然シて来たレ青ノ子ら、扉を閉ザす由ハ無ク 其ノ肆
南陣営序列七位【糸巻】ナツメが持つ魂依器【奏紡の白雪糸】は、本来のところ戦闘用の武器でもなんでもない非力な糸に過ぎない。
仮想世界が始まって以来の有数たる天才が圧倒的なセンスと研鑽を以って磨き上げたスキルや技術が、その煌びやかな雪の輝きに〝力〟を与えているだけ。
その証拠に、かの魂依器が秘めている能力はどれもこれもが戦闘に直接関与しないモノばかりである────それは例えば、縁を結ぶ力とか。
【奏紡の白雪糸】の基礎能力こと『遠結』は、目印となる糸を括り付けた相手と限定的な遠隔コミュニケーションを可能とする力。居場所を知らせる、合図を送る、そして目印同士で引き寄せ合う……たった、それだけの力。
即ち『広域レイドで距離を飛び越えた連携を要する』場合など極限られた状況において、なにものにも代えがたい役割を果たし得る権能である。
「「「「────なにこれ、どういう状況ッ!!?」」」」
「あれが敵。倒せば何かしら進行する可能性が大」
「成程ねっ!?」
「なら倒すべ!!!」
「助太刀いたすぜぁッ!!!!!」
戦闘開始より十分、つまりカナタたち第一の援軍が到着してから更に五分を積み上げた今。追加合流した三組目の小隊が最後方より全体支援をこなすテトラの端的な説明に秒で頷き、擁する職人を除いた三名が即席レイドの先端へ加わった。
これで都合、参戦者は十二名。人数的には二パーティ連結の1/3レイドに過ぎないが、構成人員が一人残らず仮想世界トップの最精鋭ともなれば────
「お、押せてる感じなのかな……?」
「御覧の通りすね……」
「敵も怪物だけども、こっちもこっちでおばけ揃いだぁ……」
と、影を繰り戦闘員全ての背中を預かる【不死】よりも後ろ。トリを飾ったノノミを含め、邪魔にならぬようヒソヒソと声を交わす職人たちの言葉が全て。
「流石にイケる……────詰めるよ皆ッ!」
少数では敵わぬ相手を、数を束ねて打倒することこそプレイヤーの常。四人で必死に抗っていた時には圧力に屈し押され続ける他なかった木根の奔流も、抗する手が三倍にもなれば対応が追い付くのも然りである。
斯くして、勝機を確信したライラックの声に応える声が締めて十。物静かな黒尽くめの少年様の相乗りは望めなかったが、最早その程度で陰る士気はない。
影の濁流が無数の木根を喰い散らす。
守り手の剣が拳が味方へ迫る脅威を撃ち落とす。
奔る攻め手の刃が敵の命を削り奪う。
放たれる砲撃が舞台を揺らし、控える癒し手の気配が足場を支える。
理想的なパーティの動き。状況に流されるまま集結した即席の部隊であるにもかかわらず、それを極めて高いレベルで成立させた果てに在るのは当然のこと。
『──、──……──────…………』
打たれ割かれて無数の傷を刻まれた強大者の、終点に他ならない。
「────……、カナタ!」
「ッ……貯まってます! いつでもッ!」
後方より俯瞰し、全員が機を見たことを察したテトラが今攻略における相方を呼ぶ。さすれば即座の応が返したのは肯定の意、ならば弓引く手に躊躇いはナシ。
「っ────前衛後退ッ‼︎」
瞬間、背後から膨れ上がった圧を察知したライラックが号を放つ。
勿論のこと聞き逃す間抜けは皆無。前線を支えていた盾役および遊撃役が一斉に退き、戦場に敵のみを抱く空白地帯が生まれたならば、
「《影雅征衰》」
音もなく放たれた小さな影の矢が、牡鹿────【administrator:02】の足元へ狙い違わず突き立った瞬間。爆発するように沸き立った怪物の影は己が主に反旗を翻し、木根の身体を無数に刺し貫いて迸った。
然して、訪れたのは一拍の隙。
駆ける身躯は、成長の歩みを止めぬ新星が一つ。
「────〝喚起〟」
携えるのは蒼二刀。名高き【遊火人】から賜った〝水〟色の刃は尋常の武器などでありはせず、冠する題は『神造に迫る人造芸術』の本家二号作。
銘を【αtiomart -Rain=Memento-】────秘める権能は単純明快。
静かに荒れ狂う水の力を宿した水晶の刃は、駆け巡った軌跡を基点として、
「〝幻雨一滴〟」
閃を描いた『速度』を『威力』へと転換し、敵を断つ水光の魔刃を世に降ろす。
斯くして【遥遠へ至る弌矢】は地を駆け巡り、カナタの持つ双刃は何者にも何物にも触れることなく……滑走中接触不可の禁を破ることなく、空を舞う。
舞い、描き、果たして刹那。参戦時に続いて再び。何者の目にも止まることなく、敵を包囲展開した円輪の二重刃が神速で迸り────
「────《海霊ノ祓》ッ……‼︎」
斬音快響。
声なく猛威を振るった木根の怪物を両断し、角持つ首を地へ落として退けた。
◇【αtiomart -Rain=Memento-】制作武器:壱式魔力喚起具現化武装。
遥かな過去、神代の時。世界を慰め潤した雨音の記憶。
絶えてもなお、枯れてもなお、地が賜りし慈悲の調は未だ此処に。
君、何を求めたるか。君、誰を見据えたるか。君、永遠を歩むに足る者か。
使い手にして我らが愛し子へ問う。君が希むは、道か果てか。
『残響遺物』である【忘去の雨晶】という雨の化石(???)を基幹に据え、有り余る【水俄の大精霊 ラファン】の稀少素材を暴力的なまでに注ぎ込み製作された【遊火人】式アルファティマート第二作にして成功作一発目。
様々な意味合いで相性抜群であったラファン素材および《水精霊の祝福》スキルを頼ることで能力喚起によって発生する代償を極限まで誤魔化すことに成功しており、『高速機動によって随時補充されていく畜力全消費』の他『丸一日のLv.5ダウン』という数度の使用であればギリギリ許容できる範囲に留めている。
なおレベルダウンの代償は『積み上げた順を守り最新のレベルアップ分から差し引かれていく』仕様であるため、これによって生じる戦力ダウンを抑えるためにカナタはステータスリセットからの振り直しで後に振るポイントをMIDに固めた。つまり『〝喚起〟一回使用=MID-50』と同義。
秘める権能に関しては本文の活躍が八割。カナタの【遥遠へ至る弌矢】と不利干渉を起こすことなく連携できる超威力の水刃を顕現させるものであり、刃の向きと投射方向は思考操作で制御可能。相変わらず滑走挙動からシームレスで攻撃を放つこと自体は叶わぬまでも、滑走挙動自体を攻撃動作としてアップデートできたことで一拍の間を刹那の間まで埋めることに成功している。