然シて来たレ青ノ子ら、扉を閉ザす由ハ無ク 其ノ陸
◇Raid chat◇
【Iris】:『情報伝達は端的に簡潔に』
【Iris】:『混線を避けるため発言は各小隊毎リーダーor職人一名に限定』
【Iris】:『ダンジョン内ではチャット機能が利用できないため注意』
【Iris】:みんな、頑張りましょう。
────────……
──────……
────……
【ルクス】:今のなにー!!!!!!!?????
【Iris】:伝達を。状況の推移に関わっている人は速やかに状況を教えて
【Iris】:ルクスは大人しくしているように
【Lilac】:報告。【不死】を擁する小隊含む四パーティにて特殊ボスを撃破
【Lilac】:名称【administrator:02】
【Lilac】:外見『全身が木の根で構成された牡鹿』
【Lilac】:脅威度推定『ハーフレイド級』あるいはそれ以上
【Lilac】:特異な名称の他、HPバーが表示されないなど色持ちに類する特徴アリ
【Lilac】:また討伐後、なんらかのコンソールと思しき物体が出現
【Lilac】:現在【彩色絢美】含む職人が解析中
【Lilac】:指示を求む
【Iris】:進んで
【Iris】:時間的猶予がない
【Iris】:解析が成功した場合、またそれによって何かしらの進行が発生した場合
【Iris】:迷わずに飛び込んで
【Iris】:ただし仮に移動が発生する場合
【Iris】:可能ならナツメの糸を預かる者を一名その場に残しておくこと
【Iris】:できれば報告も。あの子が応援を向かわせるはずだから
【Lilac】:了解、連絡終わる。パーティへ合流します
【タイガー☆ラッキー】:姫さん。俺ら今けったいな塔の真ん前や。
【タイガー☆ラッキー】:突入するで。時間あらへんし。
【Iris】:お願い
【Iris】:安易に想定するなら報告のあった特異個体がいる可能性がある
【Iris】:気を付けて
【タイガー☆ラッキー】:なる早でぶちのめせの間違いやろ?
【タイガー☆ラッキー】:ほな行ってくるわ
【Iris】:各員、ナツメの糸に従って
【Iris】:引き寄せが発生していない小隊は時間稼ぎを続行
【Iris】:呼ばれている小隊は迅速に移動を
【バラスト】:報告。現在、塔へ急行中
【バラスト】:道中で行き会ったソラちゃん&カグラ姉さん含む四名
【バラスト】:ただ、少し距離があるので到着まで推定五分……
【バラスト】:か、それ以上を要するかと
【Iris】:了解。攻略後に可能であれば再報告を
【バラスト】:まあ、この面子で戦闘面の不安皆無はそうですよねぇ
【バラスト】:失礼、了解。連絡終わる
────────……
──────……
────……
【Iris】:ハル
【Iris】:今、どこにいるの?
◇◆◇◆◇
世の中には、やっちゃいけないことってのがある。
それはなにも法に触れるだとか、そういうガチめなやつに限らず。道徳的にだとか、他人を思ってだとか、フワッとだが確かに存在するラインというものがある。
そう、例えばゲームに関してなら────
「────ッッッざけんな、なんだこのクソボスッッッッッ!!!!!」
「────ッッッざけんな、なによこのクソボスッッッッッ!!!!!」
限界RTAを要するコンテンツの中へ、超絶遅延要素をぶち込んでくるとかな。
俺のソレだけでなく、なっちゃん先輩の乙女にあるまじきガチギレ怒声までが響き渡るは閉鎖空間。サファイア渾身の『星還飛行』を以ってして、三分弱で果てしない道中を突き抜け辿り着いた〝塔〟の奥底。
エネミー名【administrator:03】────全身が木の根で構成された亀とでも言うべきソイツは、ひたすらの不動を以って挑む者たちを煽り散らかしていた。
「ちょっとハル! いい加減なんかやりなさいッ!!!」
「なんかって言われてもなぁ!?」
なお、不動とは=本体不動。即ち自在に蠢き蔓延る木根の矛先は縦横無尽。まあそれ自体の迎撃は二人掛かりでどうとでもなるのだが……。
大問題なのは、戦闘開始から二分が経過して────序列持ち二人掛かりで、それだけの時間を費やしてなお、奴に手傷らしい手傷を負わせられていないこと。
斬れども打てども撃てども、体長三メートルほどの鉄壁(木)の牙城は通さず響かず。物理攻撃は悉くを甲羅(木)と外皮(木)で弾き散らし……HPバーは見えずとも、毛ほども効いていないのを察するのは容易も容易。
刀もダメ、拳もダメ、挙句の果てには浸透撃こと【震伝】&【山彦】さえも拡散する木根に衝撃を逃がすことでレジストされた。
意味不明。いっそ物理無効能力を備えていると思うべき馬鹿げた防御性能だ。ならば魔法はどうなのかと言えば……──
「やっぱ燃やそうぜ‼︎ だって木じゃんアレ! イケるってッ!!!」
「だぁから! ウチの〝炎〟はそういうんじゃないんだっての馬鹿!!!」
精霊祝福スキルを擁する俺の水魔法は悉く無傷で凌がれ、なっちゃん先輩に関してもこの通り。この世界の生き物は大なり小なり魔力を持つという設定上、どんな相手でも少なからず通用するはずの『黒炎』は残念ながら用をなさない。
なぜかといえば、
「アイツも魔力ゼロなんでしょ!? んじゃダメに決まってんでしょ一ミリも効かないわよニアがパンチする方がまだマシだわ悪かったわねぇッ!!!!!」
「ごめんてそんな怒んないで!?」
