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アルカディア ~サービス開始から三年、今更始める仮想世界攻略~  作者: 壬裕 祐
尊き君に愛を謳う、遠き君に哀を詠う 第四節
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白白散歩

 ────ヒトが歩けば魔法や奇跡に正面衝突するのが常なる夢の具現。仮想世界アルカディアには、ある一時まで不動の常とされる〝理〟があった。


 それはいつか、一人の少女が無謀な連れ合いに言った言葉。



 『人は空を飛べない』



 どれだけプレイヤーことヒトが現実を超越した力を身に付けようとも、三年という時を経て一向に出現しなかった力こそが〝空を歩む〟能力である。


 様々な理想や無茶苦茶を仮想の身体でもって実現させる埒外のゲームだ。技術的な問題で実装が叶わないのではという線は、それこそ現実味がない。


 ならばそれとは別の理由……例えば一線を越えた移動能力をプレイヤーに与えてしまうことで、ゲームバランスを著しく乱す可能性を危惧しての采配であるとか。


 またあるいは身一つで宙を翔けるというファンタジーが、人の処理能力には余る過ぎた奇跡であるための意図した制限であるだとか。


 それはもう、様々な仮説が乱立していた────ある一時・・・・に、不動の常を粉々にぶっ壊す馬鹿者が、賑々しく台頭するまでは。



 ……と、そういった話を他人事ならず知っている身ゆえに。


「…………なっちゃん先輩、空、飛べたんすか?」


 夕暮れに染まる空の真っただ中。


 この上ないジト目で文句を垂れている様を差し引いても『神秘的』と称して不足ない光景を目前に、俺は至極単純な驚愕を素直に口から零していた。


 零しつつ、最高到達点に至った束の間の浮遊感が終わる前に《タラリア・レコード》のアクティブ能力を起動。敏捷値の大半を封印する代わりに空を踏む権能を得た両足でもって虚空に立つ……そんな俺を見て〝彼女〟は一言。


「……ふんっ」


 一言、というか一笑を返しつつ面白くなさそうな顔。


 そりゃあもう、本当に心の底から面白くなさそうな顔をしてジトりと俺を睨む。


「アンタには、これ・・が優雅に空を飛んでるように見えんのかしら?」


「………………」


 然して、そう改めて問われたならば。


「………………」


「………………」


「…………………………網に掛かった、悪戯子猫────」


くびる」


「ごめんなさいッ!!!」


 よくよくよくよく観察した末に『感想』をぽつり呟いた直後、因果応報自業自得とばかりに殺到した無数の糸を命からがら全力回避。


「チッ……すばしっこいわね」


「ねえ今、舌打ちしました? マジで縊ろうとしました?」


「限定されたフィールドじゃなくて、こうやって〝空〟で見ると本当にズルいわねアンタ。マジで自由自在に飛んでんじゃないわよ馬鹿にしてんの?」


 果たして捉えられていれば締め上げられたのだろうと確信せざるを得ない躊躇のなさだったが、流石に容赦はしてくれたらしい。


 スキル諸々で増し増しとはいえ、数値にすれば一時的に60程度まで落ち込んでいる敏捷で避け切れたのがその証左。しかしながらそれはそれで気に入らないらしく、無事のままヒョイヒョイ糸を躱された先輩殿は────


 南陣営序列第七位【糸巻】ナツメこと、なっちゃん先輩は不満顔だ。


「んなこと言われましても……」


「……一応『大したことをしてる』って自覚はあるようだから、許してあげるわ。無自覚系主人公みたいなこと宣ったら引っ掻いてやるつもりだったけど」


 恐過ぎ。しかしながら、彼女のこういう部分こそ個人的に割と嫌いじゃない。


 ………………んで、えー、と……。


「その、差し支えなければ、エスコート・・・・・などを……?」


 言葉や諸々の態度から察するに、自由に飛べる訳ではなく()()()()()()()()()()だけなのだろう。それこそ自在に宙を奔る〝糸〟こと彼女の魂依器なら確かに可能な芸当なのだろうが、思うままってな具合にはいかないらしい。


 ので、僭越ながら伺いを立てれば────


「……まあ、及第点ね。よろしく・・・・


「あ、ハイ」


 手を差し出すでもなく、自らの身体を取り巻いた糸に寄りかかるまま。ツンとそっぽを向きながら後輩の献身を受け入れる構えの先輩様。


 なんだろうな。見ようによらずとも『なんだコイツ』と思って然るべき場面だというのに、今に至っては謎の愛嬌と親しみやすさしか感じないのは。


 ガチの殴り合いを経た仲ゆえか、俺が一方的に憧れってか羨望の目を向けているゆえのことか……まあ、別になんでもいいか。


 結局は嫌われてる訳じゃないっぽいってだけで、現状は十二分だ。


「ぁ、でもストップ。別に抱きかかえられるくらいでキャーキャー騒ぐような純情乙女じゃないし、アンタも気にしないでいいけど一つだけ」


「え、なんでしょう」


 と、空をスタスタ歩いて近寄る俺に掌を突き付け、なっちゃん先輩が待ったを掛ける。対して、なんだどうした俺も別に気にせんぞと首を傾げれば……。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「なんだコイツ」


