待チ侘びたモノたちよ、轟き駆けて斯く統べヨ 其ノ弐
調伏獣たる【星屑獣】の召喚には、いくつかの制限がある。
まず一つはコスト。召喚の際に【星屑獣】毎の……最たる要因としては身体のサイズに応じたMPを支払う必要があり、継続消費の召喚維持費もまた同様。
これについては明確な改善手段があり、プレイヤーとは違い『STR』『AGI』『MID』しか存在しないステータスの内『MID』を伸ばしてやることでコストの低減が望める。ある程度の数値まで育てれば、常時召喚も夢ではないだろう。
勿論、常識的なスケールの調伏獣であればという注釈は付く────
二つ目は、再召喚による都度のコスト増加。仮に戦闘等なにかしらの理由で【星屑獣】が力尽きて主の影へ強制送還された場合、即座の呼び戻しは可能だが召喚コストが倍になるというもの。しかも、累積して。
つまり、一度目の復活は通常の二倍。二度目となれば四倍といった具合。
誰も彼もが愛情を注ぐ……むしろ、そういった者であることも調伏を成功させる条件ではという説がある現状。明確に感情が見える忠実な僕をそんな風に扱う者がいるとは思えないが、無限復活によるゾンビアタックは不可能ということだ。
最後に三つ目。これに関しては、遍く【星屑獣】に共通するモノとして……。
主から一定距離を離れた場合、星影はキッチリ百秒で強制送還されてしまう。
「っ……ありがとう!」
空の上、最高速度で自分たちを運んでくれていた〝竜〟が形を失い姿を消す。
輪郭がブレる予兆は数秒前に。然してサファイアが消える直前に礼を投げ放ちつつ、空に投げ放たれた身体を轟風の中で制御して────
「《この手に塔を》」
少女が描くは、宙に浮く巨剣の滑走路。
「ひ、ひぇえぇっ……!?」
「うおーコレがあのアレ……!」
然して、着地もとい着剣は各々当然の如く。
職人二人が無事に悲鳴と歓声を上げられている通り、それぞれの相方をそれぞれの形で抱えた侍二人が涼しい顔でソラの隣に並んだ。
そうして方々から投げ掛けられる称賛の視線にむず痒い思いをする少女が、そこは実に無垢な少女らしく恥ずかし気に頬を染めるのを他所に、
「それでは」
「各々、武運を祈ります」
短時間とはいえ暴力的な速度によって距離は十二分に稼げた。然らば後は、此処より他パーティとのブッキングを気にせず蹂躙するのみ。
斯くして『生徒』と『先生』は一切の躊躇もなく足場を蹴り、数百メートルの高空から左右へと分かれて身を投じ落ちていった。
「えぇ……」
わかっていたことではあるが、この世界の高みに在る人たちは誰も彼も度胸が異次元だ。自分は幾度もの経験を経て慣れてしまっただけで、既に遠い彼方から「ひゃぁぁあぁぁあぁぁあ……」と聞こえてくる悲鳴こそ普通だというのに──
「なーにボケッとしてんだい」
「ぁ、わっ……ご、ごめんなさいっ……!」
と、思わず真なる天上人たちを呆けたように見送ってしまっている折、前から掛けられた声に意識を引き戻され咄嗟に口を突いて出る謝罪。
真実その通り。領域へ踏み込んだと同時に付与された〝時間制限〟は既に秒針を動かしているのだから、立ち止まっている暇などないのだ。
此度の『緑繋』攻略戦、ソラに与えられた役割は……。
「そら、行くよ────事前に言った通り、早々〝お守り〟はいらないからね」
西陣営は現次席。【遊火人】カグラとの共闘による全力ダンジョン踏破一本。
目前、身の丈に迫る大剣を背負った職人が紅髪を揺らして軽やかに駆ける。そしてそのまま、彼女は足場の鋒へと辿り着くと、
「しっかりついてくから、アンタは好きに暴れな!」
東の勇士たちに負けず劣らず躊躇ナシ。
振り返りつつの快声一発、カグラは笑みを絶やさず落ちてゆく。然らば、結局は最後尾となってしまった少女が駆けながら叫ぶは────
「待っ、ついてくとはっ!!?」
堂々と先を行った職人様への驚き半分、抗議半分の声であった。
◇◆◇◆◇
「────さぁて、ここらでいいか!?」
「十分でしょ! 始めるわよッ!」
天翔けること一分強。既にフィールドを跨ぐこと三つ目。
緑の広がる丘陵、毒々しい紫に満ちた沼地、そして煮え滾る赤の活火山。極限無法地帯も真っ青の超絶異界っぷりを早々に披露してくれたレイドの舞台にて、次から次へ展開される無秩序な景色にも慣れてきたところ。
そうこうして辿り着いたのは、どこかで見たような断崖絶壁が乱立する雲上世界。いろんな意味で丁度良い、まさしく俺が担当すべきフィールドだろう。
然らば先輩の同意も得られたことだし────加えて、
「っ……よっしゃ来い、サファイア!」
制限に引っ掛かり強制送還された相棒が戻って来たところで、いよいよ本格的に仕事へ取り掛かるとしましょうかねぇッ!
