挨拶一走
実用一本簡素な合わせの上衣と詰め裾の袴、更には艶消しされた手甲に脚絆。
足元を守るのは当然の草鞋であり、これも光を呑む黒に染められている徹底ぶり。極めつけの頭部分に関しては……まあ、まさにこれぞといった感じで。
そしてトドメは僅かに目元のみを晒す、伝統衣装の〝粋〟と不審者とを激しく反復横跳びする一枚布の頭巾被り。やはり、その姿を称す言葉はソレしかない。
「忍者だ……知ってたけど…………」
「痛々しいですよねぇ」
事前調べによりビジュアル諸々は押さえていた俺が『生の姿』に対する感想を零せば、お隣から飛んできたのは中々に辛辣な言葉が一つ。
「この人、街中でもコレなんですよぉ。もー好き放題に視線を集めちゃうもんだから、いろんな意味で隣なんて歩いてられませんねー」
「あぁ、まあ、いろんな意味でね……」
恐ろしい演技力で別人になり切っているとはいえ、知名度の絶対値が高過ぎる『画家兼アイドル声優兼イラストレーターArchiver(20歳女子大生)』様だ。
見る人が見れば万一がある。不用意な注目を浴びることは避けているのだろう。
ともあれ、流石は身内というかなんというか。
「歯に衣……」
を、着せぬ甘ふわボイス(ナイフ)に心を抉らてしまったのだろう。切ない声を上げて萎んでいる忍者殿は……なんというか、失礼を百も承知で言ってしまうと、
その、あれだ────貫禄が、ない。
「…………うん。親しみのある御仁だな」
「わぁ、最大限の配慮ある言葉選び。流石ですねぇハルさん」
「気のせいでなければ、俺のことも心做しか別方向から煽ってない?」
とまあ、下手すりゃどこぞのメイドこと斎さんに次いで交流難度が高い画家兼アイドル以下略様は一旦置いておくとして……。
「「………………」」
数十秒前のファーストコンタクトに続き、再び目が合った。
彼も俺も黒の瞳。しかし個人的に割と子供っぽい感じがあると思っている俺のソレとは違い、あちらさんの目は三白眼気味で良い感じの鋭さがある。
やはりというか、不思議なほど貫禄ってか圧を感じないものだが……それはそれとして、男の子としては正面から言っておくべきことがあるだろう。
それ即ち、
「────決まってますね。ナイス忍者」
「……!!!!!」
手を差し出しつつの、称賛一発。
「えぇー……」
傍らで雛鳥さんが甘ふわな声を鳴らしていらっしゃるところ悪いが、残念ながら俺は男の子。もとい、心に永遠の小学生を飼う不滅の馬鹿者一匹である。
カッコイイものは、カッコイイ。
他ならぬ夢の世界につき、現実に増して己が心に嘘は吐けないのである。
「…………わかってた。いろいろ、諸々、見て、わかってたが……!」
斯くして、差し出した右手に応えるは忍の黒手。頭巾から覗く三白眼より向けられるのは鋭さだけではなく、新たに熱い感情も。
「君は、浪漫が、わかるヤツだ……‼︎」
「イイものはイイ。どうぞ〝道〟を貫いてください」
まあ、正直なところ『なんだこれ』と自分でも思ってはいるが、
「────【早駆】だ。会えて光栄だよ第一踏破者君」
「ハルです。こちらこそ会えて光栄だ、大先輩殿」
そんなしらーっとした顔で見てくれるな、ひよどりさんや。哀しいものだが男ってやつは、こういうのが甚く嫌いではないのだよ────
さて。
「…………──────────────」
敬うべき元最速と、畏れながらも現最速が、遂に顔を合わせた。
そして俺たちは奇しくも、互いに浪漫のわかる男の子。
もといもとい、心に居る永遠の小学生を自認し合う馬鹿者たち。
「……あ、ひよどり君」
「はい?」
それらが名乗り合いさえ終えてしまえば、次に訪れるは不可避の以心伝心。
よし来た。それじゃあ始めようか……。
「ちょっと失礼……危ないよ」
「ぇ、なに────」
