待チ侘びたモノたちよ、轟き駆けて斯く統べヨ 其ノ肆
ボス撃破=ダンジョンクリア。戦闘を主たる要素に持つ遍くゲームの常道にして、基本的には裏切られることのない約束されたゴールテープだ。
しかしながら、そこから〝先〟があるのが此度の攻略戦。
「っしゃ確保ァッ!」
爆散した巨大芋虫が撒き散らした燐光の中より、顕れ出でるは燦然と緑光を放つ結晶柱。つまるところ、出現と同時に我が手に捉えたコレこそが……っと、
戦利品を検める暇もなく、空間全体を埋め尽くすように膨れ上がった青光が俺の視界を瞬く間に占拠して────ダンジョンが閉じる。
そして再びの断絶。刹那の拍を置いて俺のアバターは外へと放り出され……雲上を走る風が頬を撫でれば、帰還プロセスは滞りなく。
ってな訳でぇ!
「ハイただいまぁッ!」
「えぇ……???」
「アホがいるわ……」
空へ上がり、レーダーに表示される標を追えば再合流は容易も容易。しかと戦果を手にサファイアの背へ舞い戻れば、小隊員のリアクションはドン引き一色。
誠に遺憾である。ニアはともかくとして、なっちゃん先輩だって非高難度ダンジョンの爆速制圧ぐらい文字通り指先だけで叶えるだろうに。
とまあ、それはさておき。
「ほれ、頼むぞ我らが職人殿」
「わ、ちょっ!? 投げるなぁ!!!」
外へ持ち出してなおも光を放ち続ける結晶柱をヒョイと渡せば、わたわたしつつも受け止めたニアちゃんより文句とジト目を無事拝領。
しかし残念ながら、暢気にじゃれ合っている時間など在りはしないので……。
「問題は?」
「ないっ! 今のがここらで一番デカい反応だってんなら、難易度的な問題は予測通り心配せずに済みそうだ。MPも〝裏〟込みで十分に保つだろ」
「そ────んじゃ道は敷いといたから、キリキリ働きなさい」
「言われなくとも」
言葉は後輩使いの荒い先輩そのものだが、お仕事は十分以上に果たしてくれているので文句も反感も抱く余地など綺麗サッパリ迫真のゼロ。
そしたらまあ、雲上の断崖を順に繋いでいる〝糸〟の導に従って……。
「次から上にぶん投げて即座に走るから、利確の方よろしく頼む、よッ!」
俺は、ただひたすら連続RTAに臨むのみだ。
◇◆◇◆◇
【緑繋のジェハテグリエ】の背上異界を攻略する上で、避け得ぬ試練となる『制限時間』────その実態は異界へ足を踏み込んだ瞬間、遍く侵入者のステータスに付与される一つの特殊状態異常である。
名称不明、アイコンの造形は瞳のように見える文様を刻まれた舞う葉の様。プレイヤーへと及ぼす効果は、きっちり三十分を以っての確実なる死。
即ち、プレイヤーが『緑繋』の背上で活動可能な時間は僅か半時のみ……と、そこで概要が終わっていれば誰もが『攻略不能』と匙を投げるのが自然だろう。
なれば当然のこと、このギミックには打開法が用意されている。
「ニア?」
「誰かさんじゃないけど、コレに関しては任せとけぃっ!」
羽ばたくこともなく空へ巨体を留め置き、主の留守を預かる竜の上。
今に至り化物レベル著しい想い人より託された結晶柱────『緑繋』が取り込んだダンジョン限定で現れる『異層核』を握り締め、職人は己が魔光を灯す。
千差万別の魔工術式。現序列六席【藍玉の妖精】が操るのは、幾重幾層にも折り重なった魔法陣が形作る球状パズル。
造る、ではない。
求められているのは、読み解くことだ。
「……、…………────」
術式を起動した瞬間、理解した。紛れもない初体験の仕事、先輩方が口を揃えて『言語化は無理だけど触れば瞬で理解るよ』と言っていた意味を。
確かにこれは、まさしくの言語化不能。コレが一体なんなのか、なにを求めているかなど知る由もないというのに────ただ漠然と、解き方がわかる。
カシャリ、カシャリ、カシャリカシャリカシャリ。
