緑繋のジェハテグリエ
色持ちモンスターこと『五色の御柱』は【緑繋のジェハテグリエ】────他の追随を寄せ付けぬ事実上のアルカディア最大を誇る、埒外も甚だしい巨躯の怪物。
おおよそ直径三キロ程度の大窪地を満杯にする圧倒的な威容は、つまり身体を取り巻く超長大な尾を伸ばせば迫真の体長十キロ超が確定する馬鹿っぷり。
勿論のこと、まともにヒトが相手取れるような存在ではない。
そしてかの存在も矮小極まるヒトを、その身で相手取ったりなどしない。
『緑繋』が起きる……──もとい、起動する条件はただ一つ。その巨木の生い茂る山が如き背に、何者かが足を踏み入れることのみだ。
しかしながら、それでも本体のアクションは僅かに目蓋を持ち上げるのみ。行動らしい行動は幸いのこと起こす気配すらなく、プレイヤーがちょっかいを掛ける度に周囲環境が壊滅する天変地異が発生したりなどはしない。
攻略騒動は、あくまでも〝背上〟にて展開されるのだ。
まず前提として、かの『緑繋』が背負う甲羅の上には超広大な〝異界〟が広がっている。流石に現状では無限とまで言われている【隔世の神創庭園】ほどの馬鹿げた規模ではないだろうという希望的観測が囁かれているが、真偽は不明。
何故なら、とある事情によって攻略可能時間に制限が掛かるため。加えて過去二度の攻略によって得た情報により、挑む度に背上環境の構造が変化する可能性が濃厚とされているため実質的に完全マッピングが不可能であるからだ。
そんな心折設計の〝異界〟だが、多少なりアルカディアのアレコレを知る者であれば誰しも首を傾げることだろう────それ『白座』の領分では? と。
全くもってその通り。空間がどうのといった権能は『境界』を司る【白座のツァルクアルヴ】の十八番であり、なにがどういう代物なのか『盟約』という権能を司るらしい【緑繋のジェハテグリエ】が備えているべき力ではない。
そう、備えているべきではないのだ。メタ的に考えて、ゲームの目玉となる特大コンテンツたる『五色の御柱』が、それぞれ被りになるような能力など。
そうした読みも併せて、既に推測半分の解は出ている。『緑繋』の背に在る〝異界〟は、かの存在が後天的に得た副作用により生じたモノなのではと。
【緑繋のジェハテグリエ】の背上には、無数のダンジョンが取り込まれている。
ダンジョン、即時生成型規程空間────即ち、多くのゲームに存在するであろう、メタ的な意味も含めた〝異界〟概念の最たるモノ。
然して、推測その一。『緑繋』は環境を取り込み成長する類のなにかである。
推測その二。『緑繋』は取り込んだ環境の性質その他を能力として獲得する。
推測その三。その能力に、キャパシティ的な限界値はおそらく存在しない。
つまるところ現在……サービス開始時より既に活動を停止していた『緑繋』は、間違いなく存在していたのだろう〝過去〟にダンジョンを取り込んだ結果、自分自身の存在をもダンジョンへと変貌させた。そういうことなのではないかと。
そうして、ただでさえ超巨大な体躯の上に更なる広大なフィールドを広げるに至ったのではないかと────神の意思という、絶対のルールに則った上で。
そして、それがそのまま俺たちプレイヤーの攻略指針に繋がる。即ち現在に至り見出されている【緑繋のジェハテグリエ】攻略戦とは、つまるところ、
動かぬ巨躯の上で、果てない異界を駆けずり回り、
それがゴールへ繋がると信じて────目に見える攻略要素こと夥しい数が存在するダンジョンを、ただひたすらに端から潰していく。
そんな、怒涛の進撃行を指すものである。
「……要するに、結局は正確な道筋が一切不明ってこったよな」
結界内、集った人員は百に留まらず二百を超えて三百余り。人員トラブルなど不測の事態に備え、徹底的に構えた結果の大所帯。
そんな少数精鋭ならぬ大数精鋭を纏め上げた先頭。既定時刻へ至り改めての意思統一と士気向上を求める〝挨拶〟をこなす『お姫様』を遠目に見守りながら。
「ま、仕方ないよねー。なんせボクの〝王冠〟でも完全お手上げだし」
心に落ち着きをもたらすという意味では大変ありがたい情報のおさらいを咀嚼した結果、予習時の思考を繰り返した俺の呟きに言葉を返すのは快活な女性の声。
「聞いた。〝道〟が、片っ端から最寄りのダンジョンに吸われるんだっけ?」
「そっそっそー。困ったもんだよねー」