「頼んだぞニアちゃん!」
「が、頑張る────《月をも見通す夜の女王》っ」
大翼を広げる星空へ足を付けると同時、両腕に抱えていた美少女米俵を解放。
もうすっかり適応してしまいケロリとしている先輩殿はともかく、問題だったニアに関しても二日続けての特訓から地続きの今である。初の大々的な攻略戦参加で緊張もしているだろうに応は即座、心強いことこの上ない。
然して、その身で振り翳す権能も────
「うわっはウジャウジャ在る……! どれから行くっ!?」
「もち、一番ドデカいとこから!」
「んじゃ、あっちぃ!!!」
当然、頼もしいこと限りない。
【緑繋のジェハテグリエ】の巨躯は、一切の魔力を有していない。
事前の調査によって発覚した無限に首を傾げるしかない事実は、この『走破』『探査』『踏破』を要とする攻略においてニアの魂依器の暴力的活躍を確約した。
『走破』は俺がいる。『踏破』とて俺が秒で成そう。ならば残る必要なピースは『探査』のみ────ならばそこへ、曰く〝魔力の溜まり場〟だというダンジョンの存在が何物よりも輝かしく映る【藍玉の妖精】の瞳が備われば、
「アレです! GO!!!」
「ダッシュで潰してきなさい!」
「っしゃ任せとけァッ!!!」
言わずもがな、百人力である。
ニアが指差すは雲海に浮かぶ無数の絶壁絶塔の内、巨大な一つの根元部分。いや根本ってか雲に隠れるギリギリの部分ってだけだが、とにかく秘された場所。
これまでにも数多く見てきたダンジョンの入口……門たる空間の入口を目視した瞬間、サファイアの背から《天歩》直行。勿論のこと単身だ。
なっちゃん先輩は今回、基本的には戦闘員に非ず。彼女にしかできない重要な仕事と並行して、ニアの護衛とサポートをしてくれたなら十二分。
怒涛のダンジョンアタックに関しては────
重ねて、突撃担当にお任せあれよ。
青光、断絶、一瞬の違和。転移に連れられ目前に知らぬ景色が開けた瞬間、躊躇う理由もなにもなく踏み出すと同時に両手へ喚び出すは小兎刀二振り。
そしたら早速のこと、ジメジメした薄暗闇の視界を占拠する百足どもに告げる。
「俺は〝ニョロニョロ系〟より〝足わんさか系〟のが嫌いなんだよッ‼︎」
《天歩》再点火。進路真っ直ぐ。
さぁ、タイムアタックと洒落込もうぜ!
百足はニョロニョロと足わんさかのハイブリッドでは?
次回【武闘派の序列持ちが単騎で非高難度ダンジョンに挑んだ場合の例】
なお姐さんの伏線諸々は〝知人(友人)〟と同じく初期も初期に設置済み。ただの職人様が【序説:永朽を謡う楔片】を抱えて差し出せる訳ないよなぁ???