猫二匹
翌日の昼。お騒がせな藍色娘一名の相手をしている内に真夜中へ突入してしまい、結局は手を付けられなかった分も含めて勉学に励んだ午前を経て。
「ナツメの調子はどう?」
昨夜の夕食同様、久々に卓を囲んだ昼食の場にて。
大事目前だからこそ、既に備えを終えて余裕のある『姫』ことアーシェは当然の同席。そして、箸を置きつつ俺へ向けたのは同陣営の仲間の様子を問う言葉。
なっちゃん先輩が事ある毎に姫、姫と呼び名を口に出すことからわかっていたが、どうやら仲は良好らしい。声音から純粋に気を掛けているのが察せられる。
これで世話焼きな姫様のことだ。家臣に慕われ支えられるだけではなく、可愛い後輩のことは十二分に可愛がっているのだろう。だからこそ慕われ支えられる訳で、尊く微笑ましい縁の円環が実に結構なことではないか────
なんて、なに目線だよという謎思考で勝手に穏やかな気持ちになりつつ。
「ん、順調も順調。適応速度が早過ぎて怖いくらいだよ」
相も変わらず爆速な健啖家とは競る気もなく。のんびりと四谷宿舎シェフ特製の生姜焼き定食に舌鼓を打ちながら、昨日のアレコレを踏まえた答えを返した。
「流石に《騎手》スキル獲得まで行けるかどうかはわからんけど、仮にスキルが生えなくてもサファイアを一人で乗りこなせる程度にはなりそっすね」
「そう。流石ナツメ」
「誇らしげな顔だなぁ」
「勿論。自慢の後輩だもの」
そっすか。まだ食事の途中だが、ご馳走様ってなところである。
「────それじゃ、次のステップ。今日明日は予定通り……」
で、ほんのり微笑を振り撒いたガーネットの瞳が移ろい、次に視線を向けられるのは隣。俺の向かいでアーシェと並んで座っているもう一人。
「……、…………」
黙々と定食の漬物をポリポリしながら、懲りずに気配を消していた当事者へ。
「三人で、仲を深めておいてね」
対『緑繋』攻略における、事実上の〝要〟となるであろう三人小隊。俺&なっちゃん先輩に続くラスト一名は、今に至り決して嫌々でも渋々でもない様子で。
『はぃ』
しかし、やはり決して乗り気な訳ではないといった様子で。
殊更に小さな文字を端末に浮かべながら、ひゅふーっと溜息をついていた。
◇◆◇◆◇
「────ってことで、こちらが【糸巻】なっちゃん先輩」
「よろしく」
斯くして、昼食を終えて午後一発。
「でもって、こちらが【藍玉の妖精】ことニアちゃんでござい」
「よろしくー……おねがい、しまーす」
割かしトップ層に対しても顔が利くことで何度か俺を驚かせてきたニアだったが、なっちゃん先輩とは面識がなかったらしく今回が初の顔合わせ。
俺が連れてきた子猫を、ホームであるアトリエで藍色娘が待ち構えた形だが……はて、共に猫っぽいキャラがゆえなのだろうか。
なんか、謎に互いを警戒している様子に見えるのは気のせい?