彼女の闇魔法は、対象の魔力量に応じて暴威を増す収奪の焔。裏を返せば、魔力を介さないモノに関しては一切の影響を及ぼさない不熱の影。
つまるところ、後方でハラハラと戦況を見守っている【藍玉の妖精】殿の〝眼〟が魔力ナシと断じたアレには通用しない。
相性問題。どうしようもなく仕方のない話。
巧み極まる糸繰りで木根迎撃のほとんどを受け持ってくれているだけ、少なくとも常人を遙かに超えた活躍はしてくれている。俺とて文句を言うつもりはない。
それを向ける相手など、目前に居るド畜生をおいて他に在りはしないからだ。即ち、やはり、結局は彼女の言う通り────
「えぇい、しゃあなしだ……!」
この場は俺が、なんかやるしかないのだろう。
「なっちゃん先輩、ガード全部任せるッ!」
「何秒!」
「なるだけ長く!!!」
然らば、絶え間なく襲い来る無数の矛先を躊躇なく先輩へ託し足を止める。
間違いなくハーフレイド級には類するだろうと思しき大した手数と圧力だが、この程度は俺の尊敬する【糸巻】殿なら問題ないだろう。
なんか怒ったような声が耳に届いたのも気のせいということにしておこう。今はとにかく目を閉じて……────静かに、静かに、沈む。
喚び出すは、翠刀。
「〝四凮一刀〟……────」
今から放つは未完の技。理論的に威力の上限がないゆえ完成を定められぬ四の太刀《爐》とは異なり、単純に俺の技量が足りていないため了を見ない未熟の剣。
こんなもの、間違っても【剣聖】の弟子として世間に晒していい訳がない。けれども序列持ちとして、持ち得る札を切らず無様を晒すこともまた然り。
ならば是非もない。恥を忍んで、今を精進の場とするのみ。
右の順手、左の逆手、そして鋒は地に突ける。全てを以って歩み斬る剣、此度に描くのは線でも閃でも円でもなく────
「試製、三の、太刀……ッ!」
〝点〟────向かうは、下。
外転出力『廻』臨界収斂三重。全てを籠めた【早緑月】の鋒を足元へと突き付けるまま……動かず、双脚を踏み込めば、閉鎖空間を地轟が揺らす。
まだ、一つ。
もう一つ、更に一つ。
ボス部屋という破壊不能空間でもなければ軽率に地を砕いてしまう力の拡散は、他でもない俺の未熟の証。恥を堪え、何度も何度も地を揺らしながら、しかし今だけは余計な雑念を彼方へ蹴飛ばし心意と集中を手繰り撚る。
撚り、
撚り、
撚り合わせて────今。
さぁドヤ亀このやろう。これでダメなら後は自滅覚悟の鬼札ツッパしかない訳だが、思うにテメェも流石にガチの無敵じゃあないんだろ?
動かず、揺るがず、一瞬たりとも離さず床にビタ付けとくれば、
どうせ〝腹〟が弱点とか、そんなとこだろうよッ‼︎
「────《谺》」
推測二割、願望八割。まだ見ぬ腹下こそ突破口と信じ、放つ地奔りは三の太刀。
連結した『廻』の出力を地面へ叩き込むと共に、強引な多段ロケット方式で対象の足元へ斬撃を送り込む不動強襲の刃。
馬鹿げた精度の思考操作技術を要する上に、今の俺では地中での出力拡散を避けられず威力は並の必殺程度。更には一度に三重以上の出力収斂を強いられ消耗もマッハかつ溜めが長過ぎるため、実戦運用基準には程遠い。
だがしかし、相手がビタいち動く気配も見せぬ亀野郎となれば話は別だ。
放たれた一刀は、地を伝い。
完全防備ゆえの完全無防備であった腹を形無き刃に襲われた木根の怪物は、それまでの不動要塞っぷりが嘘のように……いっそ、軽々と見える挙動で。
『──、────』
形容し難い斬響音と共に、撃ち上がった。
「「──────────」」
瞬間、好機を見逃す序列持ちではない。
反動、咄嗟に身体が動かない。
糸が奔る。
捉えるは俺、捕らえるは敵。
「ッ……ぃ、ぎ────!!!」
なにをしても不動であった先までの理不尽はないものの、その重量は決して全てがまやかしではなかったという事実を告げる力みの声音。
けれども、彼女は歯を食いしばり、
「────ぶちかませぇッ‼︎」
「っしゃオラァッ!!!」
意地を以って糸を繰り、景気よく俺の身体を前へと放つ。
足を引かれ引き倒され、後頭部を強打したのはご愛敬。Lv.100のアバターがその程度でダメージを受ける訳もなく、度外視して然るべき必要経費。
そして、強制豪速スライディングの途上。
初動を助けられ、送り届けられ────必死に宙へ繋ぎ止めようとする糸を引きながら、刹那の内にゆっくりと落下する亀の真下。
真に無防備を晒したウィークポイントを目前に、身体へ自由が舞い戻る。
『廻』の収斂は間に合わない。技術の介在する大技を用意している暇はない。
ならば、技術の介在しない純粋なる必殺を放つのみ。
結式、一刀────
「口伝ッ……‼︎」
それは、流派を継承したと世界に認められし者へ与えられる証明。
それは、スキルと化したアーツの結晶。
「────《結風》ッ!!!」
放つは追撃にして終撃の刃。直前に放った技の威力全てを上乗せした上で、どんな体勢からでも瞬間的かつ強制的に放つこと叶う刹那の一刀。
斯くして、落下する超重量と昇る翠刀が交錯し────
後に、残ったのは。
「────────────………………ッぶっはぁ……!!!」
舞い散る深緑の燐光を見上げるまま。
亀と地面によるサンドイッチの未来を回避し、床に転がる俺一人だった。
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