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「────………………全部、消えた」
然して、それは〝異界〟のどこかで空を見上げる誰かが呟いた言葉。
「特異個体とやら、全攻略……?」
色を司る御柱の背上に止まるモノか、はたまたレイドの枠を越えて仮想世界全土に響き渡ったモノか、激震と共に屹立した光の塔を見る誰かが呟いた言葉。
「…………で?」
四点の制圧が成され、しかし世界は『まだ途上』とばかり次ぐ反応を見せず。
「「「なにが起こる……?」」」
抱いた疑問を精査する余裕も乏しく、境界を踏み越えたプレイヤーたち全てが各々の役割を全うすべく攻略に挑み続けた果て────
「────────────わ、…………かっ……た、かも……ッ!」
誰よりも早く未知の尻尾を掴まえて見せたのは────モノを見通し視通す〝眼〟を輝かせるまま、恋という熱を以って己を突き動かす乙女だった。
◇◆◇◆◇
「────ッッッマジか!!!」
「────ッッッマジで!!!」
斯くして、叫びは抑えること叶わず。
反射の如く迸った喝采の声音は己の口だけでなく向かいからも。なっちゃん先輩と挟み込む形で固唾を飲んでいたところへ、齎されたのは〝希望〟が一つ。
解析開始から十分弱。
つまり、猶予時間は残すところ極僅か。集中を乱す訳にも行かず、ただひたすら信じて待つのみだった俺たちから託心を受け取ったニアが────
「なんもかんも、暇ないよねッ……!?」
「ないッッッ!!!!!」
「なんでもいいからやんなさいッッッッッ!!!!!!!」
説明するためのソレも、同意を問うためのソレも、彼方の仲間と状況を共有するためのソレもない事実のみを、疲労に満ちながら諦めを蹴飛ばす声で繋ぐ。
残存カウントは、あと五つ。
つまり、あと僅か五十秒で今攻略の敗北が決まる今。
「ッ……システムコール────〝Relocate〟‼︎」
両脇で見守っていた俺たちの手を取った彼女が、解析を遂げた戦果を堂々と世界へ叩き付けたことで……果たして、訪れる次の変遷は。
「〝Unit code〟────【Nier】【Haru】【Natsume】ッ!!!」
藍が求めて青が応える、此方と彼方を繋ぐ転移の光だった。
「「──────────っ……」」
「────ッ……ぬぁいっ!」
一瞬の断絶、そして再接続。運び連れられ投げ出され、前へと開かれた未知の景色に目を瞠る────のは、俺と先輩の二人だけ。
転移の感覚に際して咄嗟もとい無意識に身体を抱き上げていた俺に着地だけを任せ、まるで最初からわかっていたように……否、事実わかっていたのだろう。
気合一声。疲れ切っているだろう仮想の身体を自分で蹴飛ばすようにして、自ら俺の腕を解いたニアが勢いよく駆け出していく。
そして、彼女が必死に足を向けた先。
広くはない、静かな空間。
音はなく、匂いもなく、在るのは冷たい空気だけの空間。
ただただ、物悲しいまでの薄暗闇だけが満たす、孤独な空間にて。
「はぁ……!?」
「なにが、どういう、アレなのよ……!?」
在ったのは、一つだけ。
真なる暗闇だけは拒むように、仄かな光を放つ緑の結晶────ビー玉のように小さな小さなソレを画面に収めた、一台のノートPC。
それに、一も二もなく飛び付いたニアは、
「────プログラム!!!」
液晶を撫でるでもなく、キーボードに触れるでもなく、ただ両手を翳して己が術式を発動させると共に疲労と焦りで掠れた声を放った。
「魔力、ゼロな訳だよっ! 生き物じゃないんだコレ────ッいや生きてるんだけど、あぁ違うアレもう正確には死んっ……────とにかくッ!」
わからないが、それはおそらく呆けることしかできない俺たちへの説明と自分へのおさらいを兼ねるかのような説得の言葉。
