待ち合わせは高いとこ
さて。ある意味〝相方〟とも呼べる職人殿への挨拶諸々が最優先なのはヨシとして、序列に名を連ねる立場にある以上は俺にも責任ってやつがある。
もう今更だが既に俺の身柄は俺だけのモノじゃない訳で。席を空けたり帰ってきたりなどすれば、当然のこと都度お声を掛けたり顔を見せとくのが筋って話。
つまるところ、目的地その二も〝お決まり〟ということ。
「────なんだよサッパリした顔しやがって。俺も温泉いきてぇなぁ」
「娘さんと一緒に行ってくればいいのでは?」
斯くして、タッタカ足を運んだ東の円卓。事前に現実世界で連絡を取り合って設定していた予定に則り、俺を出迎えたのは上司もとい【総大将】殿。
「……ったく、簡単に言ってくれるぜ。こちとら多忙なんだっつーの」
顔を見て開口一番の羨ましげな声に軽口を返す俺に、渋面を返す金獅子の如き偉丈夫。ゴツいどころでは済まない巨体のオッサンことゴッサンだが、そのナリに似合わず下手すりゃ東陣営序列持ちの中で最も愛嬌のあるキャラである。
加えて、誰より人事や他陣営との連携などの雑務を請け負ってくれている苦労人でもある。気安く接しちゃいるが、勿論のこと俺とて感謝を忘れた時はない。
「いつも感謝してるぜ大将殿、ほんともうマジで。肩でも揉もうか?」
「っはん。アバターの肩なんざ揉まれてもなぁ……」
ので、冗談交じりにゴマすりムーブを挟んでみたところ鼻で笑われてしまった。表情を見るにストレスはともかく、疲労を貯めているのは確かなようだ。
これ、本格的に休暇の計画をしたほうが良いのでは────
「まあしかし、俺ぁ今回は留守番だからな。土曜に向けて粗方の面倒事も済ませた。あとはアイリスとヘレナに任せて、暫くのんびりさせてもらうとするぜ」
なんて、普通に心配になる俺を他所に盛大な伸びをしつつゴッサンが言う。で、彼が口にした『留守番』という言葉が意味するところは、つまり……。
「お。メンバー確定?」
「ったりめぇだろ、もう今日含めて三日しかねぇんだぞ? いまだにグダグダやってたら、流石に笑い話にもなんねえっつうのよ」
「いやまあ、暢気に旅行なんぞしてた俺は、どうあれ笑えない訳だけども……」
「お前さんは休養が任務だったんだ。胸張って本番で活躍してくれりゃいい」
────とまあ、その言葉が意味するところも、つまりそういうこと。
「ハル、お前さんらクラン【蒼天】は全員出陣だ。頼んだぜ」
「……オーケー、了解」
これに関しては今度の『色持ち』……【緑繋のジェハテグリエ】攻略に求められるであろう要素の性質上、ほぼほぼ事前にわかっていたこと。ゆえに驚きはない。
「お前さんとソラ、それからういの奴は勿論だが……テトラも、最近は上がり調子で頼もしくなったもんだからな。序列持ちの枠を一つ割く価値がある」
それに、と続けて。
「カナタはマジで拾いもん────いや、良くぞ登って来てくれたってな感じだな。枠を使わずにあれだけの戦力を頼れるのはデカい、僥倖だ」
「後輩が評価されているようで、なによりでございます」
現序列持ちの化物連中と比べると、まだまだ無条件で頼れない部分はある。が、ゴッサンが手放しで褒める程度に一般枠から頭一つ抜きんでているのは確かだ。
加えて今回の『緑繋』攻略で重視される技能の一つは〝足の速さ〟であるゆえ、世間で曲芸師二号だの予備軍だの言われているカナタは十分に活躍するだろう。
……いや、わかんないんだけどな。現状では攻略必要事項もプレイヤー側の推測でしかない訳で、真に誰が活躍できるかなど予測できようはずもないのだから。
────ともあれ、
「もうリストは送ってある。目を通してくれや」
「ういっす」
千々にバラけての迅速電撃探索行。
明確な方針が決まっている対『緑繋』攻略に際して、単一戦闘力と生存力を両立させている俺たち【蒼天】メンバーのスペックが期待されているのは確かだ。
ソラさんは諸々で言うに及ばず、俺とカナタは自前の〝脚〟で、そしてテトラは〝隠密〟によって同行者の安全を確保できる能力を備えているのがデカい。
ういさんに関しては、単純戦闘力のみを理由に誰より心配など無用だろう。
────さて、となれば気になるのは、残り六名。
