should we do?
適当に街を散策した末に偶然遭遇したファストフード店に若者心を囚われ、箱根バーガーなる温泉観光地とのミスマッチ風味漂う昼食を手土産に帰還して暫し。
計七人前。行方の知れぬメイドに関しては帰って来なければ俺か俊樹が片付ければヨシってな訳で、冷静に一般人視点で見ると割かしぶっ飛んだお値段でいらっしゃった高級ハンバーガーは好評を以ってミッションコンプリート。
果たして『お嬢様』二人はナイフとフォークが無くても若者魂(高級品)を食せるのだろうかと観察していたところ、ソラさんに叱られたりしながら────
「うん?」
腹は満たした。ならとりあえず温泉いっとくかと、温泉旅館ならではな思考停止択の満場一致にて一時解散となった直後。
女性陣が出ていったばかりの男部屋の戸を、何者かが叩いた。
大浴場の方へ行ってみるかと共に手荷物を用意していた俊樹と『誰か忘れ物でもしたのか』と顔を見合わせつつ、扉に近かった俺が出向いてみれば……。
「っと、あら。おかえりなさい?」
「はい、ただいま戻りました」
通路に立っていたのは、朝から颯爽と姿を消していたメイドが一人。なにやらツヤツヤと顔色がいいが、一体どこへ行っていたんだか。
……で、
「えーと……なんすか、それ」
扉を開けるや否や、ズイっと突き出されていたのは謎の紙袋。
確かめるまでもなく『受け取れ』と言われているのはわかる。わかるが、意図の知れないニコニコ笑顔が怖ろしくて安易に手を伸ばすのが躊躇われる。
ゆえに警戒の色を露わにしつつ問うてみれば、
「うふふ────プレゼント、です」
「どうしよう。素敵な響きのはずなのに不安が加速したんですが」
「つきましては、少々都合がありますので同行していただけますか?」
不穏な回答、からのソレに対する反応は迫真のスルー。紛うことなきいつものペース、なればこそ更に警戒を厳としてしかるべきだが……。
「…………よし。友よ、ここは俺に任せて先に行け」
「美人のお誘いを受けた男の顔じゃねえな……はいよ、了解」
逃走も闘争も叶わず敵わぬことなど明々白々。深呼吸を経て振り向き覚悟を示せば、頂戴したのは呆れたような半笑いのみであった。
◇◆◇◆◇
────どこ行くんです?
────いいところです。
そんな素敵に端的な問答をしつつ、男部屋を出て十歩未満。
そりゃ一般的な男視点からすれば美人姉妹の部屋なんか『いいところ』には違いないだろうけどさぁと半眼を送りつつ、諾々と付き従うようにお邪魔すれば……。
「ぁ……もう、斎さん? 急になんなんですかこ────っ、れ……ッ!?」
出迎えてくれたのは、先程お姉さん連中と併せて見送ったばかりのソラさんが一人。グイグイ距離を詰めている友人たちも流石に淑やか清楚なお嬢様に配慮して温泉へ誘ったりはしていないらしく、それに関しては不思議ではない。
が、そのアクションは不思議が過ぎる。
壁際の荷物を向いて背中を見せていた少女は、姉の気配を感じ取って振り返った瞬間に素っ頓狂な悲鳴を上げて〝なにか〟をグシャッと慌てた様子で隠した。
チラリとも見えなかったので真実謎。というかそもそも、ズンズン躊躇いなく進むメイドに従うままサラッと入室するのがよろしくなかっただろう。
反応を見るに俺を連れてくる旨は共有されておらず、また普段の斎さんの言動を少し考えればその可能性にも思い至れたはずであったゆえに。
ってことで反転、回れ右────
「あら、どこへ行こうというのでしょう?」
「とりあえず男子禁制ではない何処かへ……」
しかし惜しくも脱兎は叶わず、襟首を引っ掴まれ即座の被捕獲。
このメイド、ソラさんがいじっていた荷物の如何によっては大事故が起きていたことを理解しているのだろうか。青少年の純情と配慮を舐めないでいただきたい。
