白黒デュエット
『才能』覚醒者予備軍と世に言われているナツメだが、かの『全能』や『記憶』といったような明確な超能力と言える〝力〟を持ってはいない。
けれども。
現時点で最も才能覚醒に近い者と称されるだけの所以は、備わっている。
「力、抜きなさい。制御は乱さずにね」
「難しいことを仰る……!」
「あら、難しい訳ないでしょ」
服の内、胸元に秘めたペンダント。思い一つに呼応して自在に〝糸〟を生み出す常時発動型の魂依器が、主の求めを汲み取り白雪の線を夜に放つ。
「誰との連弾だと思ってんのかしら?」
それは最早、心身問わずに染み付いた容。『記憶』などなくとも忘れることはなく、過つことなど在りはしない呼吸が如き十指の操奏。
この程度、練習曲にさえなりはしない。
「っ……」
ピタリと張り付けた背から感じ取れる心拍は平常そのもの、変に意識はされていないようで誠に結構。影糸を紡ぎながら伸ばす右腕右手にナツメが自分の右手を重ねても、後輩は息一つを除いて動揺を零さなかった。
それでよろしい。では、始めるとしよう。
「…………──────────」
静かに深く息を吸い、そのまま。故意に頭の奥を痺れさせていく。
沈んでゆく。
没入してゆく。
そして、ほどけてゆく。
混ざりあってゆく。
〝糸〟を撚る。『己』が右手を添わせた己が右手を伝い、『己』を真似て形作られる己が影糸へ絡めていく────感じ取れるのは、馬鹿馬鹿しいまでの奔放さ。
繊細従順なナツメの【奏紡の白雪糸】とは似ても似つかぬ全くの別物。〝糸〟を模る姿は可能性の一つに過ぎず、その本質は歪に蠢く力の濁流だ。
しかし確かに、認めている。従っている。好いている。
ならば重畳、これは決して制御の及ばぬ代物などではない。己が共に遊ぶに相応しい、似た者同士の問題児というだけのことであった。
ほんの僅か、浮上する。
「────ハル」
「ぁはい」
深い交わりを断ち、自己を取り戻しつつ声を掛けた。心を慎重に選り分けて、いろいろなことを見誤らないように気を付けながら。
一方通行で触れてしまった深層の色を箱に詰めて、二度と開けることのないように。いくつもいくつも、必要な鍵を掛けながら。
「呼んで」
「はい?」
「〝私〟のこと、呼びなさい。一回でいいから」
ちょっとした儀式を、経費代わりに。呼び声を以って、目を覚ますために。
「えぇ、と……? あー、なっちゃん先輩?」
「……ま、それでいいわ」
正直なところ、遺憾である。遺憾ではあるが────まあ、ヨシとしよう。
〝感応〟は成った。あとは識れたことを、活用するのみ。
「ふー…………【九重ノ影纏手】だっけ? これ。けったいな代物ね、全くもって優雅の対極にあるわ。アンタにそっくりでアンタにピッタリ」
「ねぇ、なに。いきなり悪口が始まるの?」
後輩の右腕に嵌められている、見ようによっては少々不気味な腕輪を指先で叩きながら言う。さすれば返ってくるのは、予想通りの生意気な不平声。
無視。
「その子、ほぼほぼ思考操作に制御系が偏ってるじゃないのよ。アンタなんでウチの真似っこで演奏なんてやってんの? 意味ないじゃん」
「…………マジか、本当に触るだけでアレコレわかるんだな……。いや、意味なくはない。思考操作だけじゃ制御難が過ぎるからイメージ補強が必須なんすよ」
「不器用ね。称号が泣くわよ」
「モラハラやめてください先輩」
……と、要調整。近付き過ぎている。この辺についてのコントロールが容易に行かぬ内は、才能本覚醒など夢のまた夢といったところなのだろう。
