挨拶一品
────抜きつ抜かれつ白熱のレースは、ラストの直線にて情け容赦なき『廻』併用の擬似『縮地』をぶっ放した俺の勝利で幕を下ろした。
【剣聖】様の教えにして現在のアルカディアでも屈指の理外技に違いないが、しかし紛れもなく研鑽の果てにある技術。ズルと言われる筋合いはない。
そして対戦相手の方も、過程と結果の双方に文句も異議もなかったようで。
おおよそ一分フラットで十キロ超のコースを駆け抜けた後、俺たちは勝者も敗者もなく爽やか極まる笑顔(当社比)を交わし合い……。
「「はしゃいでたねぇ、楽しかった?」」
「「すいませんでした」」
その後の展開は、迫真の既定路線。
熱き戦いを終えた俺とハヤガケ氏は、ゴール地点にしてスタート地点でもある場所で待ち受けていた女子二名の命令により仲良く正座させられていた。
「「ほんっと、この人は……」」
「「マジすいませんでした」」
目前に仁王立ちするのは、金色と藍色。なお前者に関しては俺のパートナー様ではないものとする。そっちに関しては更に脇から俺へジト目を送っているからな。
ともあれ誰かさん曰く、ある種の『身内』と判定されてしまっているらしい四人組ってな訳で……ある程度まで親しい男女が集えば今の時代、いつだって弱いのは男の方。羽目を外して叱られたなら項垂れるしかないのが男児である。
斯くして、そんな弱く哀しい生き物へ向けられるお説教の内訳は────
「ほーんと勘弁してくださいよねぇ身内がみっともないことして恥ずかしいのは私たちなんですよー。あぁ、身内っていうのはアレです同じクランの仲間としてね」
「馬鹿なの? お馬鹿さんたちなのかな? 安全圏外で全力ウルトラ大爆走とか、もし事故ったりしたらどうするつもりだったのかな? ん?」
「個人的に男の子するならご勝手にーで済ませられるんですけどねぇ。TPOですよ? ご存知ですか? 『時間』・『場所』・『場面』」
「よくまあ大事も大事を目前にして盛大にはっちゃけたね? リスポー……ンは聖女様たちがいるからヨシとして、デスペナ喰らってたら馬鹿者じゃ済まないよ?」
と、そのように。正論、正論、大正論の大津波だ。いやまあ、無論というかなんというか、ある程度こちらにも言い分ってか言い訳は……──
「「…………その、一応ですね、セーブはしてたというか、万一事故りかけてもリカバリーは効く七割強で、ハイ。楽しませていただいたと、言いますか……」」
あった、のだが。
「わぁ、息ピッタリ。凄いですねぇ」
「ほーんと仲良しだねー笑っちゃうくらい気が合うんだー」
「「ごめんなさい」」
ニッコニコに輝く女子二名の圧に掛かれば、この通り。
救いようのないほど愚かな者であれば更に言い訳を積み上げていくのだろうが、幸いなことに俺とハヤガケ氏はギリギリで賢明に踏み止まれる常識的な男子。
馬鹿な真似をしたら素直に謝罪するくらいのことはできるのだ。
「……なにやってんだか」
「馬鹿やってんでしょ。いつものことじゃないの?」
「はは……」
などと、騒ぎを聞きつけて傍に寄ってきた後輩一号&なっちゃん先輩&後輩二号の並びから届けられた愚者を眺める者たちの会話が胸に痛い。
加えて俺の無様を拝むだけ拝んで即座に興味を失ったらしき先輩殿が、さっさと踵を返して立ち去っていったところまで含めて悲しみの渦が乱立している。
「まったくもう……────ほら行きますよー。ぼっちのはやっさんと違って、これでもハルさんは忙しい人なんだから。追加交流は別の機会にしてくださーい」
「お、おう……了解」
そして、最近ではいつもの如く。割かし俺にも容赦がなくなってきている三枝さんが忍者装束の襟首を引っ掴み、ズルズルとハヤガケ氏を引き摺っていく。
乙女らしからぬアクションが様になっている辺り……そしてハヤガケ氏もハヤガケ氏で逆らう素振りも見せぬ辺り、よくある光景なのやもしれぬ。
「ぁ、いや、ちょい待ち。一瞬! 一瞬だけ……!」
と、ニアに睨まれている俺も動けぬまま哀愁漂う姿を見送っていると、なにかを思い出したように地べたを擦る忍者殿がほんのり抵抗。
さすれば『えー……?』といった具合に目を細めつつも、慈悲か否か〝妹〟もとい従妹様が足を止め……その隙に、忍頭巾の奥から改めて俺へ向けられる瞳。
「────口利き、ありがとうな!」
なんて、贈られた言葉は一言二言。
「あぁ……────いいってことよ! 攻略後、また改めて話しましょうぜ!」
雛鳥さん、そしてニアが首を傾げた辺り、それが如何なる意味を持つやり取りなのかを知る人間は俺たち含めて三人だけなのだろう。
ほんと、いいってことよ。喜んでくれてなによりだぜ兄弟。
で、女子に引き摺られるまま迫真の退場をキメた新たな我が友を見送った後。
「まったくもう……変な注目浴びちゃったじゃん、ばか」
「注目を避けたいのであれば、叱らずスルーするという選択肢も……」
「んんー???」
「なんでもないです」
取り残されたのは、俺とニア。
