代わる代わる攻め入るは
「────とまあ、こっちはそんな感じで」
夜、自室。
「なっちゃん先輩もニアも大したもん……って言うと何様発言か。いや、流石だよ。ほぼ一日ぶっ続けで飛びっぱとか、俺でも普通に疲れるってのにさぁ」
機械仕掛けではない方の、ベッドの上にて。
「どっちも『疲れたー』みたいな泣き言はぜってぇ言わねえの。やっぱ似てるわ、あの二人。もう俺がいなくとも勝手に仲良くなりそう」
繋ぐ言葉は、ほんの少し遠くまで。
午後十時過ぎ。俺にとっては、就寝するには微妙に早い時間。けれども端末の向こう側。いつも通り淑やかに楽し気で、けれども眠たそうな声の主には夜遅く。
「うん? あー、順調は順調だよ。二人ともに頑張った分だけ怒涛の成長をしておられるわ。なっちゃん先輩に至っては、結局スキルも二日で獲得しよってからに」
返す返すに届く言の葉。ややお疲れ風味が声音から感じ取れるが、あっちは現実世界で学業という名の強敵を乗り越えた上で仮想世界の方でも特訓に励んでいる訳である。くたくたになってしまうのも無理はないだろう。
「仮想世界で出会う女性陣は揃いも揃ってタフが過ぎるな。見てる男子が心配になるレベル……──っていうのは、ソラさんにも当てはまることなんだけども」
ゆうて、俺も俺で疲れていない訳ではない。一日の終わりが近付く今に在っては、思ったことを次から次へ零しているように頭も大して回っていない。
「はは、俺が言うなってか。確かに」
そうして個人的に頑張り屋さん筆頭である相棒の調子を窺えば即、眠たげな声で「そっちこそ」と返されてしまった。まあ仕方なし、自覚もある。
俺は俺として、身命を賭して仮想世界を心ゆくまで楽しんでいるだけ。
そんな根幹たるスタンスが変わることは今後もないだろうが、遊んでいるからといって疲れない訳ではない。むしろ『真剣に全力で遊ぶ』なんてものは、この世に存在する如何なるものより健全かつ全速で体力を消耗する事柄であるゆえに。
「んじゃ互いに。せっかく旅行で休めた身体を、あっという間に酷使しないよう」
この世に存在する如何なるものより健全かつ心地良い疲れをも楽しむまま……と、バッチリとキリが良いタイミングを突けたつもりだったが、当然のように耳に届く寂し気かつ不満気な吐息混じりの「そうですね」に苦笑しつつ。
「あぁ、おやすみソラ。また明日な」
ほんの僅か、暫しの別れの挨拶を交わし合って。
いつもの如く、中々プツリと切れることのない通話の向こう側から、実に愛らしくいじらしいパートナーの呼吸を聞きながら。時を数えて────十秒。
心を鬼にして幕を引くのは、いつだって俺の役目だ。
「んはぁ……」
機能を全うした端末を労うこともなく枕元に放り投げながら、相棒は勿論のこと人様には聞かせられない真に脱力した謎の鳴き声を上げつつ目を閉じる。
心配はしていなかったが、気にはなっていた。そんな向こうについても上手くやっているようで何より。【銀幕】殿は思いの外に優しくしてくれているらしい。
ソラが言うには『想像していたよりも可愛い人です』とのことで……果たしてアレを可愛いと言ってしまえる相棒のおおらかさに笑うべきか、はたまたアレを可愛い人に変貌させてしまう相棒の絶対的な天使力に笑うべきかといったところである。
ともあれ、楽しそうで良かった。
珍しく互いにログインしているというのに会うことなく一日を終えてしまったから、もしかすれば拗ねているのではないかと気になった────という建前の元、俺が声を聞きたくなってしまったがゆえ電話を掛けてしまっただけではある。
けれども通話を繋いでの一発目。嬉しそうな声を聞けたので、こっぱずかしい己が心の動きには目を瞑ってやるとしようそうしよう。
「…………」
──────────……
────────……
──────……
……はて、おかしいな。俺の勘だと、もうそろそろ────
「……。はいはい、来た来た」
然して、まさにといったタイミング。芸細で時刻によって調子が異なる呼び鈴が、ゆったり優雅で穏やかなメロディを部屋に奏で奉った。
もうなんというか、流石の流石に予測通り。よっこらせとベッドから跳ね起き、いつにも増して驚きもなにもないまま唐突な訪問者を迎えに玄関へ足を運ぶ。
確認さえ必要ナシ。
どうせと言っては失礼極まりないが、ドアを開ければ立っているのは────
「よし、髪は濡れてないな。大変結構だ偉いぞ流石はアーシェ」
「……なんの話?」
現実において現実味のない、雪のように真っ白な髪を揺らすお姫様。彼女以外にないだろうと、俺の中で謎の勘が確信を以って告げていたから。
次がそこそこ長くなるので短キリ。
そりゃ夕食一回昼食一回だけで満足する訳ないでしょう。