過去から今へ、今から未来へ
「────おつかれさま?」
「あぁ、お互い様」
代表としての挨拶と初顔合わせの挨拶。どちらがより大変でより疲れるかというのは人にもよるだろうて、上下など決めず労い合えばそれでいい。
なんて小難しいことを考えるまでもなく、揃って頑張ったものと気遣いを相互に落とし込めば普段通り。ずー…………っっっと気付いてはいた、終始「保護者かな?」と思うような視線を以って遠目から俺を見守っていた『お姫様』は、
「本当に、あなたは人に好かれる人ね」
「どちらかといえばアルカディアで知り合うプレイヤーの方々が、誰も彼も基本的に人を好いてくれる『いい人』ってだけだと思うんだけども」
人によっては判別困難であろう無表情の微笑みを零し、楽しげに笑っていた。
「────しかしまあ、こころの奴にまで初見で気に入られるとは大したもんだ。相も変わらずの人たらしだねアンタは」
「いや相も変わらずってなんすか。それ誉め言葉とは受け取れないよ?」
でもって、逆サイド。珍しい組み合わせに挟まれたものだが、今日も今日とて日の下でなお燦然と輝く紅の髪を揺らすカグラさんから揶揄いの声。
我が専属魔工師殿は、かの【剣ノ女王】を前にしても揺るがぬようで。
「あー、えー……その、贈り物なんて頂いちゃった訳ですが…………」
と、一応。一応ね?
言葉の響き優先の緩い関係とはいえ『専属』などと呼ぶ仲に加えて、紛れもない運命共同体こと『紡ぎ手』様に……まあ、『担い手』としてお伺いは必須と思い。
「良かったじゃないか。単純に魔工師としての腕で言えば、こころは確実にアタシの上にいる職人さ。儲けもんどころの話じゃないよ、ありがたがっときな」
例の短剣について反応を見てみれば、彼女は気にした風もなく。
「……ん? なんだい、まさかアタシが嫉妬でもすると?」
「え、あ、いえ、そんなそんなまさかハハ……」
それどころか、ニヤリとしたお顔を向けられ浅はかな俺は無事瞬殺。違うんだよ本当にアレです礼儀としてね伺いってか筋は通しておくべきかと思ってその……。
「確かに抜け駆けはしたけどね。最初からアンタを独占する腹積もりだったなら、そもそもニアを紹介したりしてないよ」
「それは……ほら、職人のカテゴリが違うし?」
「おや。武器防具以外は不得手だなんて、アタシは一言でも言ったっけ?」
「この人また恐ろしいこと言い始めたぞ」
あ、いや、ちょっと待て。
確かに思い返せば、出会った時に『彫金なんかもやる』とかなんとか言ってたような……でもって更に思い返せば、この人『鉄が得意』だのなんだの言いつつソラさんの〝杖〟を手掛けた時に木材もバッチリ扱ってるじゃねえかと。
「それになにより、忘れたのかい。語手武装に関してだって、アタシは『上の奴を紹介してやろうか』って真面目に誠意を見せたろうに」
「あれはぶったまげたなぁ……」
加えて、あの一件で『この人についていこう』感が確たるものになった訳だが。流石に恥ずかしいので、そんなこと面と向かっては────
「あの一件で、独り占めにはすまいって考えが確たるものになった訳だけど」
……言えない、と思ったことを彼女は堂々と言い放った。
「誠意を見せたら、それ以上の誠意で蹴飛ばされちまったからね。そんなもの、とことんまで真摯に付き合ってやんなきゃ職人が廃るってなもんだ」
「この人またイケメン力が高いこと言い出したぞ……」
つくづく、敵わない。
姐御肌のキャラクター性がロールプレイの産物だと知っているからこそ、ここまで堂々と格好付けられる度胸と元の性格にもリスペクト不可避というものだ。
「…………ふふ」
ほら、お姫様も笑っておるわ────と、始まりこそ適当に見ていた俺は、
「相変わらず、カグラは格好良い」
「アンタも相変わらず、笑顔がわかりづらいったらないねアイリス」
なんか知らぬ関係性が披露される気配を察知し、無事お口チャックを遂行した。
斯くして誉め言葉に文句を返されたアーシェは、しかしカグラさんの言葉が尤もな静か穏やか百点満点の無表情でジッと彼女を見つめた後に、
「………………──安心した」
「なにがだい」
「嫌われてた訳じゃ、ないみたいだから」
「たった一言ずつ交換しただけで、当然のように安心してんじゃないよ」
いつも俺にやるように、胸の内を読み取って。言葉通り安堵を得た様子で、アーシェがほんのり無表情を崩す。
それを横目に見て、カグラさんもまた頬に僅かな笑みを浮かべた。
「別に、アンタのことは嫌ってないさ。最近は面白くもなってきてるからね」
「そう……────なら、またいつか、私に『剣』を打ってくれるのかしら」
つまるところ、それが知らぬ関係性の核。間に挟まれた俺が沈黙を守りながら素で驚いているのを他所に、友人同士が言葉を交わす。
「ッハ、嫌なこった」
「……どうして?」
「アンタのことは嫌いじゃないけど、アンタに剣を打つのは大嫌いさね」
「酷いことを言われてる」
「酷いのはどっちだい。遊び心を蹴飛ばして一も二もなく頑丈にしないとってだけで退屈だってのに、それをアンタ即日で何本ぶっ壊したと思ってんだ」
「………………ごめんなさいって、何度も、謝ったもの」
「謝った当日に性懲りもなくポキポキしてちゃ世話ないね」
「やっぱり、嫌われてる」
「あぁ、アンタに剣を打つのだけは大嫌いさ」
「……いじわる職人」
「なにか言ったかい我儘姫」
────おそらく、なにこれ凄いと思っているのは俺だけではないだろう。
俺たちの傍。会話が取っ散らからないよう混ざらず二人でお喋りしていたソラとニアは元より、他の知人友人たちも揃って静かに耳を傾けているのがわかる。
会話の流れを聞くに、きっと言葉を交わしたのは久々なのだろう。そして誰もが驚いたような顔をしている辺り、秘されていた遠い過去の話なのだろう。
それは察するに、まだ仮想世界に【剣ノ女王】が生まれていなかった頃の話。
「カグラ」
「なんだい」
今、共に前を見据えながら。
これより挑むべき大壁へと架けられた、幾人もの魔法士の手による長大な土くれの橋を前にして。皆を先導する姫にして王が一歩を踏み出した。
「祝勝会、ちゃんと出席してね。もっと沢山お話したい」
「可愛いこと言ったって、剣は打ってやらないよ」
友人へ向けた柔らかな笑みを披露したことで、後に続く大勢の士気を……。
本人は知ってか知らずか、跳ね上げるままに。
ということで、初期も初期の頃にカグラさんが思い浮かべていた〝友人〟様でございます。それはそれとして、やってこうぜ『緑繋』攻略。