ダブルノックアウト
そして、おおよそ二十分後。
「────まあ、まず間違いは起こらないだろうと確信はしていましたが……どうやら二人とも、私の想像を超えてお子様だったようですね」
「……………………」
「……………………」
「失礼。純粋無垢で可愛らしいと申した方が良かったでしょうか?」
俺とソラは二人揃って、見事に湯あたりを患い床に伏していた。
いや温泉というか別の熱にあてられたのが原因である気しかしないが、とにもかくにも混浴もとい温泉プールは十分少々で爆速閉幕。
互いに互いの変調には即座に気付き、アカンこれと連れ立って湯から上がりナースコールならぬメイドコールで助けを求めてこの始末である。
ふらっふらの状態で着替えなど可能なはずもなく。タオルで水気を拭くだけに留まり水着のままダウンする俺たちは、メイドの揶揄いに文句すら返せない有様だ。
まだしも非メイド服のメイド(姉)に膝枕されている可憐な水着美少女は絵になるからヨシとして、適当にバスタオルを羽織った状態で床に転がっている海パン一丁の野郎に関してはただただひたすら悲しいほどに無様。
紳士を気取る年上男児は今、真に死んだ。まさに紳士が真死ってか────
「春日さん」
「ごめんなさい」
「……? 何に対しての謝罪かは、存じませんけれど」
ビックリした。のぼせた頭でアホなことを考えていたのを、パートナーもビックリな観察眼で見抜かれたのかと思った。……と、それはさておき。
「こうして裸体を目にするのは初めてのことですが」
「いきなりなにを言ってんすか……???」
「中々どうして、引き締まった良い身体をしていらっしゃいますね」
「本当なに言ってんの……!?」
なんか斎さんが真面目な顔で戯けたことをぶっ放し始めた件について。
俺以上にグロッキーで完全に戦闘不能なソラさんはそれどころではないらしく、耳に入っていない様子なのは幸いだが本当なに言ってんだ。
「いえ失礼。着痩せするタイプなのだなと、純粋に感心してしまいました」
「まだ重ねるだと……?」
「別に茶化している訳ではなく、本当に。高校生の時分、労働に励んでいたことは存じていましたが……今も、なにかしらのトレーニングをされていたり?」
と、そこまで聞いて彼女が至極単純な疑問から質問をしているのだと気が付いた。成程、そうと理解すれば言いたいことは察せられる。
「いや、特になにも」
ゆえにぶっ倒れたまま事実を返せば、メイドの顔が更なる疑問に染まるのも仕方のないことであると納得できる。それに関しては俺も、最近になって『流石に諸々おかしくね?』と思い至っていた不思議案件に他ならなかったから。
そう、特になんもしてないんだよ。筋トレとかその他諸々、体力作りやトレーニングと呼べるようなことは一切なにも────だというのに、俺の身体は頭のおかしなバイタリティに溢れていたバイト戦士時代のそれを維持している。
言わずもがな、おかしなことだ。いくら若さに溢れる十八歳男子といえど、半年も碌に運動をしていなければ体力や筋力が多少なり落ちて然るべきだろうに。
「そう……成程。そう、ですか」
「ええ、そうなんですよ」
以前、斎さんは仮想世界に興味が向かない、ゆえに四谷に仕えている身でありながら知識がないといった旨を話していた。ならば首を傾げるのも当然か。
だが少し前に疑問を持ち、ネットの海から情報を拾い上げた俺は知っている。
そして聡明な彼女のことだ、降って湧いた疑問に首を傾げたのであれば、文字通り俺とは出来が違うであろう頭で早々に仮説へ辿り着いてしまったのだろう。
一つ頷き、可笑しそうに笑う。
「不思議なことも、あるものですね」
即ち、現在の世にある『科学的に説明のつかない存在や事象』は全てが全て一つの異常存在────魔法の箱舟【Arcadia】を原因にしていると。
理屈は一切不明。しかし実際問題として、アルカディアのプレイヤーは突発的な事故感染を除いて疾病と無縁であるといったデータが出ていたりするらしい。
更には俺が感じた違和感同様、運動もしていないのに身体が衰えない……それどころか、下手に運動をするよりも体型や体調の維持が容易である等々。
嘘みたいな話。冗談みたいな話。
けれども『完全な仮想世界』と比べてどちらが御伽噺かと問われれば、意味のわからない不思議現象も在るだろうと強引に納得させられてしまうのが酷い話だ。
理解不能でも事実であると、呑み込むしかないのだから。
「聞けば、教えてくれたりはするんですかね」
「さて、それは私の与り知らぬことです」
仮にも雇い主であるというのに、私の真なる主はこちらですからと『旦那様』に対しては割かしドライな斎さんである。一応の納得を見せるとサッパリ興味を失った様子で、膝上の〝妹〟を献身的に介抱し始めた。
やはりというかこのメイド、いっそ清々しいまで関心の指向性が一途────
「それではまあ、春日さんの肉体に関する話は置いておき」
「なんか言い方が生々しいのヤメてくれますか」
「流石に風邪をひいてしまうので、そろそろお嬢様を着替えさせたいのですが」
「あっハイすみません出ます」
と、一応は会話をしつつ俺の様子も気に掛けてくれていたのだろう。ソラに先んじて体調を戻した頃合いにて、やんわりと退室を促された。
「こちらをどうぞ」
「あぁ、なにからなにまで……」
隙を見せぬメイドの御業。
着替えに関しては抜かりなく用意されていた男物の浴衣を手渡され、ササッと着込めば海パン姿で高級旅館の廊下へ躍り出る変質者一名の未来は無事剪定。
然して、そそくさ部屋を後にする────
「時に、春日さん」
その直前。半ば予想していた引き留める声に渋々ながら振り返れば……。
「私のプロデュースは、如何でしたでしょうか」
「…………………………」
いまだ膝の上で伸びている〝妹〟を示し、実に楽しげな微笑を浮かべる意地悪なメイドに対して……俺が返す答えなど、当然のこと。
言葉なく仏頂面でサムズアップ。それ以外にある訳がなかった。
ちなみに需要がないだろうと思い描写を省いたメイドプロデュースの主人公水着は、ふてぶてしい猫がデカデカとプリントされたハイセンスダサ水着。