集う場所へ
────【緑繋のジェハテグリエ】が座す領域。その所在はプレイヤーの第一拠点こと【セーフエリア】に存在する大鐘楼より、真西へ五百キロ地点。
他の東、南、北にも同じく存在する、かつて『国』が在った場所の中心点。
神の手が大地を掬い取ったと思しき直径数キロの大窪地。この仮想世界に四つ……否、なぜか唯一【隔世の神創庭園】を離れて初心者用のフィールドに出張していた『白座』の寝床を含めれば、五つになるか。
アルカディア最大の攻略対象にして、秘めやかに運営開発もとい〝関係者〟が『ゲームクリアに関わる要素』と認めた五色の柱。
いまだ詳細なストーリーは不明。けれど確かに『過去』を感じさせる超越的かつ重厚が過ぎる存在感を以って、かの────………………えー、かの……。
…………………………。
「────結局アレ、生物的には何なんだ……?」
「亀でしょ」
「亀っぽいドラゴンじゃないの……?」
「お顔が四角いので、カバさんにも見えますが……」
「あ、はは……大体、その三択に寄るんですね」
とまあ白、藍、灰の御三方がそれぞれの所感を述べた通り、結局その姿をバチッと称する言葉は身内でも世間でも定まらぬまま。
かの『カバさんフェイスで竜っぽい亀』は、その埒外が過ぎる巨体で今日も微動だにせず大窪地を埋め尽くしている。相も変わらずのスケーリングだ。
「しっかし、やっぱズル過ぎるわね空を飛べるって。環境も障害物も丸っと無視の直線距離だと、百キロ単位の長旅さえこんなもんかー……」
昼過ぎ、空の上。
おおよそ五百キロの旅路を集合時間の一時間前より駆け始めるなんて字面的には暴挙だが、ご機嫌な〝翼〟があればこの通り。
余裕綽々で空を突っ切り迫真の十分前行動を無事完遂である。正直なところ主としても、なっちゃん先輩の発言には無限に頷く他ない具合だ。
「────飛行型の【星屑獣】を誰もが調伏できれば、比喩ではなく世界が劇的に縮まるな。……まあ、現状では誰かさん以外に実現不可能な訳だが」
と、サファイアの背で聞くのは珍しい声。当然のように初体験爆速飛行を涼しい顔でやり過ごした囲炉裏から、なにやら腹立たしい半眼を贈呈される。
「なんだその顔は貴様。運んでやったというに感謝しろ」
「ありがとう。よければ帰りも頼むよ」
そして、当たり前のようにサラッと背から飛び降りる無敵侍。背後で同じくキャリーしてきたニアが「んにぇっ……!?」と鳴き声を上げたが心配などいらん。
たかが百メートル程度からの高所落下など、危険の内に入らないだろう。
「────序列持ちってのは、アホばっかだね」
「この場でその発言できちゃうの、いろんな意味で流石っすねカグラさん……」
そして珍しい声Part.2。俺の後ろの、もひとつ後ろ。クラン【蒼天】フルメンバー五人に子猫と侍を含めた、サファイア便の定員八名最後の一人。
こちらも囲炉裏と同じく初体験だというのに、まさかまさかの同じく涼しい顔。軽率に時速五百キロオーバーを叩き出した我が星影に『いいね』と楽しげな声ひとつ、予測を超えるバイタリティってか度胸を見せ付けた専属魔工師殿。
で、例外は二人だけ。自身も含めて序列持ちだらけな竜の背にて「アホばっか」などと問題発言をぶっ放したカグラさんは、しかし気にした風もなく。
「否定できないのがなぁ……」
「まあ、特にヤバい上の方とは流石に別けてほしいけど」
「あと西も別けてほしいでーす。いっそ『序列持ち』じゃなくて『席持ち』とかに改名してハッキリしっかり区別してほしいでーす」
「ふふ」
ついでに、それは周りも同様に。なっちゃん先輩、テトラ、ニア、ういさんと残る該当者から全く文句が出る気配がない辺り、なんとなく格付けが透けて見える。
我が『紡ぎ手』殿は、わかっちゃいたが程々どころでなく大した御仁らしい。
「……先輩、下りないの?」
さておき、目的地上空。集合時刻手前ってな訳で眼下には既に大勢のプレイヤーが集まっている。となれば自然、登り雨の如き数多の視線を浴びながら。
サファイアを空に留まらせるまま、同乗者と適当な会話を交わしつつ、ほけーっと地上の様子を眺めている俺にテトラが訝しげな声を掛ける。
こりゃ失敬、けれども許していただきたい。
「いやぁ……なんというか、こう────えらい光景だなと」
「凄い……大きい、ですね……」
「あー……うん。ウチも生では初めて見たわよ。壮観ね」
ってな具合に三人ほど、興味やらなにやらで視線を吸われていたものだから。
【セーフエリア】から遠方はるばる五百キロ地点。ギリギリ一つ目の〝円〟こと『ビギナーサークル』の内と言えど、此処は勿論のこと非安全地帯。
『緑繋』という異常存在の圧によるものか否か不明だが、一応この辺りにエネミーの縄張り等は存在していない。が、街から遠く離れたフィールド上に数百人規模のプレイヤーが〝待ち合わせ〟するというのは、それなりの大ごとだ。
各人、都合というものがある。俺たちのように直前で出発して間に合うような者は極少数であり、場合によっては前日から出向く者さえいただろう。
つまるところ、そういったプレイヤーは常ならば野宿……即ち非安全地帯にアバターを放り出したままログアウトを挟むという、危険を冒す必要が生じる。
言うまでもなく、よろしくない。
デスペナどうこうという話ではなく。遠方への旅であればあるほど、死に戻りにより歩んだ道程がリセットされるという多大なリスクを無視できなくなるゆえに。
たとえ結果として無事だった場合にも、毎度毎度ギャンブルの心境で大なり小なり精神を擦り減らすのは避け得ないだろう。ゲームらしからず世界が広過ぎるあまり存在する、アルカディアの『旅』特有の問題にして課題というやつだ。
つまり結局なんの話かというと、そうした問題を一挙に解決してしまえるような手段があれば、ソレは仮想世界における特級の〝権能〟足りえるということ。
たとえばそう────今まさに俺たちの眼下に在る、超巨大な〝結界〟とかな。
「最大で、直径一キロ強だっけ……?」
「らしいね。今も少しずつ拡張してるんじゃない?」
「ガチでとんでもねぇな……」
三つの頂点から成る三角形を中心に描かれた真円。よくよく目を凝らせば複雑精緻な魔法的文様で構成されている光り輝くラインが地を走り、形作る巨大な領域。
《三律護法結界》────だったかな? 北陣営ノルタリアの序列持ち三名の連携によって実現する、顕現時間無制限エネミー不可侵絶対安地の法である。
「はぁー、贅沢なベースキャンプだこって」
「なに言ってんだか。『色持ち』攻略なんて、これ以上なく注ぎ込めるもの全部を注ぎ込むべきコンテンツで間違いないでしょうに」
「それはそう……っし。んじゃ皆さん、下りますよーっと」
なっちゃん先輩の素っ気ないツッコミに独り言を打ち返され秒で納得しつつ、超絶ファンタジーな光景の観賞を打ち切ると共にサファイアへ思念伝達降下指示。
着陸地点は……────あぁ、ハイハイ。
とりあえず、元気にピョンピョン飛び跳ねてる若草色の元でヨシとしよう。
錚々たる面子に囲まれていたせいでセルフお口チャックしている後輩二号。
そして次回またガッとキャラが増えるぞ、覚悟しろ。