それは身内です
個性豊かなキャラクター性に迫真のオチにと振り回されたが、とにもかくにも『大物』相手の挨拶回りは無事終了。また一気にフレンドリストに名前が増えたが、それは素直に喜ばしく望むところってな訳で以後仲良くしていただきたい。
ってことで、お次はこちら。
「ようロッタ。久しぶりー」
「言うほどだろう。四柱で顔を合わせたじゃないか」
ゆうて、それも二週間前の話。
やはり久しぶりで合っているだろう我が友の顔を見つけて手を振れば、亜麻色の髪を揺らす爽やかイケメンは例によって人の好い笑顔を浮かべ歩み寄ってきた。
今日の装いは剣士寄りのスタイル。纏っているのは現在の本業である支援職ビルド用の法衣ではなく、俺にとっては印象深い赤を基調とした軽鎧。
そして、腰に佩くのは鞘の奥から確かな圧を放つ長剣が一振り。懐かしき出会いの頃、前々回四柱選抜予選で見た姿だ。
────なお、今回の攻略対象である『緑繋』は対応陣営がヴェストール。
つまり『〝元〟序列持ちの枠取り免除ルール』は、残念ながらイスティア所属のロッタに適応されない。今回の彼は諸々のサポートを目的に出向いてくれているだけで、どう足掻いても攻略本番には同行できなかったりする。
備える権能を考えればガン刺さりな分、誠に惜しい。
「トラデュオ、幸運なことに会場で観戦させてもらったよ。実に見事だった」
「そりゃどうも……────幸運? え、なに、もしかして正攻法で?」
「勿論だとも。誰かのファンとして行きたいなら、正々堂々と臨まないとね」
「だから、絶妙に重いんだって」
とまあ、どう受け止めればいいのやら『自称【曲芸師】ファン一号』の熱意は相も変わらずらしい。幸運どころか激運を発揮して超倍率の抽選を勝ち抜き会場入りを果たしたというのなら、そりゃあ格別に楽しんでくれたのだろう。
「さて?」
「あぁ。こっちだよ」
といったところで、友との交流はキリよくサッパリ。お互い大事を直前にして当然のこと暇ではないのだから、予定はサクサク進めるべきだ。
そうして西の職人たちの集まりから次いで、事前に『君に紹介してくれという人がいる』と連絡をくれていたロッタについていけば……。
「ぉ……?」
行く先に在った姿は、思い描いていた姿の対極と言っていいモノだった。
「ぁ、どうもぉ」
然して、あちらも俺を見とめた〝女性〟から投げ掛けられるのは柔らかな声。────いやもう、ほんっっっっっとに、耳から飛び込んだソレが原因で頭が風船になり宙へ浮かび出すのでは……なんて馬鹿なことを考えてしまったくらい、
ふわっっっっっっっっっっっっふわな声音。
大柄でも小柄でもない体躯に、女性らしい柔らかさを詰め込んだような可憐なアバター。声に負けず劣らずフワフワな長い金髪の下、輝く瞳は深い青。
これを一言で形容するのであれば、
「初めまして。【ひよどり】と申しますー」
「あぁ、ども。初めまして……」
そう、お日様。めっちゃ、こう、ポカポカな感じの。
「嬉しいなぁ、お会いしてみたかったんですよー。私みたいな一般プレイヤーが畏れ多いことではありますけれどもぉ」
言いつつ、傍らにて『さぁ交流したまえ』とばかり待機するロッタを他所に接近してくるフワフワレディ。いろんな意味で些細な困惑を抱えちゃいるが……。
まあ、初見の女性から差し出された握手に応じるくらいはね。遠目におわす監視員様からも、流石に怒られたりはしないだろうて────
「んふー……」
「………………」
「んふふー…………」
「……、…………? …………」
「んふふのふー…………」
はて、なんだコレは。
俺の手を掴んだまま放そうとせず、ふわふわニッコニコな笑顔を絶やさぬままにジィーっと見つめてくる女性の顔……いや、声……いやいや、雰囲気に違和感。