俺の横にいたヒヨコの手をロッタが引き、周囲安全確保は此処に成る。然らば最早、これから始まる一大事に一切の気掛かりは消えて失せた。
ゆえに、
「…………位置について」
〝儀式〟を詠む声に、躊躇いはなく。
「…………よーい」
そして、応える忍者が二の句を継ぎつつ笑みを浮かべる。
「「──────────ッ」」
斯くして『ドン』は、互いが空気を突き破った衝撃を以って。
レギュレーションの制定は瞬時、添うは互いのプライド一つ。
アクティブスキル及び装備品による上乗せはナシ。赦されたるはON・OFFが利かぬパッシブスキルの補助と、その身に積んだ基礎ステータスのみ。
あぁ、大事なものが欠けていた。
もう一つ二つ、我らが脚に焚べるべくは────
「ぬ゛ぅ゛あ゛ぁああぁあぁああああぁああああアアアィッッッ!!!!!」
「どぅおあらっしゃぁあぁぁぁあああっぁああェアッッッッッ!!!!!」
ひたすらに磨き上げた己が技術への絶対的な信と、意地を少々ってなところ。
スタートダッシュ、先行したのは俺。コース取りなど百パー適当なノリとテンション、十キロ超もありゃ十分だろと『緑繋』の外周一周に今決めた。
それは当然の運び。《煌兎ノ王》の跳躍動作削減&諸々のスキルによる初速高速化が存分に働いた上、技術の一切は縛らぬとばかり情け容赦なく『纏移』まで点火したのだから流石に出足で負ける訳にはいかない。
なればこその初動順位────けれども、粟立つは肌。
背後にピッタリと張り付いてきた気配に、吊り上がる頬が止められねぇ。
『緑繋』が座す大窪地の周囲は、森とは言えぬ程度に木々が立つ巨大な林の様相。つまりは絶妙に邪魔物が乱立する、走り易いとは言えぬ地形。
勿論、常識的な速度でランニングする程度であれば問題など何もない。しかし例えば、時速数百キロオーバーノンストップで駆けるのであれば話は別だ。
万一障害物に掠りでもしたら、樹木の染み確定の極限レース。
『才能』を用いて、スタート地点より見渡せる限りの情景は『記憶』済み。更には事前に敷いた道をほぼほぼ無意識で辿る、いつもの極限身体操作人力マクロ機動は絶好調の一言────しかしながら、円周を駆ける以上、
悉くの障害物を避けて直走る、俺の脚を支える『情報』には終わりが来る。
「んがっ────……!!!」
抜かれた。
設定した第一走を駆け終えた後。次のコースを引くために絶対必要となる〝息継ぎ〟────他人には成し得ぬ方法で『最速』を勝ち得た俺の脚に在る、唯一と言える明確にして克服不能な付け入る隙。それは致命の停滞点。
背に張り付いていた気配が消え失せて、頬を突風が撫で、
俺の前へ躍り出るは、堂々と駆ける漆黒の風。
それは果たして、如何なる技術の上に成り立つ法か。
それは果たして、どれほどの研鑽の上に成り立つ技か。
それは果たして────何度、何百、何千、何万回、地面や壁その他諸々の〝染み〟になった末に、確立された術理であるのか。
……嗚呼、あぁ────────
上等だぜ、この野郎。
「ぜってぇ負けねぇ」
外転出力『廻』臨界収斂。
記憶完了、順路構築、挙動設定。
いざ、一歩。
「ぃ……────ッ!!?」
そして背後に、驚愕の声。これにて相子だ、さぁ走ろう心ゆくまで存分に。
ぶっちぎり、抜いて、抜かれて、駆け抜けた先……ある種これまでにない貴重で得難い新たな友情が、目にも眩く輝いているのは明らかだろうから。
あぁ愛おしき男子二人。
※こっから恥※
ということで前話の特大ガバ案件に対するお詫び込みの連投失礼。
さもロッタさんが参戦するかのように描いてしまいましたが、彼はイスティアの元序列持ちであるため『枠制限』に引っ掛かります。ダメです。
といった具合で既に文章修正済みですので、お手数ですが序盤だけにつきサラッと前話お目通しいただければ幸いでございますマジすいませんでした許して。