 よくわからん横暴を並べられ、さしもの俺も口が軽くなってしまった。



 ◇◆◇◆◇



「……仕方ないじゃない。なんでかアンタ、戦り合ったとき二回とも転身体そっちだったんだし。男ってわかってるけど男ってイメージないのよ、悪かったわねっ」


「だぁから、別に怒っちゃいませんってばよ」


 さてはて、お空での愉快な待ち合わせの一幕を終えて。


 俺は三日後の『緑繋』攻略に際して〝相方〟となるらしい少女を抱え、当社比ゆったりのペースで空中散歩に興じていた。


 抱えられる方が『白』なら、抱える方も『白』と揃いの色姿。


 言われてみりゃ彼女と対面する時は転身体こっちばかりだったなと思い返せば、俺の基本イメージに美少女顔が焼き付いてしまったらしいというのも仕方ない。


 ので、先程はつい素の声音と半眼を披露してしまったが文句はない。なにやら気にさせてしまったらしいのは俺こそ悪かったってな具合だ。


「しっかし、なんでまた空なんて洒落た待ち合わせ場所指定をされたんで?」


 《天歩ロケット》を使わずとも空を翔けられるようになった今の俺は、割かし悠々とした空の散歩が可能である。それでも諸々の移動系スキルを走らせ時速百キロ弱は出ているはずだが、序列持ちならこの程度なんでもないだろう。


 《月揺の守護者ルナ・ノウバディ》の加護もあって高空でも受けるは微風程度。ささやかに揺れる前髪を払いながら、なっちゃん先輩は涼しい顔で遠くを見つつ無言。


 こういう時、おそらく余計に構うのは逆効果だろうという確信がある。なぜってそんなもの、猫は放っとけば逆に懐いてくる生き物だから────


「……別に、待ち合わせ場所にした訳じゃなくて」


 と、流石に誰かさんたちのような俺読みスキルは持っていないようで。暫くしてから返ってきたのは鋭いツッコミではなく、どこかぼんやりとした返答。


「トラデュオが終わってからすぐ、あそこで練習・・を始めたってだけで……暇があれば、ずっとそうしてたから。そっちの予定が空いたら、来てって感じで」


「ふーん……?」


 つまり『ここで待ち合わせな』って伝言ではなく、正しくは『ここにいるから、いつでも来い』ってな伝言だった訳だ。とすると聞くべきは……。


「練習って?」


 空を飛ぶ練習だろうか、なんて至極単純に思い浮かぶ推理を胸に問うてみる。すると彼女は、また暫く遠くを眺めながら黙った末に────


 今度は、やや不機嫌そうな表情を露わにして。


「……アンタ、二回戦で、()()()()()()()()()()()じゃない?」


「あー……ハイ」


 それは他でもない先日の『トライアングル・デュオ』にて演じた、対【銀幕&散溢】戦のことを言っているのだろう。なっちゃん先輩が口にした通り、そりゃもう彼女にとって()()()()()()()()()()()()()()()()()試合のことだ。


「ウチの真似は、まあいいわ。精々、後輩らしく励みなさいってくらいで」


「は、はぁ……その、頑張りま」


「────でも」


 ジロっと、遠くを見ていた黄色の瞳が俺を睨む。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それはマジすっっっっっっっっっっっっっっっっ────────────────…………」


「…………」


「…………っごい腹立ったから、絶対に許さん。覚えときなさいよ」


「溜めたなぁ……」


 怨嗟ってか、死ぬほどの負けず嫌いが溢れ出しているようだ……とまあ、それはさておくとして。言いたいことは大体のところ察しが付いた。


 練習と称して宙空にて自分の身体を糸塗れにしていた例の光景を踏まえれば、それこそ誰にだって思い至れることだろう。つまり彼女は……。


「〝糸〟自体は自在でも、自分の身体に繋いで操るのは苦手と」


「なんでわざわざ言った。ケンカ売ってんの?」


 俺で言う〝織纏センテン〟の応用技────つまりは、自らのアバターを糸で操るマリオネット技法を扱うことができないらしい。で、俺がそれ・・をやっているのを見てプライドに火が入ったと、そういうことなのだろう。


 練習を試みている時点で不可能ではないらしいが、様子から見て少なくとも得手ではない。それを強がりでも口にしないのは全くもって彼女らしい。


 なんだかなぁ。やっぱ、こう、……なぁ?


「……なによ。ジッと見んな」


「こりゃ失礼」


 詳しい話はこれからだが、ふむ────〝相方〟実に結構。やはりというかなんというか俺、この人とは将来的に仲良くなれる気しかしないのでね。


「なっちゃん先輩」


「まだ続けるかソレ。ちゃんとナツメ先輩って呼びなさ」


「俺も()()()()()()()()()()教えるから、よければそっちも【糸巻】式のアレコレ教えてよ。……って、元から機を見て頼むつもりだったんだけど如何です?」


 彼女の言う『可愛い後輩』となるべく後輩道を邁進する所存の身として、のんびり宙を駆るまま素直に健気に願い込みの提案を挙げてみる。


 さすれば腕の中。宣言通り純情な乙女のように恥じらう素振りもなく、なんかもう偉そうに抱きかかえられている子猫様はといえば……。


 キョトンとした素顔、


 そして眉根を寄せ怪訝な顔、


 更に、なにやら苦々しい顔へと愉快な変遷を経て。


「イヤ。お断り」


「そっか良かった。改めてよろしくな、なっちゃん先生」


「嫌だって言ってんのよ! 誰が先生だっ!!!」


「さておき、そろそろ本題に入るとしようぜ。『緑繋』攻略について────」


「聞きなさいよ! ほん、……んぁあッ! アンタやっぱり可愛くないッ‼︎」


 とまあ、そんな感じで。


 また一つ仲良くなれたところで、真面目な話を始めていくとしますかね。






なっちゃん好き。



あ、五章第四節も張り切って参りましょう。

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― 新着の感想 ―
なんだかんだ言ってなっちゃんは『先輩』って呼ばれて喜んでいると思う
ギフト持ちって実はそうとは知られてないだけで実はそれっぽいのが居たりするんでしょうか? それとも何らかの基準があるんでしょうか?
更新ありがとうございます。 次も楽しみにしています。 マリオネットマリオネット あれー、銀幕戦とは分かるんですが何処でやってます?
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