然シて来たレ青ノ子ら、扉を閉ザす由ハ無ク 其ノ伍
おおよそ十分。ほぼ真逆に進行していたのだろう最遠の位置関係を呪いつつ、今攻略の要たる導こと〝糸〟が知らせた呼び声を目指していた最中のこと。
「────ッ、なんだ……!?」
最速で空を翔けるサファイアの背にて、反射的に声を上げた俺が見やる先。
「っんえ……?」
そして、どうにかこうにか積み核を消化し終えて俺の腕でグッタリしているニアが、僅かに肩を跳ねさせつつ向けた視線の果て。
「…………」
更に傍ら、目を細め冷静に状況の推移を見つめる子猫の、黄色に輝く瞳の中。巻き起こった異常は、明快にして盛大なモノだった。
進路真っ直ぐ、刻一刻と数を減らしていく猶予のカウントを睨みつつ距離を詰めていた目的地。いまだ彼方の遠方にて、空へ放たれたのは深緑の光塔。
「────〝祝砲〟……」
もしもニアが同じことを思い浮かべていたのであれば、俺たち三人の思考は統一されていたことになる。目に映る光景を表す既知の言葉は、なっちゃん先輩が呟いた単語以外にないだろうと俺も思っていたゆえに。
未踏破ダンジョンが初攻略された際に起こる、天高くを照らす発光現象。常の赤と今の緑で色こそ違えど、その光景を見間違えるプレイヤーはいないだろう。
俺は実際に自分の目で外から見たことはないが、現実からアーカイブ越しに知識を蓄えているため例に漏れることもない。柱の立ち昇り方がまんまソレだ。
然して、
「………………ん、で? なにが────」
起きたのか。変じたのか、遷ったのか。
一秒、二秒、三秒と貴重な時間が過ぎていくのを強く意識せざるを得ないがため、焦れた声音が口を突いて出かけた瞬間のことだった。
「──────ッッッぃ……!!?」
「──────うわっひゃあっっっ!?!?」
「──────にゃッ……!?」
三者三様、しかし同一の色を以って零した声音は当然のモノ。
空の上、竜の上……────だというのに、届き得る振動。まるで巨大怪獣が大地を裏から殴り付けたかのような激震が異界の地を迸り、地轟の音が鼓膜を叩く。
斯くして、お利口さんに咄嗟の飛行中断から安定滞空姿勢へ移行したサファイアの上。各人もう完全に反射の行動で互いに互いを引っ掴み合い、団子になった上から更に誰かさんの〝糸〟でグルグル巻きに固まった俺たちは……。
「「「……………………」」」
自然と息を殺し更なる異変を待ち構えるも、どうやら次弾も余波もないようで。
成程、どうやら状況の推移は収まったらしい────今の激震が齎した、容易に視界へ映る三つの異変を残すままに。
〝塔〟が、三つ。
それぞれに、彼方の向こう。ちょうど先の祝砲を含めれば四角形を形成していると思しき位置関係および距離感の地点。天を突く祝砲のソレとは異なり、揺らめき昇る魔力が如き……いや、おそらくは────
「なに、あれ…………太陽でも見てるみたいなんですけど……!!!」
藍の双星を輝かせ視たニアの言を以って確信する、そのもの立ち昇る魔力の塔。
「……ハル」
「あぁ」
至近。声に振り向けばビックリするぐらい近くで輝く黄色の瞳があったものの、各方面に申し訳ないが断じてそんなことを気にしている場合ではない。
異変が起きた。状況が推移した。間違いなく、なにかしらステージが進んだ。
けれども、残された猶予時間は約十分弱。
カウントの上積みはない。俺たちは今も変わらず、正真正銘の崖っぷちだ。のんびりアレコレ考えている暇も、無駄口を叩いている暇もない。
「一番、周りに誰もいないヤツは?」
「アレ」
俺が問い、先輩が指差したのは当然の如く最遠の塔。
「残り二つは」
「多分、ギリ間に合う。特記戦力と近くの数班だけを向かわせて、他が死ぬ気で『時間稼ぎ』してくれたら……それで、多分ギリギリね」
「よし、わかった。それでいこう」
択など、在りはしないだろう。
