春の居ぬ間に
「────ソラちゃんってさ。もしや焼きもち焼かない系お嬢様?」
「はい?」
「なに言ってんだお前」
午前から引き続いての交流会。温泉休憩を挟んでから、なにやら落ち着かない様子を見せていた希がふらっと部屋を出ていった数分後のこと。
ほんの少し時間をずらして部屋を出ていく楓を見送った直後のタイミング。バックギャモンでボコボコにされながら唐突に切り込んだ翔子の言葉に、対する『お嬢様』は急になにを言われたのかわからないといった顔で首を傾げた。
さもありなん。後に続いた俊樹のツッコミが全てである。
「やー、ほら、ね? さっきは私、今は楓、みたいな。一応は綺麗なお姉さんがパートナー君と二人きり~って状況な訳だけども」
だがしかし、好奇心の具現は止まらない。
「なんか全然、気にしてる感じがないなーって」
休憩後、こっちの少女も挙動を少々バグらせていた。つまりは考えるまでもなく何かしらの『イベント』でもあったのだろう。
仲良し大変結構である。
けれども、互いを意識するような〝なにか〟の直後で想い人が別の女と二人きりになっているというのに、彼女からは全く気にしている風が感じ取れない。
持ち前の勘の良さで、それがポジティブな方向性の話であることを察して。そして持ち前の好奇心で、それが楽しげな方向性の話になる確信を無視できず。
人に憎まれない稀有な才能を持つ十九歳女子は、己の欲に従って踏み込んだ。
すると、
「あの、そ────」
「とっっっっっっっっっっっても、焼きもち焼きですよ? この子」
「ちょっ、な……!?」
これについては予想していなかった援護射撃。ソラこと夏目陽お嬢様の隣でニコニコしているお姉様が口を開き、何事か答えようとしていた少女を遮った。
「春日さんが他のお二人と時間を共にしている間なんか、わかりやすくソワソワしちゃったりして。それはもう可愛らし────」
「お喋りな口はこうです……っ!」
そこで妹様の反撃。つらつらと暴露話を重ねる息を見せた姉の頬を両手で摘まみ、ジロリと半眼で睨みながらお説教の構え。
そして感心する大学生三人組。なにをってそんなもの、傍から見ていて全く怖さを感じない可愛らしいだけの怒り顔に感心しているのである。
他ならぬ、パートナーが言っていた通りのモノ────と、それはさておき。
「…………そ、その……皆さんは、お友達、ですから。ハル、の」
「そうね」
「そうなぁ」
「目指せ親友!」
今更なあなあで済まそうにも既に恥ずかしい思いはしているからと、ならせめて正しい自己意思を示しておくべきといった様子で。
各々の反応を返す〝友人〟たちへ、
「変なことを言うようですけど……嬉しい、と、いいますか」
歳に似合わぬ表情を向けながら、十五歳の少女が笑みを零す。
「仮想世界でもそうなんですけど、ハルがお友達と楽しそうにしてるの、好きで。……あの、いろいろ聞いてから、もっと好きに、なっていて」
連ねる言の葉は、素直な心。
「嬉しいや微笑ましいが、勝ってしまうといいますか……。勿論その、相手によっては恥ずかしながら、その、あの、ですけれども……」
ジワリジワリと頬を染めつつも、これについては別に恥じらう必要はないのだと言うように。少女は健気に思いを説いた。
「…………そ、そんな感じで、ございました────えいっ」
そうして、対戦相手にトドメを差しながら語り終える。
隣でそれはもうニコニコニコニコしている姉はさて置き、思いの外というか弄りに怯まず真っ向から打ち返してきた『お嬢様』の言葉に晒された他三人は……。
「…………姉か?」
「むしろ母……?」
「もういっそ妻じゃない?」
納得がどうとか、ここに至ってはもうそういう問題ではなく。
重ねて歳に似合わぬ、慈愛さえ感じさせるような表情で惚気というかなんというかを語った少女に見事返り討ちとされた翔子を筆頭にして。
ただただ慄き、それぞれに『この子つよい』という評価を胸へ刻み込んでいた。
なお焼きもちを焼いていないとは本人も一言も言っていない模様。
キリよく切ったら短めになっちゃった。旅行編は次の一幕がラスト予定。