「これが本体! 他は全部が全部まるっと一つ残らず繋いだ寄せ集め! 最初は他の誰より小さくて、何千年も何万年も掛けて誰より大きくなったモノ‼︎」
残り三十秒と少し。
────カシャリ、
「おっかない顔して大人しい訳だよ……! 敵じゃない、待ってただけ、自分じゃ、もう〝役割〟を果たすことが無理なくらい壊れちゃってるから……!」
残り二十秒と少し。
────カシャリ、カシャリ、
「『制限時間』じゃなくて、この子がくれた『猶予時間』ッ……本当なら招き入れた瞬間なんでも区別なく取り込んじゃうくらい暴走しちゃってる権能を、一生懸命に抑え込んでくれてるから、あたしら入れるってことじゃんね!」
残り、十秒。
ここへ至っては余力を燃やし尽くすとばかり、見たこともない剣幕かつ見たこともない速度で〝パズル〟を駆け巡らせる【藍玉の妖精】を見やり、俺たち二人は最早ただただ呆気に取られ続けるのみ。
当然のこと、なにを言っているのかサッパリわからない。そして勿論のこと、なにが起こっているのかもサッパリわからない。
けれども────
「だからっ」
九秒、
「つまりっ」
八秒、
「とにかく、」
七秒、
「キミはっ────」
六秒、五秒、四秒、
カシャリ、カシャリ、カシャリカシャリカシャリ、
カシャリ。
「──────『助けて』って、呼んでたんでしょ!!!!!」
全員の理解を置き去りにするまま、藍玉の技と感情が駆けて────ゼロ。
「っ、は………………………………ふ、へ……ふぇ、へへへ……」
カウントが、消えた。
敗北を告げる限界時間の印をも、共に連れ去っていった。
「「…………………………」」
そして俺たちは、まだ生きている。
ステータスに変調はなく、唐突にHPとアバターが消し飛ばされる予兆もなく、ひたすら静かな空間に在り続けることを許されている。
斯くして纏っていた鬼気迫る空気を一瞬で霧散させたニアは、ふにゃっふにゃな笑みを零すと同時パタリと力なく倒れ伏して────
「端から端まで一体なに言ってんの、あたし……こわぁ…………」
正真正銘もう力尽きたとばかり、今にも死んでしまいそうに思えるほど細い声で。彼女と俺たちの無理解が、共通のモノであることだけを示す。
成程。わけわかんないけど、わけわかんないままどうにかしてみたらどうにかなったと……まあ然り。少し前にも、なっちゃん先輩が言っていた通り、
まさしくこの世界では、よくあること。
────……で、だ。
「…………えー、あー、お疲れのとこ悪いんだけど……ニア、さん?」
「…………………………」
アレで本人も全く理解できていないらしい、つらつら口走っていた言葉の数々。それらに関しては、今のところ解説を後にしてくれても構わない。
今、この瞬間、俺たちが────つまり、無事なにかしらの『仕事』を果たしたような顔をしている職人様から舞台を引き継ぐ武力担当が問うべきは、
「これ、なにが来る感じです……?」
ただ一つ。
肌が感じ取る微細な震動と、意識が感じ取る激甚の嫌な予感その理由だけ。
「「「…………………………」」」
果たして、時間に追われるまま状況についていけていない二人。そして理解の及ばぬまま閃きに従い突っ走った一人の視線が交錯し、数秒。
「………………────ごめん、地獄かも」
放たれたのは、緩い笑みに相応しくない不穏な言葉。ならば当然のこと、俺が隣り合う先輩と引き攣った笑みを交わした瞬間────
世界が、音もなく、爆発した。
全部わかんなくて結構。当人たちも全部わかってない。
でも推測可能な要素は此処に至るまでの二百四十万文字に九割がた揃ってる。
後で当然のこと程々に説明は入るけども、考察勢はオヤツにしてくれていいよ。