然シて来たレ青ノ子ら、扉を閉ザす由ハ無ク 其ノ弐
「────呼んだんすよねぇッ!?」
「────呼んだよッ‼︎ 誰がいつ来てくれるかわかんないけどねぇッ!!!」
入口が一つのみ、行き止まりの大広間。響き渡るは戦の怒号。
足を止めず手を止めず、声を交わし合う軽戦士が二人。
その背後に控える火力魔法士が一人。そして更にその背後、常に回復魔法の発動待機状態を継続しながら固唾を飲んで見守る治癒魔法士が一人。
対『緑繋』攻略における一般枠1:2:1の基本形から少々外れるものの、人数は違わず四名編成。そんな彼らは言わずもがな序列持ち等の特記戦力には及ばずとも、しかしトップ層の上澄み中の上澄みから掬われた紛れもない最精鋭。
然して、エンカウントから約五分。そんな精強極まるレイドパーティの一翼をして攻めきれず、それどころか撤退も許さぬ致命怒涛を間断なく齎す相手────
「ぁ────」
「ッッぶねぇアッ!?」
刹那の内に〝角〟を伸縮させ、今も前衛の片割れを容易く屠りかけた異常存在。
端的に表せば、その姿は木の根っこ。より正確に表すのであれば、複雑に絡み合う木の根らしき謎材質によって構成される小柄な〝牡鹿〟が一頭。
エネミー名【administrator:02】────対面した小隊の四名全員、それぞれ言葉に思考に『は?』と同様の音を奏でたのは言うまでもないこと。
一目見てわかる、意味深かつ珍奇な個体名。
道中の攻略等、此処へ至るまでは連続した無数のダンジョンの一つでしかなかったのだ。だからこそ、ボス部屋へと辿り着き対面した瞬間の異常性が際立った。
だからこそ、小隊リーダーにして戦闘係と職人枠を兼ねる軽戦士【Lilac】が、ほとんど反射的に己が腕に巻かれた〝糸〟を引くのを誰も止めなかった。
そして各々が邂逅の瞬間、唐突に訪れた〝危機〟を正しく察知できる歴戦のプレイヤーであったからこそ在る命。斯くして現在、大問題なのは……。
「死んだら〝糸〟が切れる……! やっぱラックさんは下が────」
「れないってばッ! 前衛一枚じゃ秒落ちでしょ択ないよ‼︎」
必死に繋いだ命だが、既に満身創痍の燃え尽きかけという現実である。
二刀剣士の心臓ド真ん中を貫きかけた木根の角槍を横合いから殴り飛ばすと同時、拳士【打Skull】が紡いだ進言を遮る小隊長が叫ぶは現状維持の無謀一択。
そして勿論のこと、迫る脅威は角一本だけに非ず。息つく間もなく戦士二人へ襲い掛かるは前方百八十度より殺到する暗色の矛。馬鹿げた手数に比例して、威力そのものは有情な範囲……────であるならば、どれだけ良かったものか。
「こん、なろ……!」
これまでの永遠にも感じる僅か五分の間に、二度も目にした致死行動。
インターバルは二分強と推測を固めつつ、避け得ぬと知る全体攻撃に対してライラックが歯噛みと共に返すアンサーはこれまた一択。傍らのダスカルを咄嗟に蹴飛ばし背後へ庇いながら、前へと踏み出し掲げるは銀に輝く双長剣。
「《剣喧歌敢》ッ‼︎」
交差する剣身が高らかに打ち鳴らされた瞬間、起動するのはスキル一つに双剣が秘める能力一つ。斯くして放たれた注視強制効果が木根の暴威を一身に集め……。
交錯、そして激光。数秒後に在る結果は────
「あぁ、もう、こんちくしょう……!」
全員生存。しかし、いよいよもっての限界背水。
正しく発動した『完全自動武器防御』は許容上限一杯の脅威を見事に叩き落としてくれたが、仏の顔も三度なれば酷使され臍を曲げた魂依器が沈黙してしまう。
機嫌を直してくれるまで要するは丸二日……当然、そんなもの待ってはいられない。ゲームオーバーは目の前に迫り、抗し得る力は今こそ求めて止まないのだ。
────即ち、つづく。
物語の主人公たちは残念ながら今ここに不在。邂逅より本体は動かぬまま、世に言う最精鋭たる自分たちを弄ぶ推定レイド級ボスに一矢報いる手札はない。
ならば、仰ぎ見る天上に及ばぬ身を以って魅せられる輝きは一つだけ。
「絶対繋ぐよ‼︎ ヒーローは遅れても決まって登場するもんでしょッ!!!」
「ッ……シャアォラ気張りますかぁッ!」
「────其は赤々と滾る雷轟》ッ……砲撃いつでもイケます合図求むッ‼︎」
「死なさん……! 死なさんッ……!!!」
導たる〝糸〟が繋がる身体を、死力を尽くして残すのみ。
特別になり切れない脇役にだって意地がある。決してヒーローには及ばなくとも、紛れもない最上の舞台へ招かれた者としての自信も自負も誇りもある。
ならば、なればこそ────
「「「「誰でもいいから早く来てくれぇッッッ!!!!!」」」」
泣き言を高らかに叫びながら、戦意は絶やさず前を向くのだ。
そして、ただただ静謐に鳴かず動かず死のみを手向ける牡鹿が動く。鬨の声を上げ死に物狂いで生を繋ぐ、プレイヤーもまた動く。
単純な手数の圧力、それだけで歴戦を圧倒する異常個体。不気味を体現する木根の怪物は、性懲りもなく奮い立ち挑み掛かるヒトを摘み取り始めた────
そんな未来が、訪れていたはずの一秒前。
「【遥遠へ至る弌矢】」
死地に吹いた一陣の風は、果たして〝ヒーロー〟に足る者か否か。
彼方より此方へ。