「「………………」」
ほら、沈黙である。別に気まずい空気とか剣呑な空気って感じでもないが、なんかこう絶妙に雰囲気が調和しないというか擦り合わないというか……──
「ごめん、ちょっとタイム」
然して、先に動いたのは子猫先輩。
ただし問題が一点。それはアクションを向けた対象が打ち解けるべき女子一名ではなく、ぼけっと隣に立っていた美少女一名(非女子)であったという部分。
ガッと首を根っこを掴まれるままニアちゃんズ工房から強制ゲットアウェイ。外へ連れ出された俺が当然のこと「なにしてんの?」と不審な目を向ければ、なっちゃん先輩は何やら形容し難い表情で口をモゴモゴさせた末に────
「あのね」
「はい」
「ウチ、あれなのよ」
「はい」
「こう見えて、というか、なんというかね」
「なんすか」
モゴモゴモゴモゴ、ひたすら煮え切らない態度を見せ付けた末に。
「ひ……………………………………………………人見知り、ではないんだけど」
「成程。人見知りなんすね」
ぽしょりと心細げな呟きが零された瞬間に『納得』の意を示せば、襟首を掴まれたまま。怖い先輩殿にギロリと理不尽な睨みを向けられる可哀想な俺。
「ちっがう……! 別に誰でも彼でもじゃないしっ! ただ、こう……っ有名な人とか、名高い人とかが相手だと────誰だって、そんなもんでしょ!?」
「わかる、わかるよ。ほんともう同意しかない心の底から理解できるからヤメテぶんぶん振り回すのヤメテ首取れちゃうからヤメテ……!」
珍しく……という訳でもないな。なにやらテンパっていらっしゃるのは理解できたが、そうなるなら足を運ぶ前にその旨を伝えといてほしかった。
ニアが『有名なプレイヤー』で『名高い職人』で『すげー奴』なのは、いい加減に俺も深くふかーく理解している。初期の出会いや現在の付き合い諸々に引っ張られて、その身に掲げる【藍玉の妖精】という名を侮ったりはしていない。
なっちゃん先輩にとってはニアも立派な先輩だからな。気持ちはわかるさ。
「わかったから。緊張しちゃうから上手く間を取り持てってことね完璧に理解したしオーダー承ったから落ち着いてどうぞ。ハイほら襟、離す」
「ご、ごめん。よろしく……」
「はいはいっと」
なっちゃん先輩は素直でいい子である。ちょっと感情と口が素直すぎるきらいはあるが、しかし謝罪もお願いも等しく素直に言葉に出来る真実いい子である。
無茶苦茶されても、結局は好感度が上がるばかりだ。
といったところで、作戦会議は無事終了。直前の焼き直しで再び部屋の扉をノックし、また返事を待つ必要もないだろうと軽快に再入室を────
「はい。ちょっと来なさい」
「えぇ……」
果たす瞬間のこと。足を踏み入れるか否かの時点でガッと前方から手首を掴まれ、ニアちゃんルームの奥にある作業場へ強制ゲットアウェイ。
連行された俺が当然のこと「なにしてんの?」と不審な目を向ければ、ニアは何やら犯罪者を見るような失礼な表情を俺に向けつつ……。
「口説いたの?」
「口説いてねぇわ。口説かねぇわ。口説く訳がねぇわ────っそいッ!」
「ぁいったぁッ!?」
転身体用の腕&脚装備【氷織の燐光手】及び【氷織の燐光脚】を〝想起〟で瞬間除装すると共に、堂々とアホなことを宣った専属細工師殿へSTR:0クオリティのデコピンを情け容赦なくお見舞いする。
速度だけは一級品であるため景気の良い音が響いたが心配無用。職人ビルドは戦士ビルドと比べれば虚弱というだけであり、その身体は現実比十分に超人だ。
悲鳴を上げて軽くのけぞった、だけで済んだニアが睨んでくるが謝罪の必要はないだろう。むしろ『そんなこと』をする疑いを掛けられた件を謝ってほしい。
今更、他に目を向ける余地などある訳がないだろうと。
「馬鹿なこと言ってないで、必要事項を話したまえ。どうしたニアちゃん、コミュ力の化物みたいな奴が何故に無言で固まってたんだよハイ引っ付かなーい!」
間仕切りされている作業場は一応、なっちゃん先輩が待機しているであろう部屋から死角にはなっている。しかしだからといって他人と同じ空間で甘やかしはNo。
ので、迫真の回避。わかりやすく口を尖らせて拗ねた顔を見せ付けられるが、そこは鋼の意思で線引きが必要だろう。いや、本当に、必要だろう。
なにせ、これから三人で組む訳だから。
バカップル(カップルではない)二人と行動を共にせにゃならんのか……などと先輩殿に白い目で見られたら、精神的に終わりであるゆえ。
「ちぇー……! いいじゃんちょっとくらい、ちぇーっ……!」
「拗ねんな。はいほら話す、なんで無言で見合ってたん」
「んむぅ……! ────…………なんでって、そんなの、あれじゃん」
然して、急務は迅速な仲介任務。なっちゃん先輩に続き一対一、順繰りの謎カウンセリングに勤しんだ結果としては……ま、知れたこと。
「ふ、普通、さぁ。有名人と初対面とか、誰でも緊張するものじゃん?」
「オーケー君ら相性いいよ。臆せず正面衝突してこいや」
推定、小隊の未来に不安ナシ。
ってことで茶番めいた任務はサクッと消化して、次のステップへ進むとしよう。
初対面の猫を引き合わせると大体こうなる。