呼吸と同じ、歩くのと同じだ。自分自身どうやってソレを成しているかなど、問われたところで詳細なロジックなど答えられないのと同じこと。
わからぬまま、わからなくても良いままに……。
「ハイ、でき、たぁっ!!!」
「…………こっちもこっちで、アホだったみたいね?」
曰く普通の凄腕なら二、三分程度で解けるというモノを三十秒で開け放ったニアが歓声を上げ、その隣でナツメが『似た者同士かコイツら』と溜息を一つ。
斯くして、それは誠に遺憾であるとばかり抗議の視線を返した藍色の手中。
何事か語るように明滅した『核』が、音もなく容を解き職人の身体へ吸い込まれ……────それと同時。レイドメンバー全てのステータスバー下部に点灯する〝葉〟の傍ら、暫し前より積もり始めている数字を一つだけ進めてみせた。
◇◆◇◆◇
地響きを立て頽れた巨体が、一拍を置いて燐光と散る。
赤々と燃え盛る巨大蟹。そんな食欲をそそる香りが漂ってこないことが不思議に思えるようなボスエネミーを、出会い頭に二分割した同行者へ────
「どんだけ低級でも、一撃で倒せるような存在じゃないはずなんだけどな……」
【灼腕】が零すのは既知に対する呆れ十割。然して、不本意ながら向けられるのに慣れ切ってしまった類の視線を涼しい顔で受け流しつつ、
「このくらいなら、私以外にもできる人は沢山いる」
「仮想世界に数十人を『沢山』とは言わねえんだよ」
疑いはなく、また謙遜でもない事実を述べるように言った【剣ノ女王】は、即座のツッコミを寄越した小柄な少女へ微笑みを一つ向けるだけ。
「ん」
「はいはい、よろしく」
然してアイリスが『剣』を虚空へ送り返し、空いた両腕を広げて相方を呼べば……特に恥じらう様子も遠慮もなく、こころは大人しく抱き上げられた。
「進捗良好だな」
「そうね」
そしてそのまま腕の中にて、ボスが散らした燐光の残滓より出でて落下してきた『核』を受け止める。友人と、呼んでもいいのか微妙なラインではあるが、
「前回とは、バフの累積速度が大違い」
少なくとも、その手から僅か数秒で結晶柱が消えたことに驚きを感じない程度には知った仲。西の序列持ち総出陣によって発生する解読難度軽減バフが効いているとはいえ、異常に変わりはない術式操作速度を褒め称えるのも今更である。
さすればまた一つカウントが追加され……────時間制限を強要するアイコンの傍らに積み重なった数字は、攻略開始より十五分が経過した今『102』の表示。
このボス攻略から『核』解読の流れによって獲得できるバフは、レート『1=10秒』として機能する追加のレイド活動猶予時間。
つまりは現状、千二十秒……十七分の時間を稼げていることになる。フルコンディションからのスタートダッシュとはいえ、お釣りがくるほどの戦果だ────
青光、断絶、そして開ける視界。
「次」
「おう」
身体が巨樹の乱立する樹海へと送り返された瞬間、同行者を抱えたままドレスを青に染めた【剣ノ女王】が疾く駆ける。
記憶にある前回攻略とは雲泥の差。時間を経たことによるプレイヤー全体の戦力増大に加えて、自分を筆頭に大きく向上したモチベーションが作用しての勢い。
既に倍以上の進捗……だが、それでようやく拮抗の僅か先。少しずつでも消耗が重なり攻略速度が落ちれば、時間制限は容赦なく距離を詰めてくることだろう。
ゆえにここから如何なる展開が訪れるかは、各々力尽きる前にレイドが何らかの要項を満たし、新たな道筋が拓かれるか否かに掛かっているということだ。
また一つ、広大な異界のどこかで戦果が上がり、カウントが進む。
第三の『色持ち』攻略戦は、まだ始まったばかりだ。
言うまでもないですが、十五分程度で攻略数102は普通に頭おかしいこと。
ツッコミは各自お祭り野郎どもへ宛ててくださいますように。