目算、俺が向かうべき場所が思わず悪態を付きたくなるほど遥か彼方で、たとえ己が脚による全力疾走でさえ十分やそこらでは辿り着けないと理解できても。
「ニアちゃん」
「は、はいっ……」
成せばなる。────そのための切り札が、幸いのこと手元にはあるゆえに。
「使い時だ。かまそうぜ」
「ぁ…………────ぅりょうっっっかい……‼︎」
然して返ってくるのはヤケっぱちめいた威勢のいい、なおかつ僅かに悲壮感が漂う応の声。やはりそんな場合ではないものの……無理をさせる事実はしかと理解して後の『埋め合わせ』を覚悟する俺を他所に、
「ヴィスっ! 出番だよっ!!!」
竜の上にある〝主〟の上へ。呼び掛けに応え影から出でた星屑が駆け上り、頭の上で双眼の如き白星を輝かせるのは小さな小さな〝鼠〟が一匹。
曰く、愛称は【ヴィス】……しかし何故か正式な名前は秘密だとニアが言う小鼠は、かつてイベントにて俺が少々申し訳ない仕打ちを働いてしまった干支の王。
おそらく調伏の条件は『見つける』こと。つまるところ誂えたように【藍玉の妖精】殿ピッタリな【星屑獣】が、その身に秘める権能はただ一つ。
『────』
声なき星影がチュウと鳴く代わり、音高く響かせた魔力の号が迸る。
ならば、光り輝くのは然り。
「さぁサファイア、王様の〝勅命〟だ────かっ飛ばせッ‼︎」
俺に侍る、蒼の星をおいて他にない。
限定特殊能力『星還飛行』────ニアが従える小鼠の特殊能力『求鼠王命』を拝することでのみ使用可能となる、その権能。
身体を極小の〝流星〟ならぬ〝竜星〟へと変換して、己の限界速を突破する力。かつて俺が容易く破ったソレは、しかし決して舐めて掛かれるモノではない。
なぜならばソレは、背負うモノあってこそ真に輝く力であったからだ。
変遷を遂げた異界の空。星影の竜が、背に乗るヒトを翼に抱き転じて点となる。そして、本来ならば目を凝らさなければ見ることも叶わぬはずの小さな星は、
己の力……────そして、絆を繋いだ主の力を撚り合わせて、
激烈に輝く蒼星となり、時を置き去りに空を迸った。
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◇Status / RIM◇
Name:Sapphire
Lv:57
STR(筋力):10
AGI(敏捷):360
MID(精神):200
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※怪物基準のステータスであるため、プレイヤーのそれとは数値=性能が激しく異なります。間違ってもSTR:10で腕相撲を挑んではいけません。
◇『星還飛行』
大体は本文で書いた通り、己が身を同行者ごと極小の星へと転じて限界速を突破する────化した【────────】の固有アビリティ。
肝は単純な『超加速スキル』ではなく『限界速を突破する権能』であるということ。つまり、あらゆる手段を以って自らが出力し得る最高速の更に先を実現する力であるということ。簡潔に示せば大体1.3倍の速度が出せる。
そして絆を紡ぎ背を許したモノを連れて飛ぶ場合、竜は騎士の力をも借り受ける。
つまりサファイアは『あらゆる手段を惜しみなく注ぎ込み正真正銘の全力最高速を解放した場合の主人公の更に先の速力を自らの限界突破速に上乗せした速度』で空を翔けることが可能となる。音速とか欠伸が出るぜ。
なお取り込まれたように見える同乗者は別に本当に同化する訳ではなく、転移と同様の浮遊感の中で─…Nowプレイヤー目的地に向かing…─状態になる。
ただし出力した速度に応じて容赦なく感覚が揺られる副作用があるため、非逸般人は割と甚大なダメージを受けるとか受けないとか。ニアかわー。
それはそれとして攻略プロセス多過ぎ問題。
終わりが見えないぞ、いい加減にしろ。