……と、いつまでもグダグダやっていては埒が明かないので、
「あの、結局、ご用件は。俺、これから一風呂いこうかと────」
「えぇ、ですから、ご入浴いただければと」
「………………うん。……うん?」
話が見えない。ので、ガサゴソという音が鳴り止んだのを荷物整理が済んだ旨と受け取り、改めて振り返り部屋を見渡しながら状況を読む。
この場にいるのは困惑している俺と、ニコニコなメイドが一人。そして動揺かなにかで僅かに頬を赤らめつつ、ただただ戸惑っている様子のソラさんが一人。
そして、俺の手には『プレゼント』と称された紙袋が一つ。
そしてそして、こちらへ向き直った少女の背後。冷静さを欠き慌てて隠したせいだろう、口の開いた鞄の中から顔を覗かせる同一デザインの紙袋の端。
「…………………………」
黙考、熟考、果てに邂逅。
有無を言わさず押し付けられた贈り物の口を開けて見れば、そこにあるのは布の塊。あらやだ、実に撥水性の良さそうな生地で────
「ッスゥ……─────────────ちょっと待てメイドこら」
「ご安心を、許可は取っておりますので」
「なんの許可」
「水着を着用しての入浴許可です」
それがどういうことなのかなど、状況が揃えば流石に馬鹿でもわかるだろう。
「失礼を承知で言わせてもらうけど沸いていらっしゃる?」
「それはもう、温泉は年中無休で沸いていると思いますが」
「今メイドジョークは求めてないんすよ。流石にこれはおふざけが過ぎ」
「あら。こと愛する〝妹〟に関わることで、私がおふざけをするとでも?」
「す……………………………………………………る。いや、しますよね普通に」
「うふふ」
「うふふじゃねーんすわ冗談キツ────っと待て本当に待てコラぁッ‼︎」
斯くして攻防触発。今回に限っては適当に流れで押し切られる訳にも行かず、遠慮も容赦もなしで捕らえに掛かる……が、両手は呆気なく空を切った。
残念ながら、此処は現実。
アバター基準オールゼロ以下なステータスは元よりスキルも無ければ、節々の言動から何らかのリアル達人疑惑が在るメイドを素人がどうこうできるはずもない。
然らば、行き着く先は当然のこと……。
「「…………………………」」
スルリバタリガチャリと惚れ惚れするような身のこなしで急速離脱を果たした斎さんに取り残され、死ぬほど困った顔で視線を交わす男女という地獄。
いつもの如く互いの心を読み合いつつ、正確に状況を察し合ったゆえに沈黙を重ね合う他ない俺たちは、しかしいつまでもそうしている訳にもいかず。
「………………」
「…………………………」
「……………………………………」
「………………………………………………」
いかない、のだが。互いに身動き取れねぇ喋れねぇ。
いやどうすんのこれ。アホメイドの悪戯の意図や思惑は流石にわかるが、今回ばかりは真にお戯れが過ぎるってやつだ。困惑と動揺が先に来て頭が働かない。
そう、意図も思惑もわかるのだ────つまり一緒に入れってことだろコレ。
ダメだろ。いや、ダメでしょ。
「「────……………………………………」」
ダメ、なん、だけども。
なぜ俺は、かち合った視線を外せないでいるのか。
なぜ彼女は、みるみる内に顔を赤らめながら後ろ手に紙袋の端を摘まんだのか。
「……、っ…………ぁ……ぅ、さ、参考、までにっ……聞きたいんです、がっ」
おそらく、ここが回帰不能点。
今この瞬間、再び回れ右して状況をリセットすれば、この後に続くどうしようもねぇ天国兼地獄を回避できたであろうラストタイミング。
「ハル、は……あの…………わ、────私の、水着姿、とか……」
まるで、石にでもなったかのように。
「ご……………………ご興味は、ある、ので、しょうか……」
動けないまま。
そりゃもう、いろいろな意味で殺された俺の答えは────
まだ昼間だから健全。