幕間:お留守番ひよこ
「────待つしかないというのは、もどかしいものだよね」
「ふぁ」
レイドが突入するに際して目蓋を持ち上げ、ただそれだけの動きで地を揺らしてみせた『緑繋』の傍ら。数百名の大所帯こと待機組が各々そわついている最中。
いや、中ではないか。ほぼほぼ外の、端も端にて。
いつものことだ。同陣営の職人系プレイヤーを中心に友人知人は少なくないものの、基本的に遠慮なく交流するのは掲示板など間接的な場が主であるゆえに。
演技に自信アリといえど、流石に最低限のリスク管理は徹底している。こうした集いに全く顔を出さないという訳ではないが、進んで輪に交じることはない。
「僕も別に戦争お祭り大好き人間という訳ではないけど、いざ置いていかれてしまうと、やっぱり無視できない寂しさがあるというかなんというか」
「…………えー、とぉ」
そして友人知人たちは、そういった彼女のスタンスを理解している。理解してくれているがため、たとえ同じ場にいたとて輪へ巻き込んだりしようとはしない。
だから、仕方のない事故だ。
なにを考えるでもなくボンヤリ『緑繋』の巨躯を見上げているところへ、不意に言葉を掛けられ思わず間の抜けた声を上げてしまったのは。
「ごめんなさい、私はあれです。お留守番が本職の人なので……」
流石と褒めるべきか、何故にと微笑むべきか。まるで悪戯を働く子供のように気配を忍ばせ、気付けば傍に立っていた男性へ同調が難しい旨を伝えれば……。
「【炎天の庭】攻略では、随分と助けられたけど」
「やーめてくださいってばぁ。私ただただ置物やってただけなんですから」
「はは。全くもって、芸術的なまでに刺さる置物だったね」
「はいもうやめやめー。この話題おしまーい二度と助っ人なんてやりませーん」
過去に縁あって……というより今になって思い返せば、いっそ腹立たしいまである力技で結ばれてしまった縁がゆえに。ちょうど一年ほど前、とある高難度ダンジョンをご一緒したことのある元序列持ち様は爽やかに笑む。
本当に、無用なヨイショはやめていただきたい。
常々『大したモノではない』と寝惚けたことを宣っている親友のアレとは違い、ひよどりのソレは事実として大したモノではないのだから。
おそらく例の【炎天の庭】こそが、仮想世界に在る唯一と言っていい活躍の場だったのだ。それでいい。無事に役割を消化できて万々歳ということで────
「………………────さて、二時間」
「経ちましたねぇ」
と、そんな至極どうでもいいことは真実どうでもいいとして。
「順調、と思っていいんでしょうか?」
「どうだろうね。少なくとも、前回の記録は既に大きく飛び越えてる……けど、次の瞬間ドバっとレイドが吐き出される可能性も常にある訳だから」
ひよどりの親友と身内と準身内を含む大規模部隊が、紛れもないアルカディア最大コンテンツこと『色持ち』の領域へ踏み入ってから二時間が経過した。
凄い、ことなのだろう。
それくらいは流石にわかる────が、しかし。残念ながら攻略だなんだといった話に本気で疎いヒヨコは、現状をふわっとしか理解できていない。
なので、
「落ち着けませんよねぇ」
「……君が一番、この場で落ち着いているかもしれないな」
「無限に場違い過ぎて、アレコレ呑み込めてないだけですってば」
こうした言葉とて別に余裕を気取っている訳ではなく、正真正銘の本心にして事実に違いないのだが……もう、割り切ってしまった方がいいのだろう。
斯くも彼の名は【見識者】────様々な意味で〝見る目〟を謳うロッタというプレイヤーは、物も者も問わず試し推し量る瞳がデフォルトなのだと。
仮想世界の自分にある〝姿〟は、ただ一つだけ。大切な親友に寄り添ってアルカディアプレイヤーの仲間入りをしただけの、かよわい雛でしかないというのに。
だからもう、ご自由に。
「皆さん、頑張ってほしいですねぇ」
「そうだね。君のとこのマスターも────」
「はやっさんは、まあどうでもいいかなって」
「…………あれで、称えられるべき人なんだけどな」
腹の内を探られたとて、雛のお腹から出てくるのは冗談抜きのトップシークレットのみ。なればこそ、かの【見識者】に好奇心の目を向けられたとて怖くない。
万が一にも正体を見破られたところで、立場ある彼は……それはもう、厳重に厳重に、他ならぬ己が口へ鍵を掛ける羽目になるだけなのだから。
「ちなみに、ハルについては?」
「私の親友のエスコート。バッチリ決めなかったら文句を言わないとですねぇ」
「……はは。相も変わらず、我が推しは女難続きか」
近いようで、遥か遠く。領域の壁を隔てた、こちら側と向こう側。
友人未満、辛うじて知人の二人を含めた数百名。レイドの帰還を……願わくば、凱旋を待つプレイヤーたちが各々の思いを秘め、あるいは交わし合う場へ。
勇士たちは、いまだ誰一人として帰らない。
ひよひよひよりんとロッタさん。
つまり曲者と曲者。