確定枠の西陣営ヴェストールは現序列持ち職人十名の他。戦闘方面担当の序列持ち枠を、誰の名前が埋めているのかということ。
俺こと【曲芸師】に【不死】、そして【剣聖】で三名。更に当然の確定枠として名を連ねているであろう【剣ノ女王】で四名。他メンバーについては……。
「……成程ね」
まあ、大方は予想通りといったところか。呼び出したシステムウィンドウからメッセージタブへ飛び、探し出した【ゴルドウ】名義のそれを拝見して頷き呟く。
更に序列持ちの名前に限らず、ズラリ列記されていた計百名の一般枠まで併せてサラッと『記憶』を終えた後にウィンドウを払い消した。
そしたらそろそろ、わかりやすいオーダーを仰いどくとしようかね。
「で、とりあえず俺はどうしたら?」
モチベーションなら此処に目一杯。なにも指示がないのであれば自発的に修行にでも向かうつもりだったが……しかし大将殿は、期待通りの笑みを浮かべて一言。
「悪いが『白座』に引き続き、お前さんには少しばかり特別な役目を背負ってもらう。んで、それに際して〝相方〟と上手くやってもらいてぇんだが……」
「ほう、相方」
次いで、彼は意味深に……あぁ、これアレだ、いつだかヘレナさんが言っていた『悪い癖』ってやつ。つまるところ、わざと勿体付けて面白がっているパターン。
完全なる悪戯小僧である。
「伝言だぜ────『【セーフエリア】で一番背が高い建物の〝上〟で待ってるから、準備が済み次第さっさと迎えに来るように』とよ」
「どちら様から?」
「それは迎えに行ってのお楽しみってやつだろ」
「えぇ……いや別に、いいけどさ」
でもって、もう大体の予想は付いてるんだけどもさ。
「俺からの話は以上だ。今後はアイリスの指示に従ってくれ」
遊び心を忘れないゴッサンことオッサンに『そのお楽しみいる?』と半眼を向ければ、例によってカッカと愉快な笑いを振り撒きながら偉丈夫は席を立ち────
「ッッッおぼ……!!?」
「んじゃ、今回も気張ってけよ坊主」
盛大に俺の背中へ張り手を見まい、機嫌良さげに去っていった。
◇◆◇◆◇
────斯くして斯くして、足を運んだ【隔世の神創庭園】はプレイヤー主街区【セーフエリア】内で一番背の高い建物の足元。
自分と同じプレイヤーが建てたものとは信じられない……ことは魔法も奇跡もあるファンタジーにてないとはいえ、それでも感心するばかりの巨大な時計塔。
仮想世界アルカディアの天気は地域毎に固定されている。なので街の中から空を見上げれば、そこに在るのはいつだって晴天だ。
とはいえ、ちょうど雲が掛かっていて〝上〟とやらを見通せない。
加えて建物の上部に人影が無いのはアバターの超視力で確認済みであるため、やはりその先が伝言で示された待ち合わせ場所であると考えていいだろう。
俺の予想が正しければ……その〝相方〟さんとやら、そういうことしそうだし。
お茶目ではなく、こう、なんというか、ね────顔を合わせる度さんざっぱら見せ付けてきた、俺への対抗心的な諸々で、さ。
「ま、キャラ的にも高いとことか好きそうだし……な、っと!」
《天歩》起動。目深に被った【隠鼠の外套】の裾を揺らし、道を行き交う多くのプレイヤーが作り出す人波から音もなく飛び立つ。
流石に避け得ず俺の存在は即バレしただろうが、誰にも追っかけてくる手段などないはずゆえ問題はない。のんびり中から階段を登っていくなど勘弁である。
然して一瞬、刹那で空を駆け上がり雲を身一つでぶち抜いた先。上で待っていたのは、夕暮れの空に映える『白』の姿が一つ。
そして……その身を空に留める、白雪の輝きを放つ〝糸〟が無数。
「おー……………………っっっそい!」
果たして、いつからそうして待っていたのやら。理不尽にも彼女の主観では大遅刻なのであろう後輩へ遠慮も容赦もないジト目を向けながら。
南陣営序列七位。【糸巻】ナツメは、実に気だるげな声で文句を投げた。
猫は高いとこが好き。
といったところで五章第三節、これにて了といたします。
それはそうとメイドこと夏目さん&子猫ことなっちゃん先輩で名前の音被りが発生している件については皆様もお気付きでしょうが、特に理由はありますん。