竜の背中、空の上。乱暴に髪を浚う風が気を紛らわせる役目に丁度良く、他者と他物の在り様に触れて乱れた頭に心地よい。
一つ、二つ、ゆっくりと呼吸を重ねて。
「────んじゃ、お手本を見せてあげるわ」
「自由か。ついていけてねぇっつの……」
今度こそ、完全浮上。能力の特性上は仕方のないことであるといえど、避け得ず不本意に不思議ちゃんめいた振る舞いを見せてしまった分は……。
「ついてきなさい、ハル」
早速、先輩らしい格好付けで上書きさせてもらうとしよう。
〝糸〟を繰る。
「ぅ、おぁ……っ!?」
指が奔り、白糸が閃き、並ぶ影糸を躍らせる。
そして、奏者の指もまた。言いつけ通りに力を抜くまま、ナツメの意のままに右腕全てを操られる後輩が無様で可愛らしい声を零した。
「っふ」
「なに今の嘲笑ッ!」
笑み一つ、いい気分だ。
「集中なさいな未熟者。全部しっかり覚えときなさいよ、得意技でしょ?」
「こんにゃろっ……!!!」
いい加減、コレの扱い方も心得てきた。
『姫』と同じ、世紀の負けず嫌いにしてエンジョイ勢。負けん気と好奇心を煽ってやれば無尽蔵に真剣味とやる気を湧き上がらせる、モチベーションの怪物だ。
まだまだ二重奏には及ばぬ、先駆けと追走の拙い連弾奏。
糸を繰り、糸を巻き、揃え奏でて、描き絵描いて躍る果てに……────月と星が見守る夜空に、白糸と黒糸の共同作を打ち上げた。
「──────……、…………」
バサリ、バサリ。
重ね合った右手を結んでは開けば、空に大きな羽ばたきが響く。
「ほら、こんなことだって簡単にできんのよ。精進なさいね後輩君」
「…………は、ははっ……!」
静かな夜空に、竜の影が二つ。
羽音に驚いて首を向けた星影の竜が、ソレを見て驚きを重ねたことを示す微細な揺れを愉快に感じ取りながら。振り返れば、そこに在ったのは子供の顔。
「すっっっげぇ‼︎ っはは! 見ろよサフィー、お前のそっくりさんだっ!」
「うるさっ……! ぁ、ちょ、こら調子に乗んなっ!」
先導され、自らが描かされた作品を見て。興奮と感動を隠すことなく曝け出し、呆れるまでに純粋無垢な笑顔と声を振り撒く子供がいた。
結んで開いて、結んで開いて。玩具に夢中になる幼子が如く、糸で繋がっているナツメの手を道ずれに何度も何度も糸紡の竜を羽ばたかせる。
別に、問題はない。問題はないけれど、
ちょっと驚かせてやろう程度の悪戯心で描いた児戯に、こうまで無邪気に喜ばれてしまったゆえの……罪悪感とも知れぬ感情で、また僅かに心が乱されたから。
「ちょっと、おい! なっちゃんさん!!!」
「な、なによ。あんまり耳元で叫ばな────」
重ねようとした文句は、果たして。
「アンタすげぇな‼︎ 流石だぜ先輩マジやべぇッ!」
「……、…………──────────ッはん! 当 然 で し ょ う が ! ! ! 」
いろいろと馬鹿馬鹿しくなった末に、そっと夜空へ散らしてしまった。
〝感応〟……触れた者、物の性質や本質を感覚的に理解する力。
簡単に言えばアルカディア十八番の脳内インストールシステムを個人で自由に扱うことのできる異能。これにより『触れたら理解できる』というズルを自身の所有物以外あるいは物以外にも適用できてしまうため、そりゃもう様々な利点がある。
『感じ取る』という性質が極めて強い点が副作用。そのため本編中なっちゃんが若干や不思議ちゃんになってしまったように、慎重かつ上手に扱わないと心と思考が一時的に混じり合って大変なことになったりならなかったりする。
つまりなにが言いたいかといえば、なっちゃん好きってこと。
なんでヒロインじゃないんだよ。バグか?