違和感ってか、既視感。
「────じゅーぅ」
「へ?」
「きゅーぅ、はーちぃ」
そして始まる謎のカウントダウン。更には秒読みが進むたび、微妙に声音が変じるにつれ激しく濃くなっていく既視感に併せて滲み出すのはとある感覚。
然して、その『親近感』を強め強めてカウントが中間の「ごーぉ」に至った時。
「ちょっと待ってくれ……」
「…………」
呆れ半分、戦慄半分。空いている片手で眉間を揉みつつ苦い慄きを声を漏らせば、見知らぬ見知った女性はニコーッと覚えのある笑顔を描き────
「ハイごうかーく。ギリギリってことにしておきましょうかねー」
「無茶だろ。なんかのスキルじゃんそれもう……ッ!」
恐ろしきは、女優の技。
確かに、思い返せばプレイヤーネームなどのヒントはあった。けれども、たったそれだけでは全く想像が至らないほど彼女の演技が完璧だったという話。
声音、話し方、表情、だけに留まらず存在から発せられる雰囲気を丸ごと。
そこそこ親しい交流を重ねている俺の目を完膚なきまで騙し尽くすレベルで、彼女────三枝ひより様のロールプレイが卓越していたというだけの話だ。
「ちなみに、こっちでは秘密なのでしぃーですよ。私は誰かさんとは全然まったくこれっぽっちも関係ない【陽炎の工房】所属一般人こと【ひよどり】さんなので」
「あぁ、ハイ……いろいろ、凄いっすね」
こんなもん、完全なる敗北である。秘密にしていると仰ったが、事実として誰にもバレずに『秘密』を貫き通せていると言われても疑えないだろう。
言われてみれば感はあるが、言われなければマジで全く気が付かなかったぞと。
「ちなみにですが、親しい友人知人は親愛を籠めて『ひよちゃん』あるいは『ひよひよ』と呼んでくれます」
「そこまで名前も寄せてんのにバレてないのが一層とんでもねぇな……」
「ちなみにですが、親しい友人知人は親愛を籠めて『ひよちゃん』あるいは『ひよひよ』と呼んでくれまーす!」
「はいはい。よろしく、ひよどりさん」
「頑なですねぇ!」
お好きでしょう? そういう距離感が。
ってか、成程。遠くからチラチラと視線を投げかけていたソラさんはともかく、職人の集いに交じるまま一切こちらへ目を向けなかったニアの態度に納得。
まさかそこにもヒントが落っこちていたとは……────
「一体全体なんの話をしているのか、僕は知らないし聞いてもいないけど」
「「おっとっと」」
と、傍らより上がる声ひとつ。然らば揃って慌てて口を閉じたが、三枝さんに関してはリスク管理の上での故意だろう。
他ならぬ【総大将】の右腕にして元序列持ち【見識者】様である。濫りに他人の個人情報を口にしないだろうという程度の信頼値は備えているがゆえに。
「今は時間が有限だ。彼も待ちくたびれてるんじゃないかな、ひよどり君?」
「……ん? ぇ、ロッタと知り合いの時点で仮想世界でも一般人じゃない説が」
「むしろ緊張しまくりで『無限に来なくていい』とか思ってそうですけどねぇ」
斯くして、俺の独り言めいたツッコミは迫真のスルー。秒ってか瞬で見事極まるロールプレイを被り直した彼女はふわりふわり微笑むと、
「ではでは、こちらへおいでくださいませー」
俺とロッタを先導して、何処かへと足を向ける。
そうして暫く彼女についていった末、辿り着いたのは大事を前にごった返すプレイヤーたちの輪から離れた位置。木々が茂る林の影にて。
「────ぁっ……」
「ぉ」
目に留まったのは、ただ一人。陰に潜むは黒尽くめ……否、紺尽くめ。
絵に描いたようなジャパニーズ〝忍者〟が、そこにいた。
きっと一定数の待っていた人がいるはず。