「……しかし、だからこそ最低限の指針を固められたという部分もある」
と、いつもの如く明るく軽いルクスの声に乗っかってきたのは無敵侍。巧み見事なアーシェの舞台を眺めつつ、囲炉裏が投げたフォローの言葉は他ならぬ真実だ。
ルクスの〝冠〟こと《宝物へと至る者》の権能があったからこそ、無数に蔓延るダンジョンを攻略していくことが道筋であると確信が持てたのである。
その先に何が待ち受けているのか、どれだけその道が続くのか……肝心なことは不明なれど、とりあえずやるべきことが決まっているか否かでは大違い。
「ふふ……ルーちゃんのお手柄、ですね」
「そーなんだようぇっへへもっと褒めてー!」
ういさんのお褒めの言葉も、それに対する瞬殺デレ甘えの所業も許されて余りある功績と言えよう。場の平穏も保たれるし、お師匠様にはどうぞそのままテンションモンスターを確保しておいていただきたいところだ。
少なくとも、腕力的な意味では余裕だろうから────
「────ま。なんやかんや難しかろが、今回で決められたら最高やけどな」
「ほんまにそやねぇ。人を集めるのも大変やろし」
「数百人規模ってなるとなぁ……毎度毎度、偉いことっすよね。マジで」
そして、更に三名。とりあえず一所に集合した特記戦力たる序列持ちの輪に在っては、基本当然のこと各人〝称号〟を冠する者ばかり。
他所の陣営トップの胸で超絶だらしない爆ゆる顔を晒している一位の姿など決して目に映らぬとばかり、仲良さげにラフな言葉を交わすは北の男性陣。
序列二位【群狼】、七位【大虎】、十位【雲隠】の並びである。
東陣営から馳せ参じた【剣聖】【無双】【不死】そして【曲芸師】。南陣営より参戦する【剣ノ女王】【糸巻】に【旅人】を加えた計十名。
これが此度の攻略における序列持ちの席枠……正しくは、西陣営ヴェストールを除いた戦闘系陣営序列持ち席枠の内訳となる訳だ。
偉そうに批評するのもなんだが、極めて妥当な人選である。
走破力、戦闘力、及び生存能力。更には同行者諸々の安全確保までをも単一で十全に満たせる面子としては、これが上から数えた並びになるだろう。
守るとなると【城主】ちゃんや【騎士】殿が絶対的に秀でているが、都合爆速でのダンジョン攻略も必須となると一定以上の攻撃力と敏捷性も前提条件だからな。
中でも、特に適していると思われるのが……。
「なに見とんねん」
「いやぁ今日も髪型キマってるなーって」
「お? なんや、褒めてもなんも出ぇへんぞ」
と、適当な返しで言葉とは裏腹に機嫌を良くしたタイガー☆ラッキーことトラッキーもといトラ吉君に他ならないだろう。
対人は元より対エネミー戦で理不尽なまでの有効性を発揮する諸々の権能は勿論、ダンジョンを嗅ぎ当てる野生の勘まで期待できるとなれば特記に値する。
流石に様々な意味での例外たる【剣ノ女王】と【剣聖】は殿堂入り枠になるが……少なくとも、安定感という意味では不安しかない俺とは信頼性が比較にならないだろう。まず間違いなく落ちることなく、怒涛の勢いで働きをこなすはずだ。
「……基本は誰かに手玉に取られてるようで、ふとした時に逆へ回るわよね」
「ふとした時……だけかなぁ?」
「そこそこ、頻繁な気もしますけど……」
なんか傍から女子三人────戦闘系序列持ち以外の二名を含む小声の内緒話が聞こえてくるが、幸いなこと耳までネコ科ではないらしい。
「自分も気張れよハル。踏破数が少ない方は当然の罰ゲームやで」
「なにが当然なのかは知らんが乗った。候補は考えとくから好きなの選べよ」
「なんでやねんアホ抜かせ。また勝つ前提で舐めとんちゃうぞ生意気もんが」
「いや、そこは流石にほら。絶対的な移動速度の差を考えると」
「力とパワーと気合では俺の圧勝やろ」
「最近は俺も大概、力もパワーも過剰気味と評判な訳ですが」
「────そこ、意味被りはツッコまないんですね……」
「なにも考えてないんでしょ。馬鹿同士の会話を楽しんでるんだよ」
などと、更に傍ら。後輩一号二号の声も聞き流している内に。
「────……それじゃ、一時間後に」
集団の先頭。最後のミーティングを終えたアーシェが、言葉を締め括っていた。
「攻略を、始めましょう」
静謐な戦意を、全ての者へ伝えるままに。
予言するけど、此度の攻略を描き切ったとき私は間違いなく砂になっている。
道連れにしてやる。