……」
「……わかった。了解。確かに択ナシか、理解した。よく頑張ってくれた偉いぞ」
然して、まず俺が諦めて。
「……ニア?」
「はい……」
「猶予時間をどうにかするとこで、留めとくことは無理だったのかしら……?」
「それ、順序が逆で……。えー、なんというか…………異界中に在る魔力溜まりからボスを喚んだ────つまり〝門〟が繋がった一瞬で少しずつ流入した魔力を搔き集めて、ギリ安全確保のためのプログラムを走らせました、的な……」
「…………………………あの土壇場かつ短時間で、よくまあそこまでアレコレ繋いでみせたわね? ……わかった、文句なし。よくやってくれたわ」
斯くして、なっちゃん先輩も諦めて。
「「なら、まあ……────仕方ないってことで」」
順繰りに覚悟を決めた俺たちは、伏せるMVPに笑みを返して前へ出た。
「ある程度ポップの方角が固まってるのが不幸中の幸い、かしらね」
「一方向って言うには扇形が過ぎるけどな……」
「文句言わない。それとも、一生懸命頑張ったニアに文句言うつもり?」
「ド畜生でしょソレ。むしろ称賛しかねぇわ流石は俺の専属細工師殿」
「惚気は二人きりの時やりなさいな」
「第三者なしに惚気って成立しなくない……?」
十指に〝糸〟を侍らせ調子を確かめている先輩の隣、我ながらわざとらしい屈伸運動を披露しながら無理矢理に心を落ち着けていく。
「ま、ニアが特別に頑張ってウチらが一番乗りしたけど……ゆうて他も大概でしょ。どうせすぐに解析完了して、わんさか応援が来るに決まってるわ」
「それについては、他ならぬ俺の専属魔工師殿も尽力してくれてることだしな。同意しかないってか精々アレだろ、数十秒くらい死ぬ気で時間稼げば大丈夫だろ」
地響きが、近付いてくる。
おそらくは、この超広大な空間もダンジョンの一種。一つのボス部屋と同義のなにかなのだろう。そしてあれほど……数えるのも億劫なほど無数の化物怪物が集まったのなら、そりゃ感知能力に優れている奴の十匹やニ十匹いて不思議ではない。
ならば、いくら広大とはいえ遮蔽物のない空間で共に在って俺たちに気付かぬ道理はない。そしてヒトと認識すれば基本例外なくプレイヤーへ襲い掛かるゆえの『エネミー』であり、駆け出すモノがいれば後には追走が連鎖する。
然らば、形成されるは百鬼夜行の大津波。
千差万別様々の異形が大挙して押し寄せる様は、かつて挑み掛かった【赤円の残滓】たちのソレをも超える馬鹿げた圧力と死を引っ提げた地獄絵図。
「ねぇ、ハル」
「なんでしょう、なっちゃん先輩」
ゆえに、誰あろう、
「ちょっ…………と、洒落になんないくらい怖いんですけど」
声を身体を震わせたとて、笑われる謂れはないだろう。
「心の底から同意しますとも……」
それは俺もまた然り、声を震わせ同意する他ないのだから。
──────けれども、だがしかし。
「…………一回しか言わないから、よく聞いときなさいよ。このアホみたいなシチュエーション、隣にいるのが【曲芸師】なのは────【剣ノ女王】と【城主】と【剣聖】様と【群狼】さんの次くらいに頼もしいわッ……!」
「第五位っすか。そりゃ結構な、高評価じゃねぇのッ────‼︎」
焔を宿す、そして心臓へ刃を突き立てる。
先輩殿が〝糸〟へ闇の黒炎を奔らせるのと、俺が抜き放った兎短刀で躊躇なく己がHPを吹き飛ばしたのは全く同時のことであった。
ならば燦然と輝き並ぶのは、それぞれの名を体現する〝冠〟が二つ。
そして叫ぶは────
「「 か か っ て こ い や ぁ ッ ッ ッ ! ! ! ! ! 」」
ざけんなテメェらも恐れ慄けとばかり、意地を籠めた戦意の咆声だけだった。
パーティの時間だ。
ちなみに百鬼夜行の強制転移位置についてはニアちゃんが可能な限り介入したゆえのコレだし、全召集と言いつつ次々に転送されて来てるのはニアちゃんが一括ドンではなく順次転送になるよう辛うじて調整を成功させたから。
つまりニアちゃん天才どうだ参ったかってこと。