藍色娘奮闘中
現西陣営序列六席【藍玉の妖精】がその身に宿す身体一体型魂依器。第三階梯【揺蕩う藍玉の双星】は、数多くの稀有な特質を併せ持っている。
そもそもが稀少な身体一体型カテゴリ……つまりは『魂の分け身』という謳い文句にも拘わらず、結局は一心同体となってしまったパターンがまず一つ。
次に、ニアが職人として極々狭い範囲で活用している『遠隔常時独立待機』能力。単に言葉で表すだけでは意味不明だが、つまるところ俺のビルドが要である【藍心秘める紅玉の兎簪】に常駐している〝力〟のこと。
例の『瞳一つにつき一つの魔法を相応しい宝石に籠められる』的な裏技能力だが、あれはどうも正確には魔法を籠めている訳じゃないらしい。
目印となる宝石を基点に発動待機状態にした魔法を、留め置く。
それを延々と維持し続けることで、藍玉の奇跡は授けられた者の意思にて何時でも何処でも煌めきを生む────そう、無論とんでもないことだ。
数分、数十分、数時間なんて、ちゃちな規模の話じゃない。数日程度は当たり前、下手すりゃ数ヶ月どころか数年だって使われぬままであっても、ニアの瞳は加護を拝した者を延々に永遠に見守り続けるのである。
つまり奇跡と呼んで相応しい御業によって一時的に力が失われるのではなく、見続けているがゆえに他の力を行使できなくなるというだけ。
ニアが言うには、おそらく力の継続時間に限界はナシ。更には自慢の脚で頻繁に遥か彼方へぶっ飛んでいく俺に授けた力が途切れたこともないとのことで、今のところは限界距離も同じくナシ濃厚といったところだとかなんとか。
呆れるばかりの無制限っぷりだが、時間と付き合いを重ねて……まあ、それなりに知り合ってきた者としては『お似合いである』としか言いようがない。
一途で、健気。そこはかとなく重さを感じるのも、いっそ愛嬌の内と言えよう。
とまあ、以上の二つは置いといてだ。三つ目、双眼の完全開放により起動する透視能力《月をも見通す夜の女王》こそが此度の攻略における肝となる。
旅行中、西陣営現序列称号保持者の総動員令によって招集が掛けられた折。
それまで世間に晒していなかった己が魂依器の詳細をニアが白状するに至り、そりゃあいろいろな意味で会場が盛り上がったらしい。あのアーシェが衆目の前でナチュラルに困った顔を晒し、あのヘレナ女史が天を仰いだというのだから相当だ。
当然だろう。様々な意味で行き先が見えない対『緑繋』攻略作戦におけるジョーカーが、知らぬ間に腕の中で震えていたというのだから。
【揺蕩う藍玉の双星】が初期の第一階梯から有していた根幹能力にして、二度の進化を経た今に至っても唯一の能力。物を見通し見透す力。
物質的な透視だけに留まらず、その物が秘める概念的な根源までをも視る力。プレイヤーやエネミーを始めとした『強い魔力を内包する存在』には視線を堰き止められてしまうが、魔工師の手掛ける作品を除き無機物相手なら大概は通る。
で、これも俺が温泉に浸かっていた時分。かの【剣ノ女王様】直々に同行というVIP待遇で連行もといキャリーされたニアが、その目で実際に確認した結果。
二日後に俺たちが挑むフィールド────【緑繋のジェハテグリエ】の〝背〟に在る異常空間において、その権能が有効であることが確定した。
それに付随して一つ、誰であろうと『はぁ???』と言わざるを得ない事実も確認されたのだが……そっちについては、攻略に関係するか不明なので一時保留。
だから、つまり、即ち、とにもかくにも……────
「………………………………………………だめ、しんじゃう」
「ちょっと男子」
「気遣ってますメッチャ気遣ってます。ほらニア大丈夫か無理すんな?」
本人曰く『長時間運用するものじゃない』とのことだが、活躍を期待するなってのが無理な話。重ねて無茶をさせたいなどとは俺も誰も思っていないのだが、攻略ガン刺さりの切り札であるがゆえ本人も気負ってしまうのだろう。
テンション爆上げサファイアにも結局は爆速適応した秀才天才なっちゃん先輩も然り、華奢な身体をバッチリしっかり確保するまま見守り続ける俺も然り。
二人で揃って何度も『無理すんな』とは言っているのだが、無理を押して根性を振り絞っては今のように撃沈を繰り返すニアちゃんである。
言われるまでもなくフラついた身体を支えるを越えて抱き留めるが、現状この場にいる全員ガチ真面目にやっているため恥ずかし気もなにもない。遠慮なく俺に全部を預けているニアの方も……余裕ゼロな表情から察するに、まあ同じだろう。
〝仕事〟となればスイッチ入るからなコイツ。カッケェ奴なのは知れたことだ。
「うぅえぇえ…………………………今ので、どんくらぁい……?」
「ちょうど一分くらいじゃない?」
「だな。前回から二秒も伸びたぞっとっとっとぁコラやめろ煽りじゃねぇ」
斯くして、特訓開始から早数時間。最初に俺が適当を言った『五分』というのはマジで無理無茶無謀の戯言だったらしく、今に至って後悔するばかりである。
頭突き連打の刑に処されるのも致し方ないと言えよう────ってなところで現状の成果としては、一分に満たない継続起動からの要休息が十分ほど。
無理すんなと本心から言葉を重ねてはいるが、しかし俺も究極的には遊びと言えど適当な心持ちで挑む訳ではない。ので、事実列挙には容赦しない。
『緑繋』攻略に際して在る様々な要素を複合して考えれば、持続時間は心許なさ過ぎるし休息時間も長すぎる。ぶっちゃけ今のままでは使い物にならないだろう。
しかし、前回からは二秒も伸びた。……そして前々回から前回は一秒も伸びているし、前々々回から前々回など三秒も伸びている。
高速飛行とのコンボという間違いなく目にも頭にも多大な負荷が掛かっているだろう、慣れない力の使い方にも拘わらず。必要なインターバルだって、確実に着実に減らし続けて遂に十分程度まで落ち着いてきた。
頑張ってる。
超、頑張ってる。
そりゃもう、ハチャメチャに頑張っている。
「……ニア?」
「ぁぃ……」
それはもう、間違いなく。
「根性あるわねアナタ。好きよ、そういう子」
「……わーぃ……ぁりあとざぃまぁす…………」
あのツンデレ子猫が、順調にデレ始めている程度には。
でもって……まあ、なんだ。俺については、もうそんなん今更も今更の話ってか改めてなにがどうこうってことでもないのだけれども。
「ぅぁーん……」
「ほら男子。ちゃんと労わってやんなさい」
「男子に預ける役目かなそれ」
「じゃあハル。ちゃんとヨシヨシしてあげなさい」
「名指しされたら逃げらんねぇなぁ……」
なっちゃん先輩のように、軽々と口にはできない立場であるゆえに。軽々しくはなくとも、人前では口にしづらい立場であるゆえに。
残念ながら、この場で言葉を贈るつもりはないが────
「……ぐふへへへぇ」
「笑い方。それでいいのか女子」
ぐったりした身体を抱きながら、先輩殿の命令を免罪符に。
風に揺れる藍色を労わるように優しく丁重に梳いてやれば、腕の中から漏れ出したアレな反応に苦笑を零しつつも手は止めず。
まあ、なんだ。機会があれば、後ほどってことで。
そういうところは素直に好きだと思う……程度なら。
それとなく伝えてやることくらいは、罪にならないと信じたい。
罪です。でも赦す、やれ。