そしてチラホラ知人友人を含むギャラリーが少々と────
「いてっ」
「ハルは、もうちょっと、こう……落ち着いている時と、そうでない時の差を、緩やかにしてもいい…………気が、しないでもない、ですよ?」
「メッチャ歯切れ悪いのどうしたアッハイなんでもないですごめんなさい」
ペシリ、俺の後頭部を襲う可愛らしい衝撃を齎した相棒が一人。
しかしながら俺と明確に絡んだ瞬間、ギャラリーから大なり小なりの『反応』が上がり……恥ずかしがったソラさんは、パッと逃げて行ってしまった。
なにあれ、かわいい────
「やめて、つむじ突っつかないで」
「ふーんだ」
次いで、こっちもこっちでなんというかなんというかな藍色娘を相手にしつつ。
ふと、察知した視線……いや視線なら騒ぎを起こす前も後も無限に四方八方から頂戴しているが、その中でも明確に特別な意思を感じさせる視線が一つ。
さぁ気付け、こっちを見ろ。錯覚でなければ、そんな感情が色濃いソレを振り返り辿ってみると────果たして出所の特定は容易であった。
自然と目が合い、向こうも当然それに気付く。
然らば、
「わりぃ、通してくれ」
自分の番を躊躇うタイプではなさそうだと、俺の予想は果たして正解。堂々と声を上げて人波を分かち、歩み出た彼女は威厳に満ちた表情で俺の前へ立った。
なお身長。迫真の正座相手にビシッと背を伸ばした仁王立ちで、ようやく頭二つ程度のアドバンテージを得るスケーリングが大層お可愛らしい。
それも彼女自身がデザインしたアバターである以上、別に触れても構わないのかもしれないが……まあ、しっかり知り合うまではお口チャックが安牌だろう。
────さておき、
「えー……と?」
正面に立つも、言葉ナシ。
ただジーっと俺を見る、黒紅和柄のぶかぶかパーカーをワンピースのように着こなす女児……もとい、西陣営現三席の【灼腕】殿は黙すまま。
五秒、十秒と、まるで品定めでもするように俺の顔を眺め続けた果て。
「……いいもん持ってかれちまったな」
よくわからないことを呟いて、ふっとその表情を崩してみせた。
「なんて?」
「なんでもない。気にすんな」
問えば、しかし胸中は秘されてしまう。けれどもまあ初対面も初対面、表に一応は好意的な表情が浮かんできただけ有難いものとしておこう。
「活躍かねがね見聞きしてるぜ【曲芸師】よ。特にアレだ、アイリスのやつと挑んだ〝無限組手〟────あれはヤバかったな。熱くなって、思わず叫んだよ」
「お、おぉ……それはそれは、お褒めに預かり恐悦至極」
「んで、平時は微妙に腰が低いのも評判通りか。ご機嫌に武器を振り回してる時のアンタの方が好みだけど……ま、これはこれで悪くない」
「そりゃ、どうも……」
重ねて、お可愛らしい声でのお喋り怒涛。挨拶の時は寡黙な印象を受けたが、どうも本来のキャラクター性はそういった訳ではなかったらしい。
そう印象を改めつつ、今に至ってなおニアを頭の上に乗っけたまま素直に言葉を聞いていた俺を……少女は今一度、ほんのり楽しげに見つめた後。
「さて、そんじゃまあ────楽しませてくれた礼と、お近付きの印だ」
「へ? ちょ、おわっ」
おもむろにインベントリから取り出した『作品』を一つ、ニッと魅力的な笑みとセットで酷くぞんざいに俺へと投げ渡してきた。
「う、に゛ゅ゛ッ……!」
そして生まれる悲劇一つ。
至近にて反射的にソレをキャッチできたのはいいとして、咄嗟に動いたせいで暇そうに俺の頭へ顎を置いていたニアから割かし素の悲鳴が上がった。
見なくてもわかる、おそらくは盛大に舌でも噛んだのだろう。
「えーと……?」
とまあ、非重要事項は置いといて。
物を投げ付け用事は果たしたとばかり、颯爽と去っていく小さな背中に疑問を示せば……返ってきたのは、ヒラリ挙げられた手が一つ。
「言った通りだよ。用をなさなきゃ、悪いが部屋にでも飾っといてくれ」
なんて、去る後に残すは幼げな容姿に似つかわしくない極めてイケメン力の高い振る舞いのみ────訂正。それプラス、甚大な圧を放つ『作品』のみ。
「えぇ……」
困惑するまま手の中に視線を落とせば、そこに在るのは鞘に納められた短剣が一振り。甚く格好良く授けられてしまったのだ、突っ返す気にはならないが……。
「……………………………………えぇ……?」
これ、大丈夫か? 『お近付きの印』なんて気安い理由で、貰っちゃっても大丈夫なやつか? なんというか、その、情報圧がですね────
「……………………………………………………?????」
少々、おかしくはありませんかと。
疑問と予感と戦慄に震えるまま、そっと柄を指先で叩き詳細ウィンドウを開いてみれば一撃必殺。言葉を失った俺の眼前に浮かぶ情報は、
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【ディアウス・アルターラ】制作武器:短剣
Grade 50 Weight 31 Durability 1640/1640
