罰ゲーム
────と、あれこれ言い連ねるまでもなく端的に酷いゲームであった訳だが。
結果としては、物の見事にビリ独走。
というより人権を買収されるという「どんなルールだよ」と無限にツッコミを入れさせていただいた無法によって、おおよそプレイヤーとしての立場まで失った真なる敗者としてできることは無様な負け惜しみを呑み込むくらいのものだ。
つまるところ、
「まあ……昼飯調達くらい、なんでもないけども」
翔子の言っていた『罰ゲーム』も、素直に従わせていただく所存である。
然して一時間を超える激闘の末。様々な意味で全力かつ破滅的という偏見のある大学生内にしては緩く思える任務を拝命し、そそくさ表へ出てきたのだが……。
「────んやぁ流石にソ……陽ちゃんもいることだし、情け容赦なしのエグエグ罰ゲームは教育的にNGかと思いましてねー」
「ご配慮、パートナーとして痛み入るよ」
なぜか……なんて、別に意図不明という訳ではなく。
元よりペナルティの言い出しっぺとしてビリを回避しようとも同行するつもりだったらしい芦原の翔子さんがついてきたことで、珍しい組み合わせの二人行。
なんだかな。ちょっとしたところで唐突に律儀さというか可愛げを見せてくるものだから、彼女はタイプ問わず幅広い人間に好かれるのだろう。
流石は我らがグループ女性陣の中でぶっちぎりでモテている(らしい)だけのことはあると言うべきか。大学入学から約半年、既に複数男子から無数のアプローチを受けている模様という情報は嘘か真か────
「ん。なに、どったの?」
「頭の天辺、髪ちょっと跳ねてるぞ」
「まぁじでヤッバ乙女の危機!」
ま、疑うまでもないのだろう。誰にでもこんな感じだというのだから、人気が出るのも頷ける。彼女に懸想してしまった男子諸君は苦労することだろう。
「どーうでーすかっ!」
「いいんじゃないっすかね」
快活お調子者なキャラに似合わず……なんて言ったら偏見が過ぎるかもしれないが、いいとこのお嬢様めいた艶やかな長い黒髪は今日も煌めいていらっしゃる。
美人さんだ。道行く男性の視線をチラホラ奪っているのも素直に納得。
総合的には、仲間内で誰より大学生女子らしい大学生女子────そういった面が目立つからこそ、誰より心の内を読めないのが不思議である……と、
「ん。どした?」
さっきは一瞬なり俺が彼女を観察していたが、今度は一瞬ではなく彼女が俺を観察している気配を感じて再び視線を向ける。
すると翔子はバッチリがっちり目が合っても臆さず、遠慮もせず。首を傾げる俺の顔をジィー──────────…………っと、見つめるまま。
「私ずぅーっっっっっ………………と思ってたんだけどさぁ」
「タメなっが。なんだと仰るのか」
「ノゾミン、地味に泣きぼくろあるのエロいよね」
「なに言ってんの???」
ギャグなのか何なのか沸いたことを宣って、いつもの如く軽快に笑う。
「ってか、その眼鏡ほんとヤバいんだね。まーじで誰も人っ子一人として気付く気配ないじゃん。冗談抜き魔法でウケるんだけど」
そしていつもの如く、コロコロ変わるどころかバビュンバビュンぶっ飛ぶ会話のライン。移り気というかなんというか……ともあれ、
「にひ、わーかってるって。ちゃんと小声じゃん?」
一応は極秘の案件につき横目をやりつつ口元へ人差し指を立てて見せれば、悪戯っぽい笑みを返しながらジェスチャーをトレース。
なんというか……────本当に、なんというか。
「テンション高いね翔子さん。なんかいいことでもあった?」
旅行が始まってからというか、旅行へ誘った辺りから。つまりはトラデュオが終わって以降、いつにも増してご機嫌なように思えるのは気のせいじゃないだろう。
「んー? 今まさに絶賛いいこと真っ最中じゃん? 友達どころか『仲間』と一緒に旅行とか、全世界の大学生が夢見る一大事でしょって」
「それはそう。そもそも旅行好きだったり?」
「んにゃー、あんまし泊まりがけとかしないんだよねぇ。これでも翔子さん家事分担お手伝い系女子だから、家のこともアレコレやんないとだし」
と、そんな風に。目に留まるような店を探すまま温泉街を散策しつつゆるゆる言葉を交わしていると、空気に則った緩い語り口で知らぬ情報が転がった。
それに対して、俺の口から出るのは当然のこと。
「………………負担、掛けてやしません?」
今回の旅行に限った話ではなく、俺こと【曲芸師】のサポートチームとして働いてくれている件について。いろいろと苦労は掛けているゆえに。
避け得ず伺えば……しかし、翔子は軽々に俺の心配を笑い飛ばした。
「十九歳女子の体力ナメんなよぅ? そっちに関しては圧倒的に楽しいが勝ってるし、むしろ心身ともに回復してるまであるから問題なーし!」
「左様で……────って、あれ」
サッパリ心配無用を告げられ一応の安堵を得るも、それもまた唐突に沸いた新情報……というより寝耳に水めいたハテナで流されてしまう。
「こら、貴様いつの間に誕生日を迎えていた」
「んぇ? あぁー」
俺の記憶が確かならば、出会った時点での紹介プロフィールでは四月上旬生まれの俊樹を除いた全員が十八歳だったはず。つまるところ、
「先月ね。八月二十二日生まれなので」
まあ、そうなる訳で。
「言ってくれりゃお祝いしたってのに……いや待て、もしや────」
「やーちゃうちゃう仲間外れとかする訳ないでしょーに」
万に一つハブにされた可能性を考慮し半眼を向ければ、翔子は呆れたような苦笑いを滲ませつつヒラヒラと手を振った。
「言ってくれりゃって、自分から言い出すの恥ずいじゃん。そういうのって出会ってから一年一周して、自然と互いに知り合ってからでも遅くなくない?」
「翔子さんらしからぬ冷静かつ控え目な発言だな……」
「ちょっとノゾミンそれどういう意味かなぁ?」
意図して失礼な感想を返せば、そこは普段通りのノリが打ち返されたことに秘して安堵────はてさて、自覚があるのかないのか。
一年一周した後でも遅くない……と、言外に長く長く関係が続くことを信じて疑わず望んでいるようなことを、ポロっと口にした事実については。
勿論、こちらも反応など見せやしない。当然である。
「いい機会だからノゾミンのも教えてよ。そう言うからには、まだなんでしょ?」
「あぁ、まあ、はい。俺は来年になるけども────」
わざわざ友人同士でそういう確認をするなんざ、こっぱずかしすぎて互いに悶え死ぬ羽目になる未来が易々と透けて見えるがゆえに。
絶賛いいこと真っ最中。今まさに絶賛いいこと真っ最中、だそうです。
深い意味はないけど可愛いね。
それはそれとして翔子ちゃんは八月二十二日生まれ。
俊樹君は四月十日生まれ。幼馴染女子二人組はもうちょっと先。