黒曜の刃。萌芽は星欠と共にある。
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簡素簡潔な短文フレーバーは置いといて、重要なのは異常の数字。
ニアから《魔工》スキルを授与された際に行使可能となった鑑定能力が働き、今の俺には素っ気なくも重要極まる三項目の数値が見えるのだが……。
重量は、いい。
31は単純に重さ三キログラム強を示す値であり、短剣にしてはメチャクチャ重いがファンタジーならよくあることだ。この程度は超人アバターの筋力を以ってすれば無いに等しいモノであるゆえに真実問題はなにもない。
耐久値に関しても、いい。
事実ここだけは普通にマトモの範疇であり、俺の知る限り短剣カテゴリの平均値が1200前後であることを考えれば『普通より結構頑丈』くらいの優秀さに納まる程度だろう。製作の際にリソースを耐久力へ振れば、こんな具合にもなるはずだ。
然らばラストとの等級────ハイおかしいですねぇ、なんか迫真の50とかいう実にキリ良い数字が見えるのは気のせいだろうか気のせいであってくれ。
「わぁー……えらいもん貰ったねキミ」
「そ、うだよな……えらいもんだよな、これ」
と、盛大な舌噛みから立ち直ったニアちゃんのお言葉により、残念ながら気のせいではないことが確定してしまった。どういうことなの。
ぶっちゃけ言わずもがな、こんなん気安く放って寄越されていい代物ではない。
ちなみに俺が持つ武器の中で最高の等級値を誇るモノが、お師匠様より賜った翠刀こと【早緑月】で数字的には『Grade 51』である。
次ぐ【兎短刀・刃螺紅楽群】でも『Grade 47』な訳で、つまりコイツ────【ディアウス・アルターラ】は正真正銘の現行最上位品ということになる。
「………………」
鞘の長さから考えて、おそらく刃長は五十センチほど。柄まで含めれば全長七十センチ程度になろうて、オーソドックスな短剣のスケールではない。
鍔が無いに等しきサイズな部分も含め、グラディウスと呼ばれるタイプのアレ……などと考えつつ、飾り気のない渋色の鞘から刀身を引っ張り出してみる。
さすれば顔を覗かせたのは輝きを────放たず、呑み込み封じる〝黒〟の様。削り出した黒曜石が如く滑らかな凹凸を描く、星なき夜を固めたような剣の腹。
そして唯一磨き抜かれ光を反射する、空恐ろしいまでに美しい刃。それらが絶妙な調和を織り成す姿は、一種の芸術品めいて見事と言う他ないモノだ。
「…………その……ニアちゃん? 参考までに、これ価格を付けるとしたら……」
「億」
「…………………………十? 百?」
「ほんとに聞きたい?」
「…………………………………………や、やめとこうかな……」
そっと刀身を鞘へと帰し、なんだかもう触れているのが恐ろしくなってしまい〝想起〟にて自前のインベントリへレッツ送還。
送還……できてしまったということはシステムにも贈与が認められており、アレはもう正式に俺の物になってしまったということだ。
「……た、楽しませてくれた、礼だって言ってた」
「言ってたねー」
「お近付きの、印、だとも」
「言ってた言ってた」
そうして事実確認を終えれば、結論は一つ。
「────……よし。ありがたく、使わせていただこう、か」
慄くことも、恐れることも、畏れることもないだろう。くれるというのなら頂戴するのみ、それも百パー厚意による贈り物と言うのであれば……。
「声、震えてますけども」
「………………き、気のせいじゃないかなぁ?」
遠慮する必要も、震える必要も、きっと在りはしないはずだから。
震えろ。
あ、【早緑月】と【兎短刀・刃螺紅楽群】のスペック置いときますね。
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【早緑月】制作武器:刀
Grade 51 Weight 88 Durability 10100/10100
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【兎短刀・刃螺紅楽群】制作武器:短刀
Grade 47 Weight 1 Durability 1/1
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ついでにロッタさんが使ってる剣のスペックも置いときますね。
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【レスティリア・ブロード】制作武器:長剣
Grade 33 Weight 62 Durability 1520/1520
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なお現行アルカディアでは『Grade 30』を越えればハイスペック判定。
ハイエンド品と呼ばれる最高位は50前後に留まっている。